私と彼女③
不意打ちに悶えてしまいそうになりますが、別のことに意識がいき、助かります。
神さまの声が聞こえるという、この世界の”巫女”が持つ特別な力。今までの行動に合点がいきました。誰も居ないほうへ顔を向けていたり、話しかけていたり、話してないはずのことがアリスさんには分かっていたりの、理由です。
そこに……居るのですね。神さまが。巫女は巫女でも神凪に近いようです。
(本物の、巫女)
改めて彼女を、アリスさんを見つめます。
銀色のシルクのようにきめこまやかな、腰まで届くかという長い髪。瞳は赤く大きく、まるでアルマンディンのよう。鼻筋は綺麗に通り高すぎず小さい。唇は顔とバランスの取れた完璧な大きさに健康的な色をした――。
ハッ。わたしはなにを――。こんなに綺麗な人がこの世に居るなんて。もしかして天使なのでは?
同性とは言え見すぎるのは失礼なので、前を向きます。このまま見ていたら私が私でいられなくなりそう。もう私らしさなんて、微塵も残ってませんけどね!
「リッカさまも、巫女なのですよね?」
――神さまはなんでも知っています、ね。正直余り、知られたくありませんでした。
「確かに、巫女ですけど、アリスさんのような巫女とは違って……ただの番人のようなものです」
そう、番人。森に人が不用意に入らないように。ただ居るだけの、人です。誇りもなければ使命もありません。
「そうなのですか……? 神さまはリッカさまに感謝されていますが」
感謝されるようなことは、何も……。
「昔の巫女たちはしっかりと祈りも捧げていましたし、”神の森”を守っていたと聞きますが……。今では祈りを捧げることも、森を守ることもあまり。この森のような力を”神の森”からは感じないので巫女としては失格、かと」
この森に来なければ、考えもしなかったことがふつふつとわいてくるのです。
もしかしたら、私たちの森も昔は、まだ街ではなく森で覆われていた時なら、こんなにも素敵な森だったのではないか……と。
私たちは取り返しのつかない事を、と。
風のやさしさが違う、こんなにも私を包み込んでくれない。香りの強さも……”神の森”にも香りはありましたし、桜も咲いて、草花もしっかりと香りを放っていました。でも、この森の香りは酔うほどに――。
歩を進めるたびに、森の表情が変わっていく。
湖周辺の暖かな顔、暗さが出てきた時に現れる仄かな恐怖感。開けた場所に出た時に感じる解放感。
木々が集まることで出てくるはずの圧迫感はなく、まるで私が森と同化してしまったと感じるほどに……溶けて……。初めて”神の森”に入った時の興奮を遥かに超える興奮……。
私はこの森に、恋してしまったかのように……。
「リッカさま……?」
アリスさんの呼びかけに我に返ります。私が今、どんな表情をしていたのか、知らないほうが……よさそうですね。
「ん、何でもないですよっ」
ちょっと無理矢理すぎたのか、困惑させてしまいます。でもあまり、人には知られたくはないですよね。森にこんな、感情を、もってるなんて……。
「えっと、巫女のお役目にはついてましたけど、あまり気にしないでください。ここでは巫女ではありませんし」
私が巫女としていられるのは”神の森”の中でだけ、それ以外では便利屋立花さんです。
なんて、自虐的に考えていたからなのか、アリスさんは凄く怒っているような? いえ……悲しんでいるように、立ち止まりました。
「わかりました……。ですが、リッカさま」
そっと目を閉じて、何かを決意したように、私を諭すように話し始めました。
「リッカさまは立派に、巫女として努めていたと……私は思っております」
「……」
私は、反射的に否定しようとしました。でも……それより先にアリスさんが、私を止めました。
「神さまが感謝しているというのは、本当です。理由もしっかりあります」
力強く、有無を言わせない口調で私に語ります。私は、口を噤むしか、ありませんでした。
「あなたが、リッカさまが居なければ”神の森”は死んでいました」