折れた心②
「ライゼさんの時は、わざわざ腕を斬るように仕向けています」
「胸糞悪ぃ奴だな……クソガキが……」
リチェッカは無邪気です。それを悪い事とは思っていません。過去を追及し、その者の心が崩れていく。それが愉しいからやった、というだけなのです。それが更に、私達の神経を逆撫でするのですけれど。
「……つまリ、そうなのですネ。リツカお姉さんが折れたのハ……」
「俺達を殺した罪悪感もだが、最後か。お前を殺させようとしたんだな?」
「はい。そこで私も、偽者だからと殺す事が出来れば、リッカは怒りのままに戦い続けられたでしょう。しかし、出来なかったのです。偽者でも私だけは、出来なかったのです」
(当たり前だ。アイツのコイツに対する想いはここに居る俺等が良く知っとる)
(殺せなかったからといって、リツカお姉さんが折れる事はありません。でも……違うのです。折れた本当の理由は――)
「それで何で折れる。アイツがお前を攻撃出来ねぇのは当然だろ」
そうです。私が最初に会ったなら、攻撃出来ずに防戦一方でした。しかしリッカは、本当に優しいのです。
「身勝手。そう思ったのです。他の人は殺したのに私だけは無理だった。その身勝手さに、心を痛めたのです。偽者なのだから殺さなくてはいけない。ここでリチェッカを殺さなくてはいけない。分かっているのに出来ないと……」
偽者であっても、容赦なく殺しました。なのに私だけは殺せなかった。その時点でリッカにとって、偽者が偽者ではなくなったのです。
「私を殺せなかった事で、リッカの中で偽者が本物となってしまいました。ギリギリで耐えていた精神がそこで、切れたのです」
それでもリッカの精神力は輝きを見せていたはずです。今までの経験から、それでも立ち向かえたはずなのです。なのでこれは想像ですけれど……っ。
「更にリチェッカは、自ら刃を受けたのです。攻撃しようと必死でもがいていたリッカの刃に、自ら……!」
リッカはそこで、戦う事が出来なったのでしょう。震えるリッカを柱に叩きつけ、刀で腕を刺したのでしょう。私はもう、耐え切れません。これ以上言葉を発する事が出来ない程に、胸が張り裂けそうです。でも、言わないといけません……。
「リチェッカは、リッカにとって因縁が多すぎたのです」
「何だ……?」
「自身のクローンである事。神隠しの子供達。そしてケルセルガルドの病です」
これは、リッカが昨日……ぽつぽつと話してくれた事です。ぽつぽつと……「皆の為に、リチェッカだけは殺さないといけなかったのに」と……。
「子供達の魂と魔力も入っているんですカ……?」
「対峙した際、確かに子供達の魂を感じました。間違いありません」
「病の原因ってのは何だ?」
「クローンを造る過程で出来た毒物みたいです。実験の為に流したと言っていたそうです」
リッカはどうしても解決したいと願い続けていました。その為の行動もずっとしてきたのです。
「その元凶を目の前にしといて殺せなかったから、ああなってんのか」
「そうです。折れたと、言っていたのは……そういう事です」
ライゼさん達には言えません。リッカはもしかしたらもう、戦う事は出来ないかもしれない、なんて。
「休養が、兎にも角にも必要だな」
リッカの回復を待つという事で、この場は収まりました。”魔王化”という時間制限付きの魔法ですら、リッカでないと対応出来ません。魔王本人となると……私だけでは勝てないという事は、否定しません。二人でないと……。
「お前は傍に居てやれ」
「いえ、今のリッカには……」
「お前がどうしたいか、だ。アイツには多少強引な方が良い」
「……はい」
私に、弱った自分を見せたくないと……私の前では気丈に振舞おうとしてくれます。だから、居ない方が良いのかと……。でも、私がどうしたいか……。
「目視の方が早いかもしれませんけれど、私も感知しています。もしもの時は、呼んで下さい」
