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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
53日目、私は貴女を知るのです
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折れた心③



 場所は変わり、魔王の城ではリチェッカが頭を叩かれていた。


「いったーい」

「危うく死ぬとこだったぞ。阿呆」

「いやーあかみこはたおせたんだけど、じぶんのよっきゅーにはさからうなってまおーがいったから」


 リチェッカは玉座に座る魔王に近づき、「ねー?」と肘掛に両肘を付き足をぱたぱたとさせる。


「それで、どうだった。リチェッカ」

「んー? あかみこはこわれちゃった。たのしかったのになー。もっとあそびたかったのに。みこめ。あのこきらい」


 魔王に尋ねられ、リチェッカは「むー」と唸り声を上げる。リツカをいたく気に入ったと嗤う一方で、アルレスィアに強い苦手意識を持ったようだ。


「みこはこころがよめるね。ぜったい」

「厄介だな……」

「だが、何か制限があるのだろう。でなければ、お前の時も巫女は赤巫女に幾らでも加勢出来たはずだ」

「……確かにな」

「なーに?」

「不明だ」


 魔王はリチェッカの頭に手を置き、悪意を入れていく。”魔王化”しなければ、リチェッカはただの、マリスタザリアなのだ。


「赤巫女が折れたか確認する必要がある」

「じゃあわたし!」

「駄目だ」

「えー……」


 リチェッカは不満げに頬を膨らませる。リツカもそうだが、そこにはリチェッカのお気に入りが居るだろう。行きたくて仕方ないのだ。しかしそれでは困ると、魔王は首を横に振る。


「我が負ければ、後は好きにすれば良い。その為にお前を生み出したのだから」

「はーい。ねね。まおーのこーけいしゃってなにすればいいのかな」

「自分で決めよ。お前には全てを渡すのだから」

「それはそれでさみしいなー」


 まるで本当の親子の様に会話をする二人を、マクゼルトは肩を竦めながら見ている。


「楽しみにしてたんじゃねぇのか」

「そこで折れたのなら、そこまでという事だ。巫女は来るだろうからな」


 魔王は嗤う。直に来るであろう”巫女”を思い浮かべて。マクゼルトは指の骨を鳴らす。直に来るであろう息子達の成長を思い。リチェッカは考える。魔王亡き後何をするかを。


「長かった。もうすぐだ。もうすぐ――」


 魔王の喜悦に気付いたのは、隣のリチェッカだけだった。




 その頃王都では、戦争に向けての準備が急ピッチで進んでいた。兵を整え、食料を蓄える時間が必要だ。

 しかし連合は、それを待ってはくれない。


「王都の様子はどうかね」

「驚愕の速度で兵站が整っていっております」

「戦力も、化け物共に蹂躙されたとは思えぬ程整っております」


 連合の議会では、王都の状況確認が進んでいた。


「予期していたとしか思えぬな」

「まぁ、我々はそれだけの事をしてきましたからな。コルメンスも馬鹿ではない」

「妙ですね」

「何?」


 自分達の行いにより信用がなかったのだという者に対して、一人の男が待ったをかける。


「我々の認識は間違っていない。なのに王都では整っているという矛盾に対して、ですよ」

「ふむ」

「裏切り者が出たと?」

「そうとしか考えられませんな」


 各国に送り込んでいるスパイ。その報告が誤りだと、男が言う。


「だが、何故裏切る」

「欲しい物は全て与えていたというのに」

「それ以上の何かを見つけたとでもいうのか?」


 議会の者には分からないのだろう。地位や名声、金や物ではない、大切な何かがあるという事が。


 スパイは国王や女王、”巫女”の演説を聞いたのだ。そして連合がいかに狭く、息苦しいところなのかを知った。


 そんな中でスパイは、王国と連合の戦争が始まると予感した。これは長年スパイとして潜りこんでいたから分かった事だ。連合から要求される事が、戦いを予感させたのだ。


 スパイは、コルメンスに安全と住む場所、職を確約させる事で裏切った。連合に嘘の報告を入れたのはスパイの独断だ。貢献度が高いほうが良い待遇になると考えたのは、長年連合に居たからだろう。


