別離
リツカが落ちてきたのは、村の跡地だ。ケルセルガルドが出来る前、ここにも魔法文明があった。その名残だ。
「っ……」
「あはは! しんでない?」
何故か、本当に心配しているような声で、リツカを案じている。
地面に激突する前に”疾風”にて着地の態勢を整えた。本来落下の勢いで”疾風”で作り出した風のトンネルに入ってしまうと、勢いを増してしまう。地上五百メートル以上からの落下と”疾風”による加速。着地など出来るはずがない。
常人が着地出来るのは三十メートルが限度。鍛えられ、”疾風”を高い精度でコントロール出来るウィンツェッツでも七十メートルが限界だ。しかしリツカはそれが出来る。
怪我はないが、掴まれていた腕に痕が残っている。強く握らなければ振り解かれていたから。
「おにんぎょうさんげんきだったね。またあそびたいなぁ」
「……」
(お人形……ライゼさんの事? まさか、ライゼさんが相手してた相手……)
リツカが状況把握に努める。目の前の少女の顔は影になって見えないが、楽しそうだ。心底楽しそうに、悪意を振り撒いている。
「まっくーやごっふーがいったとおり、むくちだなぁ」
「誰…………」
「わたし? りちぇっか!」
魔王の幹部。リチェッカという名で呼ばれていた、謎多き少女だ。
(何も感じない……。いや……感じないけど、見れば判る……)
「何で、その気配を持ってるの」
「んー?」
リツカが戦闘態勢を取る。刀を抜き、再度”抱擁強化”をかけた。落下中は腕を掴まれていた為、中途半端な”抱擁強化”だった。その所為か少し息が上がっている。
「何で……アリスさんが……」
リツカにはリチェッカが、アルレスィアの気配を持っているように見えるのだ。実際何も感じない。そこには誰も居ないと感知が言っている。しかし、視界にはアルレスィアが居るように感じている。
「それにその顔……良く聞いたら、声も……!!」
「あはは! あなた、でしょ?」
「っ」
光が当たり、漸くリチェッカの顔が見える。ワインレッドの髪と目。鈴を鳴らしたような声、小さい鼻、大きい瞳、程よい厚みの唇。バランスの取れたその顔は紛れも無く……リツカだ。リツカの顔で、露出がやけに多い服を着て立っている。胸元は肌蹴、スカートのスリットからは股下が見えそうな程だ。よく見ると、下着をしていないように見える。
(微妙に……私というよりお母さんに……!)
「あなたをさいげんしたかったんだけど、なんでだろ。あなたのははおやのかおにしか、ならないんだよねぇ」
自分の顔を触りながら、リチェッカは不思議そうに言う。六花立花は真似出来ないと。だから十花の顔を真似ている。リツカと瓜二つの、十花に。
「見たこと、ないでしょ」
「このめではね。でもしってる」
(アリスさんと同じ……では、ない。アリスさんでも姿までは……)
アルレスィアでも、リツカの母親の顔までは説明しないといけなかった。アルレスィアが顔を見たのは、第三の核樹を初めて見た時、王宮の地下での事だ。
「わたしはあなたをもとにつくられたそんざい。えっと、あなたのせかいでのことばだと……くろーん?」
リツカは、リチェッカの声に納得しかける。首を横に振り、「違う」と示した。
「クローン……? 馬鹿な事、言わないで」
(それには遺伝情報とか、色々と必要な物が……何で、向こうの世界の事知って――)
「あなたはじょうほうをおおくのこしすぎた。そしてまおーのちからであなたからでた”まな”もとりこんだ」
「まさ、か」
「そ。わたしはあなた。わたしからでる”まな”もねりあげる”まりょく”もあなたといっしょ」
リツカは多くの血を流した。戦争の時は、体の一部も多く残してしまっている。つまりリチェッカは、戦争後に作られた存在。リツカは更に思考を巡らせる。
人間が消費した魔力は魔法となり、魔法はマナとなって世界に還元される。そして生きているだけでも、人間の魔力はマナとなる。つまりそれをリチェッカに取り込ませる事で、魔力や存在すらもリツカに寄せたのか、と考える。
(だから、アリスさんと私の感知に……? でも私は自分を無視したりしない。アリスさんに向いた悪意を無視するはずがない。例えそれが自分であっても……!!)
