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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
52日目、私は……なのです
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『ケルセルガルド』反神②



「目標は、訓練中。()()二人の姿はない」


 一人の男がしきりに手を動かしている。


「監視を続けろ。マリスタザリアの連中との会話から考えて、次は我々の所に来るに違いない」


 それを受けた、森に居る男も同様に手をしきりに動かしていた。


「了解。動きがあれば再度連絡をする」


 どうやら――ハンドサインのようだ。


 精神状態が不安定となっていてもリツカには、()()()()()()()感じ取れている。しかしそれを咎めたり、警戒したりする事はない。敵意を持っていない限りは、だが。


「暢気なものだ」


 監視している男は昨日の顛末も知っている。巫女一行は何もせずに船に戻って行ったが、男はその事に対して軽蔑や呆れ、失望等は感じてはいない。他者の為に心を痛めている者が居るとは、想像すらしていないからだ。


 しかし巫女二人は落ち込んでいるように見えた。なのに今ここに居ないという事で、巫女二人は船室で今も寝ていると男は思っているようだ。その事に対して、暢気と言っている。


「訓練か」

(巫女は訓練をしないのか? あの三人は護衛という事か)


 目の前で行われている鍛錬の練度は高い。本来ならばここで連絡を入れ、警戒度を上げさせるべきなのだが、監視の男はそれに気付かない。魔法の良し悪しも分からなければ、剣術も分からないのだ。


 ケルセルガルドでは魔法を使わない。体術、武器、その全てが暗殺に特化している。一対一の戦いではまず勝てない。しかし森の中で、出会う前ならば分からない。その隠密術は、ライゼルトに存在を気付かせない程に気配を希薄にしている。


「やっぱりあのこおいしそう」

「はあ?」


 男が後ろを向く。しかし、誰も居ない。ケーキ屋で目移りしているような気軽さで、おかしな事を言っている。そのちぐはぐさは、男の思考を止めた。


「でもだめなんだよね。あのこはだめなんだって。なんでかわかる?」

「誰だ……!」

(何処から声が……!? 俺が位置すら特定出来ないだと……?)


 鈴を転がしたような少女の声だが、背筋が凍るような薄ら寒さが付き纏う。質問に答えるよりも先に、身の危険を感じて警戒態勢を取ってしまう程に、男はこの声に恐怖している。


「それはね。こんごのせかいのためなんだって」

「何言ってんだッ!」

「あ、そろそろじかんだ。みことあかみこがでてくるからちゃんとみはってね」

「はあ!?」


 一方的に話した少女は、それっきり声を出さなくなった。男には少女の居場所が分からない。夢だったのかと自分の頬を摘んでみるが、夢ではないという事を教えてくれるだけだ。


(何だったんだ……? 言ってる意味も……)

「チッ……あん?」


 少女は分かっていたのか、当てずっぽうだったのかは分からない。しかし本当に巫女二人が出てきたのだ。


 男は少女の事よりも、巫女二人の事を観察する方を選んだ。姿の見えないふざけた少女より、目の前の絶世の美女という事だろう。嫌悪している巫女とはいえ、森に踏み入りケルセルガルドに近づかない限りはただの人間だ。


(しかし、何だったんだ……。俺の真後ろから聞こえたと思ったんだが……)


 男は最後に首を傾げ、ため息をついた。少女がまだ、後ろに居る事には気付かずに――。




 まだ監視はあります。多分、私達がケルセルガルドに入るまで監視を続けるでしょう。村には近づくなと言われています。近づくのを感じたら連絡を入れると考えられます。村に近づく為に警戒度を上げましょう。


 それと……あの監視の人は、昨日森の入り口で見た人とは別ですね。隠密技能が段違いです。腕が上の人をつけたという事は、私達を警戒しているという事です。私達の腕前を見せた覚えはありません。その上で警戒しているという事は……。


