別離③
「まだはやいとおもうなぁ。もうちょっとあそぼうよ。わたしのもとになったとはおもえないくらいたんきだなぁ」
雑音。リチェッカの言葉を切り捨て、リツカは羽ばたく。
「光の炎、光の刀、白光を煌かせ! 私の魂、私の想い、私の愛を捧げる!」
「しかたないなぁ」
しかし、リチェッカもまた――魔力の暴風を巻き起こした。
「シュヴァサグヒ、ドゥンケハイウェレ、シュヴァラムフェア。ジール、ウシュ、トゥア」
似ている。リツカはそう判断し、より魔力を込める。
「っ……フラス・フラス! 光をのみ込む光よ、私を照らせ。ヴァイス・ヴァイス! 赤を抱く白よ、私と共に――強き想いを胸に宿した英雄よ……顕現せよ!」
「ドゥンケ・ヴィダホゥ。カヴァ、シュロゥン。シュヴァ・ヴィダホゥ。ティフ、ライドシャフ、ジャイクス」
高まっていく魔力も、周囲を飲み込むような黒い魔力も、同じ。赤と黒が鬩ぎ合い、空を貫くように伸びていく。
「私の想いを受け、”私”を抱擁せよ! 【アン・ギルィ・トァ・マシュ】!」
「フュル――リフェァホ。【ザリア・アレン・トァ・マシュ】」
二人の詠唱が終わり、光と闇が晴れる。天使の様な光の翼を持ったリツカと――悪魔の様な闇の羽を持ったリチェッカが、向かい合っていた。
(名前付きは、私達だけの……いや、新しく……生まれた? 私がそうだったように……!)
羽が生えた事は問題ではない。あの羽にも何か力が篭っているのかもしれないというのが問題だ。
「おしえてあげる」
「っ!」
リツカが身構える。アルレスィアが居ない為、自分を守る力を高めてはいる。しかし、避けなくて良いとはならない。
「わたしのこれは――」
「――!?」
リツカの足元から、”闇の剣”が襲い掛かってくる。翼が自動防御をするが、余りの衝撃にリツカは吹き飛ばされてしまった。
「詠唱を……!」
「そ。このまほうはね――”まおーか”だよ!」
浮いているリツカに、次々と”闇の剣”が襲い掛かってくる。浮かされたままのリツカに、リチェッカは手を向ける。
「そーれ!」
「っ」
リチェッカの手から、”黒の波動”が放たれる。浮かされたままのリツカは、避けようとした。しかし――リツカはわかっている。
(避けたら、アリスさんの方に……!)
リツカの背には崖がある。そして射線上に、アルレスィアは居るのだ。アルレスィアならば、もう何が起きているか気付いているだろう。しかし、「だろう」だ。何よりアルレスィアに向いている攻撃をそのまま放置するという選択肢はない。依然として翼は、アルレスィアを守る機能を有しているのだから。
「クゥッ……!」
ドッ! と、闇がリツカを直撃する。翼がバチバチと弾いているが、次第に押されていっている。”闇の波動”は周囲にクレーターを作りながらも、リツカの後ろには一切流れていっていない。
「あぁ……っ くっ」
「これだけじゃないの、わかってるよね」
「分かって、る!」
翼に集中しながらも、リツカは刀を頭上で横向きに持つ。そこに、リチェッカの踵落しが直撃する。
「”まおーか”したわたしは、なかなかきれないよー。それ、に!」
グッと力が込められ、リツカがサッカーボールのように蹴り飛ばされる。その衝撃は、不幸中の幸いか”黒の砲撃”を消し飛ばしたが、リツカは講堂のような屋内に叩き込まれてしまった。
「つっ……!」
(衝撃は、結構入ってくる、ね……)
瓦礫やリチェッカの攻撃からは完全に身を守っているが、地面への激突による衝撃はリツカの息を少し止めた。
「もーいっかい」
”黒の炎”がリツカの周囲を燃やす。酸素が急速に奪われていくのを感じたリツカは、翼の魔力を少し爆発させ炎を消し去った。
「みえないけど、そのまほうもいいね」
「……」
(魔王の様に詠唱無しで、無尽蔵ともいえる悪意を使って、黒の魔法を撃ってくる……! 速度も力も上がってるし……強い)
降り立ったリチェッカは余裕そうだ。対して、リツカの消耗は激しい。早々に決めたいと、リツカは考えている。
「……自分に、魔法を」
「そーいえば、じぶんにはできないんだっけ。あなたいがいは」
「あなたの存在は、神さまにとってもイレギュラー……当て嵌まらないのも、当然か……」
「そーいうこと。もうひとつあるよ」
体力回復と隙を探す目的で話しかけたが、これが――間違いだった。
「たとえば、これとか」
「――ぇ?」
リツカの目に映ったのは、父……武人の姿だった。偶にしか会わないし、会う度に”巫女”を辞めさせようと画策するし、趣味全開の服をプレゼントしてくるが、頼れる父だ。
「どう?」
