アルレスィア
当然というべき、でしょうか。私の方が先に泣き止む事になりました。なので私はリッカを抱え、部屋へと戻ります。涙を見られないように、カーデで隠しながら……。
「シーアさんに、感謝ですね……」
「ん……」
シーアさんが時間を作ってくれました。泣き声は、ライゼさん達に聞かれていないはずです。結構聞かれてしまいましたけれど、これ以上聞かれたくありませんし、本当に……ありがとうございます。
「リッカ……」
「ん……」
「ライゼさんならば、私の考えも、貴女さまの考えもお見通しでしょう」
「…………ん」
「……やはり、お話をしたく思います」
「お願いが、あるの……」
「はい……」
「もう少し、待って……?」
「……明朝、までと……予想します……」
「っ……」
余りにも短い、猶予です。リッカは私の為に動きます。これは自惚れでも何でもありません。リッカは私の為ならば、本当に……死ぬ。そして私も、リッカの為なら命は惜しくありません。リッカの為に傷つく事はしませんけれど、貴女さまの為ならば死すらも軽い。いつでも死ぬ覚悟です。
明朝までと言えば、リッカは明朝には必ず着いてきます。この説明は私にとって、必要な事となります。いつ行くか分からない戦いでは、計画が立てられませんから。
私はリッカ。貴女さまを裏切る事になるかもしれません。でも、後悔はありません。貴女さまの想い。確かに受け取りました。もう私は折れません。だから……話を、しましょう。私は私の想いを貫く儀式をしたく思います。
「ダメ、ですか?」
「……明日の朝まで、待って…………」
「……」
リッカ。私は……。
戦闘を終え、ライゼルト達は疲れを滲ませ空を見上げている。もう、星が見えてきていた。
「おい、レティシア……」
ぐったりとしたライゼルトが、カクンと首を落とす。
「何、でス」
レティシアも、椅子をずり落ちるようにして脱力する。
「何でも良い、作ってくれ」
「……私ノ、セリフなんですけド」
「乾燥肉と酒持って来てやる……文句だけは言うなよ……」
ウィンツェッツが立ち上がろうとするが、椅子に落ちるように座りなおしてしまう。立ち上がる気力もないようだ。
「巫女さんとリツカお姉さんは私達が居ないとって言ってましたけド……」
「アルレスィアが居らんと、まともな飯も食えんのか……」
どんなに疲れていようとも、アルレスィアは夕飯を作ってくれた。それがいかにあり難い事か、無くなった今分かる。
「私達と違っテ、目の前に居る方が逆に辛い事もあるっテ……思ってたんですけどネ……」
「痛感したか……?」
「俺等は逆に幸せもんだぞ。何しろ無事を信じて動くって事が出来るからな……」
「無事を信じるとか……。アイツに出来るんか……」
「……無理だろうな」
アイツとはリツカの事だ。アルレスィアが安全圏に居ると仮定しても、自分達と同じ事が出来るとは思えないようだ。
「自分の全て、か」
「お師匠さン?」
「いや、俺の、その……だな」
「あア。アンネさんに対する愛が足りてないって感じたんですネ」
「……ああ、そうだ」
デートの際リツカとアルレスィアを見て、自分の行いがアンネリスの為になるかを確認していたライゼルトだ。今回もそう感じたのだろう。ライゼルトもアンネリスが全てと思っているが、果たして自分はリツカと比べて、アンネリスを愛してやれているのかと。
「私も比べてしまいましたけド、条件が違いすぎるんですよネ」
「あ?」
「私達は何年にも渡って関係を築きましたけド、リツカお姉さんは二ヶ月ですヨ」
「友人、恋人。どっちにしても……長いようで短ぇな」
「でス」
普通であれば、今までの生活や経験から信頼が生まれるが、二人にあるのはお互いの想いだけだ。二人の信頼は厚く硬いが、離れ離れになるという経験が余りにも少ない。リツカは、少し離れただけで戦う力の半分程度しか出せなかった程だ。アルレスィアもまた、昔のように氷になってしまった。
「そろそロ、お二人の秘密を知りたいですネ」
「はい」