「巫女って、バレたみたい」

「昨日の事を見られていたようです。リッカさまの感知範囲外から会話を聞ける人が居たという事でしょうか……」

「隠密者なら、出来るかも……?」


 この森は静かです。動物は殆どが避難をしてますし、木々のざわめきは昏睡状態の心電図のようにか細いです。だから二百メートルくらいならば耳がいい人なら聞こえるかもしれません。結構大きい声でしたから。私もあの人達も。


「巫女って分かってるなら、相手は最初から全力だよね」

「恐らく、ですけど……」


 つまりは、アリスさんへの攻撃が苛烈となるのです。もう……私が完遂出来そうな約束は、たった一つしかないのです。何一つ守れない私がたった一つ守れる約束。それだけは、絶対に……。


「皆にも警告しておこっか」

「はい。暗殺術に長けている監視者は、リッカさま以外には気づかれない程巧妙な気配遮断をしています。意識的に警戒してもらうしかありませんね」


 アリスさんとシーアさんは必ず守ります。しかしライゼさんとレイメイさんには、自力で何とかしてもらうしかありません。ケルセルガルド……油断は出来ませんね。


 一筋縄ではいかないと、分かっていたはずです。やり遂げるために……最後の最後……皆が笑っていられるように……! 


 私が落ち込んでいては、士気に関わります。私はこれでも、自分が持つ意味を分かっています。私が敵と判断すれば、皆は信じてくれます。私が敵を計れば、皆信じてくれます。私は、皆の指標なのです。私は正しく在らねばなりません。


「ライゼさん。どうですか」


 先ずはいつも通りの私として、進捗を聞きましょう。意識する必要はありません。落ち着けばいつもの私です。私は私を、知っているのですから。


 レイメイさんはシーアさんと模擬戦中です。シーアさんも対近接戦に慣れていっています。しかしそれ以上に、レイメイさんは腕をメキメキと上げています。ライゼさんをして才能の塊と言わしめるレイメイさん……本物です。コツさえ掴めば、一気に成長します。


「馬鹿弟子本人には言えんが、俺なんざもうとっくに越えとる」


 漸く。その気持ちで一杯なのでしょう。ライゼさんの表情は感慨深そうに頷いています。ライゼさんはレイメイさんの才能を誰よりも知っています。そしてそれを開花させたいと願っていた。今やっと、ライゼさんを超えて一人への剣士へと成長していっています。


「奥義の方はどうですか。練習に付き合うという約束があるんです」

「あれはお前でも全力を出さんといかん。それに、アイツは練習よりも本番で真価を発揮する。ぶっつけで良いだろ」


 膝への負担を考えれば、多用する事になる練習を経るよりも良いかもしれません。しかし……全力を出さなければいけない奥義、ですか。一度は見ておきたいと思ってしまいます。


「そんで、飯か」

「はい。あと、監視がついてます」

「何……どこだ」

「森の手前にある岩場ですね。やっぱり、ライゼさんでも感じ取れませんか」

「ああ。中々やりやがる」


 まるで忍者ですね。こちらに敵意を向けていませんし、完全にただの監視員のようです。


 もしも内心怒り狂っていて、敵意を向けずに居るとしたら達人ですけど……。


「俺の勝ちだな」

「引き分けですヨ。腕を凍らせたでしょウ」


 どうやら終わったようです。引き分け、というには少しシーアさんの方が押されていたように感じます。


 負けを認めないのは戦士として必要な素質の一つです。負けず嫌いは高い戦意の証ですから。


「おいライゼ。俺の勝ちだよな」

「総評は飯の時にしてやる。先ずはその氷をどうにかしろ」

「燃やせば簡単ですヨ。一応肌に直接触れないように凍らせたのデ」

「そんくらい手前ぇで出来る」


 ”火”もシーアさんの特級なんですから、任せた方が良いと思うんですけど……レイメイさんの変な意地でしょうか。対戦相手から受けた傷を、その本人から治して貰うのは嫌なようです。


 場所を選べば気高いのでしょうけど、今この場では……ただの強情です。配膳までには溶かしておいて下さいね。



ブクマありがとうございます!

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