「俺等だけでいけるなら呼ばんぞ。お前に何かあったらもう」
「分かっています」
リッカが自我を保てているのは私が傷ついていないからです。これだけが、リッカをリッカたらしめている……。その最後の一線だけは、私に委ねられています。私が出来る唯一の手助け……。
部屋に戻り、ノックをします。傍に居たい。今のリッカを……守りたい。
「リッカ」
「ぁ……ごめ……少し、待って……ね」
涙を拭う音が聞こえています。
「どう、したの?」
「傍に……居させてください」
「……ぅん」
私の手を取り、リッカが招き入れてくれます。弱弱しく、手を引かれました。体温がこんなにも、下がって……。こんなにも弱弱しいリッカを私は……久しぶりに、見ました。戦争後でもここまで弱っては……。
「リッカ……」
「ん……そう、いえば……名前……」
「駄目、でしょうか」
「んーん……嬉しい……。でも私に……そんな……」
私はリッカを抱き締め、ベッドに横になります。座ったまま眠ったのです。体に良くありません。
「私、お風呂入って……ないよ……」
「何も、何も言わなくて構いません……」
「……」
取り繕う必要はありません……。ありのままの貴女さまを見せて下さい……。もう隠さなくて良いのです。
誰も特別ではありません。貴女も私も……。だから、貴女さまが抱いているその感情も、貴女だけが抱いているのではないのです。話して下さい。抱え込まないで下さい……っ。
「起きたら、話を……しませんか……?」
「…………ごめ、ん」
泣く訳には、いきません。拒絶されても、傍に居ます。貴女さまが壁を作っても……私は傍に居続けます……。
「ごめんね……ごめん……」
「ずっと言っているではありませんか……。待ち続けます。それが……いつになろうとも……」
「でも……っ」
そうです。私達に時間はありません。魔王は目の前ですし、ケルセルガルドを救うのならば出来るだけ早く攻め入るべきです。でも私は……貴女さまをもう、戦わせたくありません……。
「待ち続けます。絶対に」
「アリス……さん……?」
私は貴女の全てを守ると誓っています。それは何も、御身だけではありません。心も……そして、時も。
(ごめんなさい。リッカ)
貴女を追い詰めてしまっています。でも……止まれない所まで来てしまっているのです。貴女が気に止む事はありません。この世界の”巫女”は私なのです。アルツィアさまが巻き込んでしまった……。私が逃げ道をなくしてしまった……それだけなのですから。
リツカが壊れた心で、アルレスィアの決意に震えている。その震えは、アルレスィアを心配しての物だ。なのに体が動かない。それがリツカは……赦せない。自分が赦せないのだ。だけどアルレスィアはリツカを抱き締める。リツカを諭す。自分をそれ以上責めないで欲しいと。
これはいわば……喧嘩だ。二人が始めて行う、奇妙な喧嘩。お互いを思い合っているのに、ズレていってしまう。リツカは必死に、アルレスィアを行かせまいとしがみつく。アルレスィアはリツカに眠って欲しくて頭を撫でる。
アルレスィアはリツカの為に傷つく事は出来ない。しかしこのまま魔王を放置する事も、リツカは望んでいない。回復する前に動くかもしれないのだ。だから、アルレスィアは一人で解決しようとしている。
壊れた心で、必死に戦意を取り戻そうと足掻いている。そんなリツカを見てしまったら、アルレスィアはもう……リツカを戦わせられない。しかし、戦うなと言う事も……アルレスィアには出来なかった。
二人は喧嘩をしながら、共に眠りにつく。傍から見れば仲睦まじい二人。しかし心は平行線を辿っている。
喧嘩などした事がない二人は、何をすれば良いのか分からない。何時もなら言葉を尽くすが、今の二人は共に……抱え込んでしまっている。どちらも相手に背負い込ませまいと、黙ってしまっているのだから……。