二人のギルド生活⑥
「本当にありがとうございました! お二人が居なければどうなっていたことかッ……!」
マリスタザリア再発生はありませんでした。
牧場の人たちにそのことを伝え帰ろうとしたところ、私たちは今、感謝を受けております。
「お気になさらないでください。これが私たちの”お役目”。皆様に犠牲者がなく本当に喜ばしいです」
発生した場所が牛舎であった事と、皆が加工所に居た事で、なんとか無事だったというわけです。
お礼の後すぐに作業を再開させるそうです。壊れた加工場の修理や、私が作ってしまったクレーターの補修など、山積みみたいです。
あんな出来事があったあとにすぐ作業に戻れるあたり、この世界の人は逞しいです。
「巫女様に守っていただけなければ、犠牲が出ておりました……! 剣士様に来ていただけなければ、更に被害が……本当に、助かりました」
酪農家一同がお辞儀をしました。私が少し照れていると、アリスさんは何故か私を見ています。
その顔は、私を心配しているような? どうしたんだろう、と首をかしげます。
「皆様、お顔をあげてください。私たちは当然のことをしただけでございます」
そうやって、感謝を受け帰ります。お礼がしたいといわれましたが、丁重に断りました。マリスタザリアの報酬は国持ち。酪農家の方達から頂く訳にはいきません。
だって、国の報酬って皆さんの血税ですからね。皆さんからの報酬を貰うようなものなので、重複してしまいます。
「アリスさん、どうかしたの?」
私を見ていた理由は考えてもわかりませんでした。
私の質問に、アリスさんは答えるかどうか迷っていましたけれど、意を決したように頷きました。
「皆様に早く……リッカさまも”巫女”であると知って欲しいと、思ったのです」
そういえば、私は剣士様でしたね。
「んー、私は気にしてないよ?」
戦い方が巫女っぽくありませんし、どう見ても剣士ですよね。
「リッカさまが、気にしてないようでしたので……訂正はしませんでしたけれど……」
私を見ていたのは、そういうことだったようです。アリスさんは少し肩を落しています。
「私と、同じく”巫女”で……同じ”お役目”を賜り、命を賭して戦う大切なパートナーなのです。正しく、知って欲しいと思ってしまうのです」
アリスさんは、私のために心を痛めてくれていました。そんなアリスさんがどうしようもなく――愛おしいのです。
私の中に、アリスさんへの想いが膨らんでいくのがわかります。私は、アリスさんの手をとります。
「アリスさん、ありがと。私のために」
いつも通りの笑顔で応えます。
「でも、気にしてないんだ。この前も言ったけど、アリスさんは知っていてくれるから。ね?」
アリスさんは知っていると、言ってくれていました。それでいいのです。
「――。はい、リッカさま。私は、知っています。今までも、これからも」
アリスさんはそう言って、私の肩に頭を預けてくれました。
「あ……」
私は、思い出します。
「どうなさいました? リッカさま」
「忘れてた……」
私は斜め後ろを向きました。加工場があったほうとは逆にある建物に。
「あの男の人、まだいるかな」
私が倒した、悪意に汚染されていた男性のほうを。
「――あっ」
アリスさんも、忘れていたようです。結構な強さで叩きました。まだ、気絶してるかもしれません。
「ちょっと、いってくるね?」
たぶん、怒られるでしょう。事情説明も何もせず行き成り叩きましたから。
「いえ、私もいきます」
アリスさんが私の手を離さず、むしろ力を込めました。
「う、うん。分かった」
そして、私の腕を抱きかかえるようにしているのです。当たっています。考えないようにします。
男性のところへ戻ると、座っていました。何が起きたか分かっていないようで、首をかしげています。
「あの、ごめんください」
私が声をかけます。怒られると思い、おずおずと、です。
「ん? てめぇ! 行き成り殴りやがって、なんだってん……うおぁ!?」
怒られるのは無理ありません。でもなんで最後驚いて? どうやって説明しようかと思案します。
「申し訳ございません。どうか弁解を聞いていただけませんか」
アリスさんが助け舟を出してくれます。
「あ、ああ……分かった、分かったよ!」
まだ怒っているようですが、とりあえずは聞いてくれるようです。
アリスさんの顔と体をまじまじと見ながらですが。……なんで私のほうもチラチラ見てるんでしょう。やっぱり男は狼ですね。
アリスさんをそんな目で見たのは許せませんが、私のせいで起きていることなので何もいえません。
でも睨んでおきます。効果覿面で、顔を青ざめさせて視線を明後日の方へ逸らしています。
「ありがとうございます。では私から説明させていただきます」
アリスさんがそのまま説明してくれました。怒りの対象である私からよりは、聞いてくれるでしょうから。
――そうやって、説明を終えます。
その説明はともすれば、怪しい宗教の説法でしかありませんけれど、この世界では現実です。しっかり聞いてくれています。「”巫女”だか何だか」とか言っていた人とは思えませんね。
「そういう、ことだったのか……」
男性が落ち込んでいます。あのままマリスタザリア化すれば、悪意によって負の感情が暴走し、事件を何かしらおこし、下手をすれば死刑だったことでしょう。反省することの無い悪意による暴走です。何度釈放されても再犯します。
怒りやすくなっていましたから、人を……殺していたかもしれません。
「すまねぇ。嬢ちゃんにも絡んじまってすまねぇ」
男性が頭を下げました。元から気性が荒かったようですが、しっかりと理性のある方だったようです。
「いえ。私が気の触ることを言ったのが最初ですから、その、剣の悪口を言ってしまって、ごめんなさい」
私もあの時うやむやになっていたことを謝罪します。
「確かに、イラっときたのは確かだが……嬢ちゃんが本気だったのは、わかってたんだ。まぁ、それもむかついちまったんだが…………なんでイライラしてんのかわからねぇのにもイライラしちまって。それで嬢ちゃんにぶつけちまった。本当にすまねぇ!」
憑依による負の感情の暴走、これが……それですか。ほかにも、こうなっている人がいるでしょう。対応が急がれます。
「大事になる前に止められてよかったです。お体に違和感はございませんか? ありましたら、治療を開始しますが」
私は治療魔法を使えません。私がやれば日が暮れるでしょう。
「いや、嬢ちゃんがうまくやってくれたようだ、異状はない」
一応、異状が出ないようにはしました。鍛え抜かれた体に衝撃が通るように、力はあまり加減してませんでしたが。
……巫女のことを、アリスさんのことを侮辱したのに怒っていたわけではありませんよ。絶対に。
「それじゃ、俺は戻るよ。ありがとな、……悪口いって、悪かったな」
それだけ言って男性は街へ戻っていきました。口調は荒っぽく、所作も荒っぽく見えますけれど、繊細な性格のようです。
「それでは、私たちも戻りましょう」
「うん、いこっか」
私はアリスさんの隣を歩きながら考えます。どんな人でも持っている悪意を、あそこまで膨張させる憑依について――。