父親の顔と声と体で、首を傾げてケタケタと笑う。その気持ち悪いチグハグさを感じるよりも、リツカは後退りしてしまう。第六感は必要ない。ある一つの可能性に気付き、目を見開き瞳を揺らす。
「これでたたかってあげる」
「っ!」
父親の姿で、リチェッカが向かってくる。技能はリチェッカの物だ。しかし、直線的な動きだ。
「私が……!」
リツカが刀を振り抜くとリチェッカの首が――転げ落ちた。
「攻撃出来ないと、でも?」
ズキズキと脳髄が痛みだす。まだ、攻撃出来る。
「できるよねー」
「……!」
もはや、首が落ちたくらいで死ぬような敵は居ないのだろう。リチェッカは自分の頭を蹴り上げ、リフティングしだした。そして最後にヘディングといわんばかりの動作で、自分の首を繋げたのだ。
「”まおーか”ちゅうはしなないよ。あくいがあるかぎりね!」
その可能性には、リツカも気付いていた。だから悪意を斬る為に、刀への”光”は何時もよりも多く、気を張って纏わしている。
「次はーこれかな?」
「お祖母さん……」
「あは。としよりになるとこしまがっちゃうんだけど、このひとはだいじょーぶみたい」
次は、一花だ。向こうの世界で、一番リツカを理解してくれていた。いつだって応援してくれたし、優しかった。一家の大黒柱は間違いなく祖母だ。
「これかな」
黒の魔法で薙刀を作り出し、リチェッカが向かってくる。一花も十花と同様武道を嗜み、薙刀を使う。
「……」
技術まで一花を真似てくる。しかし、リツカには見慣れた太刀筋だ。
「――――シッ!!!」
再び、刀を振り抜く。次は上半身と下半身を分けた。
「ようしゃなーい」
「うる、さい」
「じゃあつぎこれね」
すぐさま体を治し、次の顔を作り出す。リツカの予想通り……そこには十花がいた。先程はリツカよりも十花よりといった程度だったが、完全に十花だ。
「りつか」
「その顔で、名前を呼ばないで」
リツカにとって十花とは、母以上の意味がある。数代前の”巫女”だし、武道の師匠だ。いつでもリツカを導いていたし、過保護ではあったけど愛してくれた。
「あはは!」
「っ……こ、の!!」
再び刀を振る。母の顔で醜悪な笑みを浮かべるのが許せなかったのか、刀を正中線に叩き込んだ。
「つぎはこのこ」
「もう、止めて」
もはや、趣旨が変わっていっていた。リツカはどこまで出来るのか、という耐久レースへと。
リチェッカは次に、椿を選んだ。
「ともだち? はつこい?」
「……友達、よ」
無言でリツカは刀を振り抜く。首を刎ねる。リチェッカは落ちていく首をキャッチし、そのまま元の位置に戻した。
「ともだちか。じゃあこのこ」
次はリタだ。
リツカは首を刎ねる。
次はクランナ。
刎ねる。
ゲルハルト、ロミルダ。アンネリス。コルメンス。エルヴィエール…………刎ねる、刎ねる、刎ねる。
今まで出会った者達。カルラ、カルメ、クラウ、ナターリエ、フロレンティーナ、エーレントラウト、エトセトラエトセトラエトセトラ。
リツカは、全員の首を刎ねていく。
「あはは! じゃあこれね」
ライゼルトと変わった時、今まで無防備だったリチェッカは左腕でガードをした。左腕が、斬りおとされる。
「っ……」
「あはっ。どう? おにんぎょうさんといっしょだよ」
リツカの手が震えていく。息が荒くなり、すでに……【アン・ギルィ・トァ・マシュ】は解けている。
「このこはどこがいいかな」
次は、ウィンツェッツ。リツカは袈裟から斬った。
「そうしたかったの?」
「違う!!」
両断されていなかった為、もう治っている。
「このこは? わたしのおきにいり!」
レティシアとなり、ニコニコと嗤っている。
「……」
リツカは震えながらも、首を刎ねた。
「ふーん。すこしでもくるしまないようにってかんじ?」
「煩い……」
リツカはよろよろと、後退りしていく。最初から分かっていた。リチェッカが皆に変わっていった時から、最後に来るのは誰なのか。何をしなければいけないのか。
「あははははは! それなら、これはどうかなぁ!」
リツカが涙を流していく。次は、エルタナスィア。
「ぁ……く、ぅ……うぅぅぅ……」
リツカは、その優しい……母ともいえる女性に刀を……振り下ろす。
「きれるんだ。じゃ、さいごね!」
待ちに待ったと、リチェッカは嗤いながら姿を変える。にこりと微笑み、リツカの心を穏やかにする声が……死刑を告げるジャッジガベルのように、リツカの脳を叩いた。
「おねがいします。りっかさま」
「……ぁ………あああああああああああああああっ!!!」
リツカは刀を振り上げる。そして――。