レティシアが船室への入り口に目を向ける。アルレスィアが丁度上がって来た所だ。
「教えてくれるんか」
「それについてですけれど――」
アルレスィアはもう決意した瞳で、三人を見て提案する。
リツカとの約束。それを果たす時が来たのだ――。
リッカが、私が厨房に立った数十分の間に居なくなりました。しかし私には場所が分かっています。三人に断りを入れて、私はリッカの元に向かいます。
「……」
森の中、リッカが一人で膝を抱えているはずです。
「……」
私は約束をしました。私は最初に、貴女に告げなければいけません。
「リッカ」
「っ」
私が来ないはずがないのですけど、リッカが驚いています。リッカが来て欲しくないと思っている時に、普段の私ならば……無理に来る事はありません。実際……王都で貴女が日記を書くときはそうしていました。
「私の話、聞いてくれませんか」
「……」
でも今日はダメです。私は貴女の言う事を聞きません。貴女も、聞かないでしょう? もし蹲っているのが私だったら、貴女は絶対に放っておかないはずです。
「ちょっとした昔話です」
軽い気持ちで聞いて欲しいと思います。そのまま……。
「とある集落で生まれ、戦う運命を背負った少女の物語になります」
そのまま聞いて下さい。そして、貴女に伝えます。
「その少女は、祝福されて生まれました」
アルツィア教のシスターと、村で最も優れた男性の間生まれたのです。少女は生まれた瞬間産声を上げたものの、すぐに泣き止んだそうです。そして笑顔を見せたといわれています。
その時少女は、虚空に向かって手を伸ばし何かを言おうとしたと伝えられています。何より驚きなのは、少女が何かに持ち上げられるように浮いたのです。その場には両親と村の助産師だけでしたので、秘密にするという事で決定しました。
ですけど、人の口に戸は立てられません。助産師から当時の”巫女”に話はいきました。そして少女は、生まれた時より忌み嫌われる事になります。
「生まれた時よりアルツィアさまに愛されている。そんな事があるはずがないというのが村の共通認識でした。神が干渉出来るのは”巫女”だけなのですから」
「それって……」
「はい。その時の”巫女”は少女の力に気付き、村人にそう説明したのです」
その時から、少女は呪われているという話になりました。神は祝福したのではなく取り上げようとしたのだと考えるようになったのです。”神林”に災いを齎す者として。
根の葉も無い話ですけれど、前例が無い以上現行”巫女”の言葉に従うしかありませんでした。しかしそれは余り問題ではありません。むしろそれで良かったのでしょう。誰も少女に近づこうとはしなかったのです。それは少女の身を守る為の最善手でした。
しかし少女に、そんな事は分かりません。何故私はこんなにも人に疎まれるのだろう。そう、少女は悲しみました。何もしていないというのに、人から嫌われるのです。それも強く恨まれ、恐れられ、避けられるのです。
「少女を慰めてくれるのは、両親と神だけでした」
しかしそこで、少女にとって最大の誤算が起こりました。いえ、神すらも誤算だったはずです。
「リッカ。少女は、人の心が読めたのです。本を読むように脳裏に浮かび上がります。そして質問をすれば、日記を読み返すように過去すらも読み取れます」
「ぁ……」
リッカが目を見開きます。しかし、やはりというか……気付いていたようです。
「少女は、人の醜さを知ってしまったのです」
少女はその能力を神の傍に居る時だけ使う事が出来ました。その能力を使う為に必要な物は高い集中力と安心感です。神はそのどちらも与えてくれました。
その能力が目覚めたのは、少女の特級魔法が関わってきます。拒絶とは無関心では発動しません。人を深く知る事が拒絶に繋がると、神は言っていました。
その能力で少女は村人の心を見ました。欲望に塗れた人間を見たのです。もはや、同じ人とは思えない程に嫌悪しました。そんな人間に嫌われているという事が嬉しいとさえ思えたのです。
私は、そういう人間なのです。