折れた心
A,C, 27/04/17
「おはようございます。リッカ」
「……ぉ、はよ……アリスさ、ん」
何とか、返事だけは返してくれました。顔は見せてくれませんでしたけど、反応してくれるだけで、私は安心しています。
「今日は」
ガバッと、リッカは顔を上げました。私が皆と一緒に戦いに出ると思ったのかもしれません。
「休養日です。マリスタザリアとの戦闘で、皆さんも疲労していますから」
「ぁ……」
私だけの心配をしてしまった。そう考えたリッカは再び、顔を伏せてしまいました。
「リッカ……牧場の方達が、言っていたではありませんか。優先しても、良いのです」
「で、も。皆は私の為に……」
リッカの頭を撫で、抱き締めます。今は悩んでも良いです。どうか悩みに悩み抜いて、答えを出して欲しい。私はずっと待っています。貴女さまの心が癒えるまで、貴女の心に寄り添い続けます。今までと同じように。
「リッカ、私は……」
「ぅん……いって、らっしゃい……」
リッカはやはり、部屋からは出てくれないようです。私も共に居たいのが本音ですけれど、皆さんとも話し合わなければいけません。
「いって、きますね? すぐに戻りますから」
「私は、大丈夫。すぐに……戻る、から……戻……ぅ」
再び震えてしまい、膝に顔を埋めてしまいました。頭を撫で、毛布を肩にかけてから、部屋を後にしました。部屋からは、小さい嗚咽が聞こえます。私の前で泣いて、心配をかけたくないという事のようです。
本当は頼って欲しいです。でも、今のリッカは……私に頼る事すら……。今リッカは、自分自身を……要らない者と、思ってしまっているのです。今の自分を、私に見せたくないと思っているのです……。
「……」
「おはようございます」
「リツカお姉さんハ……」
シーアさんが心配そうに声をかけてくれます。昨日取り乱してしまったリッカを、皆心配しています。
「お前は、リツカの状態を知っとったな」
「はい」
「……」
ライゼさんの言いたい事は分かります。それを言わない理由も。状態を知っていたから、どう出来たというのでしょう。私はリッカを支える事しか出来なかったのです。リッカを止める権利を、私は持っていないのです。
「何されたんだ」
レイメイさんは、リチェッカがリッカに何かをしたと思っているようです。
「リチェッカはきっかけにすぎません」
「それを、聞いてるんだが」
「今は、言えません」
「はあ……」
私の口からは、言えません。リッカ自身が話すまで、私からお教えする事はありません。
「無茶をさせすぎていたのですネ……。リツカお姉さんも普通の人間と私は理解していたと思っていましたけド、リツカお姉さんならト……」
「シーアさんまで気に病んでしまっては、いけません。シーアさんがリッカを支えてくれていたから、ここまで来られた面もあるのですよ」
「はい……」
シーアさんが居たから、私達は離れる事無く旅を続けられました。常に私達二人が居られるようにという配慮は、私達の仲の良さとリッカが時折見せた表情故ですけど、本当に助かったのです。
もしシーアさんが居なければ、リッカは早々に選択しなければいけませんでした。私と別れて行動する事を。そしてリッカは選択しきったでしょう。私と二手に分かれる事を。
その度に、心を削っていたでしょう。今よりもずっと、心に傷を負っていたはずです。まだギリギリ繋がろうとしている糸が完全に消え去り、心をなくしていたかもしれません。
リチェッカさえ、居なければ……リッカの精神力ならば耐えられたはずなのです。心に傷を負っていても、糸が切れる事はありませんでした。リッカの精神力は本物です。自惚れなのでしょうけど、私が無事である限りリッカは前を向いていられるのです。
リチェッカさえ、居なければ……! リチェッカさえ、あのような能力を持っていなければ……!!
「単刀直入に聞く。リツカは戦えるのか」
「……」
「答えたくない、か」
答えられないのではなく、答えたくない、です。ライゼさんも、良くぞ戻ってきてくれました。最初から私達を支えてくれた方です。今でも、支えてくれています。それ故に私は時折……リッカを取られるのではないかと……いえ、今は関係ありません、ね。
「リチェッカの能力が幾つか関係しています」
「能力?」
「はい。魔法ではありません。私もリッカも持っている、能力です」
これだけは、言っておくべきです。もしまたリチェッカが現れた時の為に。悪意へ直接”光”を当て、リチェッカを弱らせる事は出来ていますけれど、魔王が悪意を込めれば元通りです。リッカが与えた傷も”魔王化”で治ってしまっています。すぐに来る事は可能です。
「リツカお姉さんの第六感のようなもノ、ですカ?」
「はい」
「お前は、何だ?」
「制限付きですけれど、心が読めます」
「……マジか」
「制限付きです。今の状態で深く読もうとすると、高い集中力が必要です。今は出来ません。森に居た時はアルツィアさまが傍に居た時だけの力でしたから」
今は、制限が変わっています。それを言う訳にはいきませんけど、今は余り深くまでは読めません。水面に浮き出た泡を、弾ける前に掬い取るような感じといった所でしょうか。制限がない状態になると、水底から泡が発生した瞬間に読めます。それはつまり、本人が自覚する前に読めるのと同義です。
リッカが、一対一で私に勝てる人間は居ないと断言したのは、この能力故です。リッカにはこの能力を明かしては、いませんけれど……薄っすらと感じ取っていたのでしょう。
「巫女さんが偶に鋭すぎると感じたのハ、そういった理由からでしたカ」
「黙っていて、申し訳ございません」
「まぁ……心が読めるってのは、人を寄せ付けねぇからな……」
隠していた私に、むしろ同情的な視線が向けられています。この能力は確かに、人を寄せ付けません。集落の人達が昔、私を避けていたのはこれも原因なのです。恐ろしい。単純に、そんな感情からなのです。
「待て。つまり最初から……」
「いえ。私のは心を読めるだけです。アーデさんの事はその時初めて知りました」
「……」
「というより……敵でもない限りは、極力読まないようにしていました。急を要する時等は、理解を早めるために使用しましたけれど」
この能力に頼りきりだったのは、リッカに会う少し前だけです。異世界の”巫女”と会うに辺り、急に心を読まれては不快感を与えてしまう。私はそう考え、表情や状況から読むという方向に変えました。その為の練習もしました。でも今となっては……後悔しか、ありません。その所為で私は、リッカに……。
「私のはって事ぁ……おい、リチェッカって奴の能力は」
「はい。記憶を読みます」
私と違い、集中力も何も必要ありません。見ようとすれば見る事が出来ます。”拒絶”のような魔法がなければ、ですけれど。
「リツカの記憶を読んだって事か」
「そうです。記憶を読み、両親や友人、この世界で出会った全ての人々に化け、殺させたのです」
「殺させた……?」
「”魔王化”という魔法により、使用中は悪意が続く限り蘇ります」
「無敵かよ」
悪意に拠っているので、私の魔法で封殺出来ます。しかし、”光”がなければ無敵、ですね。リッカも後一歩で勝てる所まで行っていたのです。私を……殺す事が出来れば、再び五分の戦いでした。でも……っ!
「リッカは、殺しましたよ。自分を生み愛してくれた両親と祖母も、初めての友人も、この世界で会った、掛替えの無い者達も、皆さんも。もちろん……私の両親も……」
「……」
「エリスさんモ、ですカ……っ」
その心労たるや、想像に難くありません。リッカを良く知っている皆さんなら、尚更です。本当に大切にしてくれているのです。この世界も、そこに生きる人達も。偽者とはいえ、リッカは……優しいのですから。