リチェッカはリツカを素に造られたと言っている。リツカの感知に引っかからない理由にはならない。現に今も、リツカというよりはアルレスィアと感じて――と、リツカはハッとする。
「アリスさんの、マナも」
「そ。あなたとみこの”まな”をいれてる。というより、いろいろなひとかな」
(まさか、この子の存在は……)
「あはは! わたしはまおーがつくった、『まおー』だよ。せいかーい」
顔の横で、手をパチパチと叩いている。まるでフラメンコのように踊りだし、あはは、と愉しげに、リチェッカは嗤っている。
悪意を素に、マナを使い人とする。それを魔王は、自分の力で成し遂げたという事だろう。しかし人間を魔法で造るには至らなかった。だから、クローン技術でリツカを作り出し、そこに込めたのだ。
「こうやって、ちょっといじれば」
リチェッカは胸に手を当て、少し深く呼吸をする。
「っ……!」
(シーアさん……? 誰にでも、なれるって事ね……)
目の前のリチェッカから気配が生まれる。それはまさに、レティシアの物だった。
「ごっふーがしらべて、けんしょーしたの」
「……?」
(ごっふーっていうのは……ゴホルフ、だよね)
リチェッカが寂しそうにする。ゴホルフとは仲が良かったのかもしれないと、リツカは思った。自分と同じ顔の少女がゴホルフと仲良くしている姿を想像して、眉間に皺を寄せる。リツカにとってゴホルフとは、アルレスィアを傷つけようとした悪人なのだから。
「あなたのじゃくてん」
「……」
リツカの弱点といわれても、リツカにはピンと来ない。弱点だらけかもしれないが、それを突かれても大丈夫なように訓練しているからだ。
「あなたはね。みこのけはいだけはかんちできない」
「――」
リツカの頭の中が真っ白になる。
「アリスさんは弱点じゃ」
「そういうもんだいじゃないよね? かんがえることからにげるの?」
「っ……!!」
なるほど、自分だ。と、リツカは少女を睨む。煽り方がそっくりだった。自分の中に居る、幼い自分と。
(確かに私はアリスさんだけは感知しない。常に感じている存在だから、感知という枠組みには入ってない。常に居る存在。今でもアリスさんが坂道を降りてるのがわかる……!)
「のいすで、なんでまりすたざりあをよんだとおもう?」
ノイスでの出来事も何かの作戦だったようだ。しかしそれは、自分に再び意識させる為ではなかったのか? と、歯噛みする。
「あのときわたしもいたんだよ? みこのけはいをまとってね」
「――――っ」
「きづかなかったでしょ!」
(ぁ……ああ……っ)
楽しそうに種明かしをするリチェッカに、リツカは膝が折れそうになる。
ノイスで、一箇所にマリスタザリアを集中させる。そして注意を向けさせて、リチェッカは潜りこんだ。アルレスィアの気配を纏う事で、リツカがどういう反応を見せるのかゴホルフは調べていたのだ。
そこでリツカは、気付けなかった。ゴホルフは確信したのだ。リツカはアルレスィアだけは感じ取れないと。
いつから気付いていたのかは判らない。異常なまでにアルレスィアに執着しているように見えたから、試してみた。くらいのものかもしれない。しかし……気付かれてしまった。
「ごっふーのはいいんは、じりきがよわかったこと」
カツンと、ヒールが地面を叩く音でリツカは折れそうな膝に力を込めた。敵が戦闘態勢を取っている。後悔しても仕方ない。何より――。
「そしてあなたとみこをひきはなしきれなかったこと」
ここで殺せば、問題ないのだから。
「わたしはかんぺきにひきはなしたよ。あかのみこ」
「っ……!!」
(折れるな……。集中して。私はアリスさんの為に……死ねない!)
ゴホルフの復讐という訳ではなさそうだ。ただ、リツカと戦いたくて仕方なかったという表情で向かってくる。醜悪な笑みだ。自分と同じの顔でそんな事をされている事に、リツカは顔を顰める。
ゴホルフはほぼ完璧な作戦でリツカを追い詰めた。しかし進化したリツカに負けた。何故進化したのか。それは、アルレスィアが居たからだ。リツカを知るリチェッカは分かっている。リツカはいつもの力を発揮出来ない事も、今まさに……折れそうな事も。
その為にリツカとアルレスィアを、引き離したのだから。
「こどくにしんでね!」
「死ぬのは、お前だけ……!!」
リチェッカは片手で剣を振りかぶり、リツカに襲い掛かる。構えも何もない姿なのに、リツカには一瞬で解った。この相手は、自分と同等の技量を持っている、と。
剣と刀がぶつかり合い――火花が、散った。