別離④
「あちらです」
リッカさまの魔力と、あの者の魔力を感じます。それに、この魔力の高まり……。
「リツカお姉さんのアン・ギルィ・トァ・マシュを感じまス」
「はい。そして相手もそれに近い魔法を使っているようです」
「急ぐぞ」
「これが限界速度だクソがッ!」
マリスタザリアが行く手を邪魔します。無視していきたいところですけど、これを放置すればケルセルガルドやカルメさんの国の脅威となります。それは、リッカさまと私の望むところではありません。
「だが、本当なんか」
ライゼさん達には、敵の正体を話しています。
「リツカお姉さんのくろーん? という者デ、お二人と子供達のマナや魔力、魂を使って造られタ、んですよネ」
「そんでその所為で白骨化してるだと? 嘘臭ぇな」
リッカさまの世界では、何年も前に人クローンの成功例が育ったそうです。人命を冒涜しているからと、造った国は糾弾されたそうですけど、確立された物との事です。向こうに出来てこちらに出来ない事はない。リッカさまが言っていた事です。
しかし今は、そういう話ではないのです。
「問題はそこにありません。リッカさまにあの者の感知は出来ず、五分の相手と戦う事を強いられているという事です」
「アン・ギルィ・トァ・マシュを出す程ですからネ。しかシ、そうなれば大丈夫ではないでしょうカ」
「いいえ。相手は無詠唱で黒の魔法を連発しているようです。そういう魔法を使ったのでしょう。リッカさまは苦戦しています」
まだ詳細は不明ですけど、魔王のように無詠唱で魔法を使えるようになったという事でしょう。それに、悪意も自力で補充出来ているようです。リッカさまを素に造られた存在です。自身へ魔法をかけられると考えておくべきでしょう。
(巫女さんの声音は結構戻りましたけど、依然として冷たいままですね。お二人は王都の朝では離れていたという事ですけど、私は巫女さんが外を一人で歩いているのを見た事がありません)
一度だけ外を歩きました。あの時はまだ、リッカさまも私も、余裕がありましたから。しかし今は、その時とは別です。私には皆さんが着いてくれています。それでもリッカさまは……私の為に、動いてしまうのです。
「っ! 魔力反応でス!」
「何処からだ!」
「向こうでス……って、リツカお姉さん?」
あちらは、リッカさまが居る方向です。そしてあの……朝陽よりもずっと爽やかで美しい赤は、リッカさまの【アン・ギルィ・トァ・マシュ】です。その赤を、黒が襲っています。私の中で、更に怒りが……冷えていくのが分かります。
「あの阿呆、何で避け」
「俺等……いや、巫女っ娘がここに居るのが分かったんだろう」
「……早く、行きましょう」
黒の魔法が届く射線に居ると、リッカさまがまた身を挺してしまいます。チラリと見た先で、リッカさまが蹴り飛ばされました。早くいかなければ。リッカさまを守らなければ。あの相手には何かあると、私も思っているのです。貴女さまが今感じている不安と同様の物が、私にもあるのです……。
――敵を倒しながら、廃墟まで来る事が出来ました。ここに居ます。しかし、何故リッカさまの気配がこんなに微弱なのでしょう。負けるはずがありません。何故【アン・ギルィ・トァ・マシュ】が解けて、リッカさまが負けるはずが――。
「ここにも、出るようです」
「俺等だけで良い。お前は行け。ツェッツか魔女娘、付いて行け」
「戦力的にそうするしかありませんカ」
「雑魚よりも中の奴が強ぇだろうからな」
リッカさまの安全確保を優先していただき、有り難く思います。しかし、それは悪手です。
「いいえ。私だけで行きます」
「しかシ……」
「マリスタザリアを、取り逃がすわけにはいきません。先ずは皆さんで対処を。私は大丈夫です。リッカさまを救出後、共に抗戦します」
「……分かりましタ」
マリスタザリアの対処も怠れません。ここまで来て、目の前で取り逃がした悪意で悲劇が起きるなんて事は……駄目です。
「お願いします」
「ああ。すぐに行く」
「チビ。お前は奥だ」
「分かってまス。一体も逃がしませんヨ」
皆さんと出会い、共に旅が出来た事こそ……私達にとっての救いです。二人では絶対に無理でした。皆さんも死なせたりなどしません。相手はリッカさまを追い詰めていますし、私の感知も効くか怪しいです。ならば、まずは私だけで踏み込みます。自分だけ守るのなら、どうにか出来ます。
講堂のような建物に踏み込みます。中は静かです。戦闘が起きていません。私の焦りを体現するように、駆け足になってしまいます。
(リッカさま)
私はまだ、貴女さまに言っていない事が沢山あるのです。
(リッカさま)
私は貴女さまに、笑顔で居て欲しいのです。本当の、笑顔です。
(リッカ……!)
貴女さまの、本当の笑顔をまた見るまで……絶対に……!
広い部屋に出てきました。天井は戦いの跡なのか完全に壊れています。光が差し込み、一つの柱が照らされています。そこに、居ました。私のリッカが。片手を刀で打ち付けられ、血を流し、浅く呼吸しているのです。磔に、なっているのです。
その隣に、あの者が居ました。リッカの顔で襲ってきたはずなのに今は、私の姿で居ます。どこかお母様に似ていますけれど、私と分かる姿です。そういう、事ですか。
「あなたを、殺します」
「あは。りっかさまもそういってましたよぉ?」
相手の神経を逆撫でするのが、好きなようです。私の姿でどうしようと関係ありませんし、好きにしてと言いたいです。しかし、その好き勝手の中に、リッカへの攻撃と侮辱は含まれていません。
「その姿で、リッカを」
「んー。さいしょはね、ちちおや」
成程。ご家族やご友人、こちらの世界で出会った人々の姿に変わり、リッカに攻撃させていったのですね。リッカは全員攻撃しました。心を削りながらも、世界の為に。子供達の魂を取り戻す為に。
「みんなころしたんだけどね? あなたのすがただけはだめだったの。かってだよねぇ? せかいのためってたいぎめいぶんで、みんなをばらばらにきざんでいったのにね」
そうやって、追い詰めたと。私の姿をしたこの者を攻撃出来ずに、それでも死ぬ訳にはいかないと戦っていたリッカに、そうやって言葉で責めたのですか。折れるまで、何度も。幾重にも言葉を投げつけたのですか。リッカが苦しみ、それでも乗り越えた事すら掘り返して。今でも苦しんでいる事を蒸し返して。
「始めましょうか」
もう、我慢の限界です。リッカ。待っていて下さい。この者の全てを”拒絶”し、否定します。貴女さまは間違っていません。正しい事なんて、誰にも分かりません。しかし、貴女さまが間違いだったとは私は思いません。リッカ……貴女さまは常に、この世界に寄り添ってくれているのですから。
「んー。わたしのつるぎはもうだせないからなぁ。かえらないといけないんだよね」
「帰すとでも?」
「ながくいっしょにいるとにるってほんとうなんだ」
(なんでみこのきおくみれないんだろ)
魔王から、剣が折れたら帰るようにと言われていたようです。しかし、講堂の前に折れた剣が見えました。剣とは、あの剣ではありません。それは、【ザリア・アレン・トァ・マシュ】という魔法でしょう。魔王化、ですか。でももう使えないのですね。
「一対一で、私から簡単に逃げられると思わない事です」
すぐにでも動けなくしてやります。絶対に許さない。リッカの想いを踏み躙り、弄び、冒涜したあなたを。塵一片すら、残しません。リッカと私で、貴女を否定する。そしてまた、リッカに笑顔を。