『ケルセルガルド』反神③
アリスさんのスープ……心が落ち着きます。昨日の事は一先ず、心の隅に置いておきましょう……。出来ない事を悔やむ時間はありません。即刻元を絶つ為の行動を開始しましょう。
その為に先ず、食事をしっかり取らないといけません。いけません、けど……。少し時間がかかりそうです。アリスさんの料理でなければ喉を通らなかったでしょう、ね。
(巫女っ娘が居らんかったらと思うと、ゾッとするな)
(あんな光景を見てしまったのです。私でも食欲が余りありません)
ライゼさんがとシーアさんが私を見ています。まだ私の微笑みがぎこちないようです。アリスさんも、シーアさん達も普段通りで居てくれているのです。
「レイメイさんも、随分強くなりましたね」
普段通りを心掛け、総評を始めます。
「模擬戦だとシーアさんと互角以上です」
「ほれみろ」
「聞いてないんですカ。模擬戦だとですヨ。模擬戦だト」
実戦だとどうでしょうか。
「まぁ、そうだな」
「シーアさんは”火”を使ってませんし、レイメイさんも踏み込みきれてませんから」
模擬戦の限界ですね。準備運動にはなってます。今日一日の戦闘準備を終わらせる事が出来ています。必要な行事ではあります。
「どっちが強ぇか、か。必要か?」
「この人より弱いのは嫌ですシ」
「コイツ以下のままってのは屈辱ってもんだ」
戦闘能力の上下を気にするのは良く分かりません。でも、この人には負けたくないって気持ちがあるのは良い事なのではないでしょうか。私にはそういった対抗意識というのは薄いですけど、必要な物というのは分かります。
「巫女っ娘。どっちだと思う」
「何故私に聞くのでしょう」
「俺も剣士娘も戦士だからな。そういった視線から見ん巫女っ娘の方が純粋に見れるかもしれんだろ」
(結局、名前を呼ばないんですね。お師匠さんがこんなに恥ずかしがりやだったなんて……って、アンネさんの時もおどおどしてましたっけ)
分からなくはないです。でもアリスさんは私を良く見てくれています。全くの素人という訳ではないですよ。
「シーアさんです」
「ほう」
「レイメイさんが後三年早く修行を開始していれば逆転していたでしょう。しかし、今からでは平行線です」
レイメイさんの成長は著しいです。シーアさんもその事には驚いています。だからといって、シーアさんの成長がないなんて事はありません。レイメイさんが越そうとすれば、シーアさんは更に努力をするでしょう。つまり今のまま平行線を辿るのです。
アリスさんが言ったように、レイメイさんが後三年早くライゼさんに師事していれば、達人になっていたでしょう。だって、一月でこんなにも強くなったんですから。
「待て。つまり俺は一生、コイツに勝てねぇってのか」
「シーアさんは魔女ですけど、戦いにずっと身を置く訳ではないのです。どこかで逆転する可能性はあります。しかし、この旅の間で越そうとするのなら、自分の弱さを受け入れるしかありません」
自分の弱さを受け入れる。そう、ですね。大切な事です。凄く難しい事ですけど、アリスさんが出来ているからこそですね。
「ま。お前も天才だが、魔女娘も天才ってこった」
「チッ……」
(本当に巫女さんに弱い人ですね)
私の十年近くの研鑽は、レイメイさんの三年程の鍛錬でしょうか。ただの護身術としてしか練習してませんでしたから、身につくのに時間がかかっていたようです。現にこの世界に来てからの修行効率は高いです。
「魔女娘と張り合うのは良いが、剣士娘に勝とうとは思わんのか」
「手前ぇで勝ってから言えよ……。近接戦でこいつにどうやって勝つんだよ」
「……」
「おい黙んな」
レイメイさんも、自覚すれば良いんじゃないでしょうか。私は今まさに落ち込んでますけど、たった一つ、私を私たらしめている想いを自覚したからこそ……両の足で立てているのです。
「レイメイさんもアーデさんを想って戦えば良いんですよ」
「だからよお……お前は何で偶に、素っ頓狂な事を言いやがるんだ」