 しかしその報告により自身の裏切りが露呈してしまったのは、皮肉なのだろうか。


「まぁ良い。つまり王都は準備出来ていないという事だな」

「そう考えるべきかと」


 議会は、裏切りには何も感じない。しかし嘘の情報から王都の状況はバレてしまった。


「攻めるとしよう。全軍に報告」

「御意」


 裏切りなど、連合では日常茶飯事だ。議会や豪族の中でも頻繁に行われている。つい先日も、議会を出し抜こうとした愚か者が帰って来たところだ。


「どうした。ヒスキ」

「……」

「お前の浅はかな考えでは何も出来なかったのだ。文句はあるまい」

「文句など、有ろうはずがありません」


 王国侵略に際し、王国領へ無断で侵入したヒスキから尋問していたのだ。ヒスキは何も言わなかったが、明らかに負けて帰って来た。


 議会は何も、負けたヒスキを嘲笑しようとしたのではない。ヒスキの実力はそれなりに評価されている。それが負けて帰ったという事が気になったのだ。


「お前は誰に負けた」

「……」

「集団にやられたのか。個人か」

「……」

「口止めをされているのか」


 一切の質問に、ヒスキは答えない。”巫女”二人との約束を守っている訳ではない。これは矜持であり、保身だ。


「お前が負ける程の相手となると」

「王都ならば数名居りますな」

「ライゼルト・レイメイは行方不明という事ですが、もう死んでいるでしょう」

「ならば選任でしょうか。何名かリスト化しておりますが」

「いや。”巫女”だろう」

「巫女ですか……?」

「……!」


 ヒスキが思わず顔を強張らせる。それを見逃す議会の人間は居ない。”巫女”の名を出したのは、もしや? といった小さい違和感からだった。


「”巫女”か。ヒスキ」

「……!」


 大量の汗をかき、ヒスキは硬直している。


「もしもお前の計画が順調に行っていれば、問題はなかったのだがな」

「そうですな。巫女や皇姫を使った開戦計画。なかなかに興味深いものでしたな」

「浅はかではありますがな。ハハハ!」


 議会から笑いが起こるが、ヒスキは屈辱を感じる暇がない。ヒスキは震え出してしまった。


「だが、もはや貴様の悪事は知れ渡っている」

「国際法など我々の知った事ではありませんが、侵略ではなく正当な戦争という印象は欲しいですなぁ」

「そろそろ悪逆非道という印象は払拭したく思います」


 ここら一帯を全て我が者に。それこそが連合の目的だ。だが、「正当な戦争であると証明したい」という議会達の言葉は本音ではない。その証拠にヒスキの表情はどんどん青ざめていく。議会の者達は常に侵略してきた。その事を後悔していないし、悪いとも思っていない。


「だからなヒスキよ」


 これは、上を目指そうと功を急き、和を乱した者に対する――。


「死んでくれ」


 粛清だ。


「……!」

「兵への伝達終わりました。最前線の者には例の物も持たせています」

「では次の議題だ。”巫女”は王国の所有物ではないが、コルメンスの命令で動いているらしい」

「では、コルメンスへ謝罪すべきだな。大々的に宣伝しようではないか。”巫女”の活動を妨げて申し訳ございませんと」


 ヒスキを無視して、議題は進む。次はコルメンスへの謝罪を喧伝し、クリーンな連合を印象付けてみようというものだ。しかしその真意は紛れもなく、ヒスキを晒し者にする為。


「何でも魔王を倒すというものらしい」

「本当ですか? それ」

「さぁな。しかし大いに頑張って貰おうではないか。魔王等にのさばられては邪魔でしかたない」

「確かに。どちらに転ぼうとも問題はないか」


 魔王が居ても居なくても、議会にとって問題はない。居たというのであれば、”巫女”が倒すのだろう。居なかったら居なかったで、嘘をついて世界を混乱させた者達として爪弾きにされる。


 今問題にする必要は無い。むしろ議会にとっては好都合なのだ。


「それに、”巫女”が王都に居ないのは都合が良い」

「と、いうと?」

「奴等は三人で二百を越える化け物を殺しきったそうだ」


 議会がどよめく。軍隊で対応しても倒しきれない数を、三人で……と。嘘かもしれない。コルメンスが連合への牽制に流したのかもしれない。しかし本当だったらどうなるかくらい、議会にも分かっている。


 正義、仁義からは最も遠い存在である連合を”巫女”が許さなかったと仮定しよう。そうなれば、化け物を殺した力を遺憾なく発揮するだろう。


 あくまで仮定だが、王都で起きた戦争と被害状況、王都西の惨状を知っている議会にとって、仮定とはいえ無視出来ないのだ。


「しかし今は居ない」


 議会から安堵の声が上がる。ただでさえ王国との戦争は命懸け。そんな王国に”巫女”が加担するなんて事態は避けたいのだ。


「では、始めましょう」

「ああ。先ずは宣戦布告をしなければ」


 議会の目がヒスキに向く。それだけでヒスキは――自身がどのような死を迎えるのか、分かってしまった。



ブクマありがとうございます!

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