アルレスィア③
私は深呼吸をします。ここから話す事こそ、私の負い目……私の罪……。貴女さまに言うのは初めて……いえ、旅の間は言うつもりがなかった物です。罪から逃げていた訳ではないと、言い訳をさせてください。この罪の告白は、貴女さまの秘密に関わる事になるのです。
「貴女の強い想いを間近で浴びてしまい、私も浮かれていたのです。貴女は何も知らずにこちらに来たのに、私の事をこんなにも想ってくれたと。本当に、浮かれてしまいました」
胸を、かき抱きます。自分の欲に従いすぎていました。貴女さまから向けられる、混じりけの無い想いに、私は酔いしれていました……。
「貴女の秘密の蓋に気付いていたのに、私は欲に塗れていたのです」
そう、秘密の蓋です。リッカ。貴女が隠している……ある感情なのです。それが何なのかはわかりませんでしたけれど、存在だけは気付いていました。
「貴女が初めて戦って……貴女の強さと決意を見て、私はこの方となら旅が出来ると思ったのです。それまでは、巻き込みたくないと思っていたのに、です」
巻き込みたくないと思っていました。アルツィアさまにもそう言いましたし、集落の者達にもお役目の事を話すのはやめるようにと、目で押さえました。
でも貴女が戦う姿を見て、高潔なる魂に触れて……この方ならば、共にいけると……。これもまた、浮かれていたのです。待ち望んでいた人は、私の想像を遥かに超え、私の全てを捧げたいと、そう思える人でしたから。
「貴女を私の部屋に運び入れ、貴女が目覚めた時……また勝手に、心の中が見えてしまいました」
その時私は貴女に、伝えましたね。英雄になってくれ、と。救世主になってくれ、と。起きたばかりの貴女に、伝えてしまいましたね。後ろめたさはありましたけれど、貴女と共に旅を出る決意を、私はその時しました。
もちろん私は……旅が怖かったです。でも私は恐怖心より先に、気付いてしまった出来事に……顔が強張りました。
「その時貴女の蓋が、開いていたのです」
「ぁ……嘘……」
リッカの表情が、絶望に染まっています。私でもそれは知らなかったと、思っていたのでしょう。だから……知られていた事に絶望してしまったのです……。
「私は、愚かでした」
そう。私は愚か者でした。その蓋を開けた時、アルツィアさまに掴みかかりました。何故、と。アルツィアさまが知らないはずがないからです。こんなにも深い……深い物を蓋に仕舞い込んでいたリッカを旅に出したらどうなるか、分かっていただろう、と。
「貴女さまを巻き込んだ事を、後悔しました。浮かれていた自分を、軽蔑しました」
「ちが……私が勝手に……私も浮かれてた……」
私は浮かれ、頼んでしまいました。貴女に、英雄になってくれと。アルツィアさまに掴みかかったのは、逃げです。自分の行いが余りにも愚かすぎて、自分の足で立ってられない程でした。泣き崩れてしまったのは、その時が初めての事でした。
私が巻き込んだのです。私を戦わせたくないと、私が傷つく姿を見たくないと強く願い……詠唱なしで魔法を発動させてくれた貴女に私は……英雄になってくれなんて言葉を、かけてしまいました。
「翌日、貴女の蓋がまた閉じ、私の約束を守ろうとする意志を感じました。もう……後戻りは出来ないと思いました。放っておけば、貴女は一人でも行くと確信しました……」
「ぅ……」
私を守る為に。アルツィアさまが愛する世界を守りたいと思っている私の想いを感じ取って……。
「それに、集落の人達の想いも感じ取り……父と母の言葉を受け……貴女さまは私に一切の傷をつけないと決意してしまいました……」
「ぅ、ん……」
貴女の決意は、死すらも想定しているのを感じました……。私を守る為に、命すらも……。
「私も引けぬ身。ならば私も覚悟を示す必要がありました。そうでなければ貴女は、私を置いていくか……共に行ったとしても、戦わせてくれないでしょうから」
「……」
私も貴女を死なせたくなかった。これは巻き込んだ罪からとか、負い目からとかではありません。私の想いです。
「案の定、貴女は私を戦わせてはくれませんでした……」
もどかしかった。負い目抜きに、貴女を守りたいという想いを果たせなくて……。