素っ頓狂……? レイメイさんはアーデさんが好きで、守りたいと思っているんですよね。やっぱり守りたい者が居る事が強者の条件と思いますから、そう提案したんですけど……。
「今回はサボリさんの方が素っ頓狂じゃないですかネ」
「そうですね。リッカさまは正しい提案をしましたよ」
アリスさんに頭を撫でられながら、慰めて貰っています。今回は、間違ってませんでしたよね……。
「精神的支柱という意味でなら正しいだろうよ。自分の為に戦うのも限界があんだろ」
「……」
今まで自分の為に戦っていたレイメイさんです。旅も佳境。守るべき者を意識させてみましょう。
「分かってると思いますけど、アーデさんを守る戦いでもありますからね」
「……分ぁっとる」
直接的被害はなくとも、魔王が勝てば世界が終わりますから。その事、最後まで忘れないで下さい。勝てない敵、負けそうな時、折れそうな心。支えてくれるのは守りたい人の存在です。
「……」
「どうしました」
ナイフとフォークを止め、ライゼさんが考え事をしています。レイメイさんも同じ状態ですけど、アーデさんの事を考えているはずです。ではライゼさんもアンネさんの事を考えているのかといえば、そうではなさそうです。
「いやな。お前等のアン・ギルィ・トァ・マシュみてぇに、俺等の奥義も名付けるべきかと思ってよ」
「……」
「分かりますヨ。リツカお姉さン。お師匠さんのこれこソ、素っ頓狂な話って奴ですヨ」
「正直なところ、奥義は奥義で良いじゃないですか、と……」
名前を付ける事でその存在を確立させ、威力を上げるというのは……魔法ならばあると思います。”疾風”や”精錬”といった仮名が、それに当たります。本来名前のない魔法に名を付ける事で想いを高めるのです。でも、体術メインの奥義に名前をつけて、意味があるのでしょうか。箔はつくと思いますけど……。
「向こうでは刀にも名をつけますけど……」
「何?」
私の家にも、業物があります。何でも、刀匠が国宝に任命されたとか何とか?
「何で教えなかった。知っとったらつけたってのに」
「ライゼさんが刀剣に名前を付ける人ではないようだったので、いらないかな、と」
「この世界で初の刀だ。特別な名前ってのも良いもんだ」
奥義の名前もそうですけど、ライゼさんはそういったところに拘るのかもしれません。
「自分の名前を含んだ名前が多いですね。則宗という刀匠ならば、付けたい名に追加して菊一文字則宗といった風に」
「ほう。俺ならライゼルトだが」
刀ですから、漢字を使いたいですね。ライゼですから、雷瀬とかでしょうか。
「何だかんだで乗り気ですネ」
大事な、想いを遂げる為の物ですから。ライゼさんが名前を決めて良いとは思っています。でも、変な名前は嫌です。
「ライゼルテ」
「嫌です」
「まだ最後まで言ってねぇぞ!」
やっぱり、奥義の名前だけで良いんじゃないですかね。
食事を終え、再び森に入りました。監視者は一定の距離を空けてついて来ていますね。ケルセルガルドにも伝わっていると考えるべきでしょう。
「んで、待ち構えてるとこにノコノコと行くのか」
「当然です」
レイメイさんは納得出来ないでしょうけど、ね。
「話すら聞いてくんねぇだろ」
やらないで結論を出したくありません。
「行きますよ」
ケルセルガルドの位置は分かりませんけど、気配を探る事で見つけられるでしょう。それに、村に近づけば監視者が連絡を取り始めます。方向はある程度絞れますね。
ケルセルガルドが見えてきました。全てが敵と分かっている場所なので、普段ならば様子見をする所ですけど……。もうバレているのです。踏み込みましょう。
(何だ。行くのか? 警戒心がないんだな巫女って奴は。護衛も大変だな)
村の人達が待ち受けています。それと、私達の背後に回りこむように数名動いています。これまた、気配を消すのが上手いです。ケルセルガルドの人達は、暗殺者ばかりみたいです。
「どうする」
「ここまで入れたのですから、対話くらいは出来るはずです」
排除が目的なら、もっと早くに対応していたはずです。まずは……話しかけてみましょう。