「ライゼさん、シーアさん、レイメイさん。皆さんと会う事で貴女は成長しました。私もまた、世界の広さと人の美しさを知りました」
皆さんのお陰で、リッカの自覚を引き出す事が出来ました。私には、言えなかったのです。傷つくなとも、戦うのに慎重になれ、とも。自分を大切にするようにとか、私にも守らせて欲しいとか、そういった遠まわしな言い方しか出来なかったんです……。
私が巻き込んだのに、そんな軽はずみな事を言えるはずがありません。私に出来るのは、自らの手で守る事だけだと……思っていました。結構、止めちゃってましたけど……そうせざるを得ませんでした。貴女さまは私の全て。見殺しなんて嫌です。自分をどんなに曲げようとも、負い目を感じようとも、言わずには居られなかったのです。
今思えば私はその時から……負い目や罪から脱却しようとしていたのかもしれません。貴女を想う心に嘘偽りはないというのに、負い目を理由にして、逃げていたのかもしれません。やはりは私は何処までも……自分勝手なのですね……。
思わず、自嘲的な笑みが出てしまいます。
「リッカ……私は王都で生活して直ぐは、貴女だけを見ていました」
世界の広さを知り、人々と触れ合っていても、貴女しか見えませんでした。
「でも貴女と共に王都で生活をするうちに大切なものになっていきました」
集落の人だけが私の中での人間でしたけれど、世界には色々な人が居て、色々な考えを持っている人が居るのだと、そこで実感したのです。貴女と見る世界は、本当に輝いて見えました。
人の醜い所を見る前に、良い所を見るようになりました。これが私の変化です。貴女のお陰で私はまた一つ、人との接し方を学ぶ事が出来ました。私の視野が広がったのは間違いなく、貴女のお陰なのです。
「それまでは、救う世界の一部でしかなかった場所が、掛替えのない物になっていたのです」
王都での生活は、楽しいものでした。辛い事も多かったですけれど、発見の方が多かった。貴女さまの新たな一面も見ることが出来ました。
「でもそれは、貴女と居たからです」
だから、罪や負い目を越えられるのです。私は貴女に、伝えておきたい。今までは無駄ではありませんよ。リッカ。旅の全てが、胸で生きているのです。
「リッカ……私は貴女がどうしようもなく、愛おしいのです」
森が好き過ぎて踊ってしまう貴女も、性に疎く危なっかしい貴女も、恋愛事にどこか鈍感な貴女も、少し常識がズレている貴女も、自分の命が二の次で危なっかしい貴女も、私を見る瞳、私を呼ぶ声、私を抱く腕、私と共に歩む足、私の頬をくすぐる髪、気にしている胸。何もかもが愛おしいのです。
「貴女と出会った瞬間から、私は貴女しか見えないのです」
世間一般で言う、素敵な男性というのは多くいます。出会った中に、素敵な女性にも出会いましたね。でも、私も目移りした事はありません。貴女しか見えません。盲目ではありません。私にはリッカだけだと断言出来ます。
「貴女が傷ついたままなんて、嫌なのです」
リッカの全てが愛おしい。でも、傷だけは残したくありません。貴女についた傷を治すのは、私の役目なのです。
「今は、世界よりも……貴女だけを見ていたい」
巻き込んでしまった事は、もう後悔しても意味がありません。だから私は、想いに理由をつけません。
「リッカ……私は平和になった世界で、貴女と生きていたい……! ずっと一緒に、居たいのです」
心が折れたというのなら、私が傍で支え木となりましょう。貴女がまた高く伸びていけるように。
深く傷ついたというのなら、私が傍で接木となりましょう。貴女がまた葉を芽吹かせられるように。
私は貴女さまを支えます。
深く息を吸い、目を閉じます。どくんどくんと、心臓が鼓動しています。緊張します。震えてしまいます。
「私は、六花立花。貴女さまを……」
支えるという覚悟。その言葉です。私の一世一代の……言葉です。
「リッカを、愛しています」
リッカが、震えながらも……目を見開き両の手で口を押さえて、瞳を潤ませています。喜びに打ち震える心と、自己嫌悪を続けている心が鬩ぎあっているのでしょうか……。
私は……私はそのままリッカの前に立ち、貴女さまの言葉を待ちます。私の想いは全て伝えました。リッカ……後は貴女さま次第なのです――。