『ケルセルガルド』白骨の森⑩
もう片方に居る人達は、魔法を嫌っているのですよね。でも神さまも嫌っているのですから、魔法を無理矢理撃ちこんで、治療出来るはず。そしてこの人達と違って身投げする事もありません。今は、目の前の分からず屋に……。
「リッカさま……皆さんの症状が急速に進行しています……っ」
「え……?」
「恐らく、体温が関係しているのではないかと……」
「じゃああの炎に当たり続けてたら……っ!」
病気の進行が早まり、より多くの人が………急がないと……。
「動くでない!」
「っ」
「目敏いですネ」
シーアさんが炎を消そうとしてくれたのですけど、止められてしまいました。流石は、魔法を嫌っていた人達です。魔法には人一倍敏感なのでしょうか。
(……関心してる、場合じゃない)
熱で病気が進行する……。女性を見ると、発熱しているようです。末期では、体に入った毒自身が発熱して病気の進行を早めるのでしょう。その毒に対抗して起こる熱も、逆効果となります。体は衰える一方なのに、熱は収まらない……。体を冷やす為の水は、決まった時間しか汲まない。今行われている行為全て、逆効果です。
「時間もない。邪魔が入ってしまう」
「こうしてはどうか」
「申してみよ」
「巫女にやって貰うのはどうか」
頭の奥がずっとズキズキと痛んでいます。怒りから、なのでしょうか。それとも何も出来ない事で焦燥感を抱いているのでしょうか。解決策が一切思い浮かびません。無理矢理治療しても駄目、説得も無理、無視なんて、したくありません。
「どういう事か」
「それは」
何やら、村人達が話しています。私、何かを聞き逃したのでしょうか。アリスさんが私の前に立ち、庇うようにしています。シーアさんやライゼさん、レイメイさんすらも警戒態勢です。
「巫女に生贄を捧げさせるのはどうか」
「理由を申してみよ」
私達に、何ですって?
「不本意ながら神に最も近い存在。ならばこの者達の手で生贄を捧げさせる事で、より近くへ奉納出来るのではないか」
「ほう」
思わず片目を閉じてしまうほどの痛みが、頭に走ってきます。鈍い痛みです。じわじわとナイフを突き立てられているような……。
「治療だという話は信用出来ない。しかし生贄を捧げるくらいならば良いのではないか?」
「だそうだ」
「……?」
何で、妥協してやったみたいな、顔をしているんですか?
言いたい事は、理解したくありませんけど分かりました。しかし何故、それが妥協になるのでしょうか。治療の話をしているんです。生贄の方達は……。
「あなた達は、何とも思わないんですか」
生贄の女性と、候補者達へと話しかけます。今私の目の前にいる狂信者達と違い、この方達には恐怖心が見えます。何も分かっていない子供とも違うのです。自分で考える事が出来るはずです。
「……」
何も話してはくれません。しかしその表情が物語ってしまいました。「病に侵され、余命幾許もない状態。そんな自分達に何が出来るのか」と。諦めています。諦めなければいけない状況に、なっているのです。
「もう何人もの方が、神の下に召されました。我々も……最期くらいは、神の下へ。図々しいかもしれませんが……」
女性の声は、か細い病人の物です。その声で、自分の考えを初めて答えてくれました。
すでに何人も生贄になっている。今更自分だけ助かる気は無い、と。今まで神を嫌い生きてきたけれど、せめて最期は全てを愛しているという神の下に行きたい、と。これは、願いです。死に行く者が最期に願う……祈りです。
「……っ」
諦めた末に、神さまに縋っているのです。それを私が否定出来るでしょうか。後ろ向きな考えではあるのです。同じ死ならば、病魔に侵され死して行くのではなく、神さまの為にと。でも……否定出来なくても……。
「私があなたを、生贄として捧げる事は、出来ません」
「……ではせめて、見届けてください」
女性が再び炎に近づいていきます。
「あんさん等の所為じゃねぇ」
「……っ」
私達が止めに出て行こうとも、そのまま見ていようとも、この結果は変わらなかったのでしょう。女性の死はもう、確定していて……儀式を取り仕切っている人達は、自らの行いも考えも正しいと完全に決め付けていて……皆、自分の考えを持たずに流れに身を任せています。
女性だけが唯一、自分の考えを口にしました。せめて、神さまの下に行きたいと。その為の儀式だから、やらせて欲しいと……。これを止めるのが自己満足なのか、見届けるのが自己満足なのか、私にはもう……分かりません。
「……」
治せる人が居るかもと、救える命があるかもと、ライゼさんの自己満足という言葉を無視して出て行った私。アリスさんとシーアさん、ライゼさんレイメイさんまで巻き込んで……。
「……っ……」
アリスさんが、私の手をそっと握りました。シーアさんは私の隣に立ち、ライゼさんとレイメイさんも、何も言わずに見届けています。
中途半端な正義感が、絶対に救えない命があるという現実を、より鮮明にしてしまいました。今目の前に居る方達は……死を選んだのです。私達が何をしようとも、何れは……。
「――――」
女性が私達を見て、口を動かしました。熱気と病の苦痛から声が出ていませんでしたけど……それは確かに、お礼でした。
何も出来なかった私に、何故そのような言葉を残したのか……私には分かりませんでした。
儀式が終わり、何事もなかったかのように村の日常が再開されました。村の中央では今も炎が燃え盛っています。辺りには、脂を含んだ、焦げた……独特なにおいが漂っています。
「……」
今の景色だけ切り取れば、キャンプでもしているのかと思うでしょう。それだけ自然な、日常を……村人は送っているのです。
女性と共に出てきた重症者の方達はまた、家の中に入って出てきません。閉じ込められて、いるのでしょうか。
「治療などと、余計な事をするでないぞ。すれば、その者から生贄とする。巫女の手が加わった者程高く近く奉納出来るであろうからな」
「……」
この人の言っている事が、理解出来ません。
それならば治療しろと言うべきではないでしょうか。私達からすれば、どちらにしろ生贄とされてしまい、目的を達成出来ないのですけど……あなた達からすれば、より近くなれた方が良いのではないでしょうか。病がなくなれば、考えも変わるのではないでしょうか。
なのに治療するなと言い、率先して生贄の為に殺すと言うのです。ただ……殺したいだけなのではないでしょうか。そうでないとすれば、自らが勝手に感じている罪に、神さまの罰という理由をつけて、他者を巻き込んでいるだけなのではないでしょうか。
私にはこの人の考えが、分かりません。女性が最期に見せた笑みと、本音と思われる言葉が、私の頭を駆け巡っています。怒りが殺意へとなりそうな程に、私は目の前の狂信者が……赦せない……。
「行くぞ」
「は、ぃ」
ライゼさんには、こうなる事が分かっていたのでしょう。シーアさんも、レイメイさんも……アリスさんだって、分かっていたのでしょうか。分かっていなかったのは……私だけでした。
「リッカさま……」
「ごめん、ね……」
何も分かっていなかった私とは違って、アリスさん達は……何も出来ないと思いながらも、未来を変えられるかもしれないと私についてきてくれたはずです。そっちの方がずっと……苦しいです。
結局何も変えられなかった。私が落ち込むのは、お門違いです。落ち込んで良いのは、出来る事をし尽くした人だけ。私は何もしてません……。あの女性に、何もして上げられませんでした。あの村に居る子供達だって……。
だからこの殺意も、私は抱く権利を持ちません。「何も行動しなかった」あの人は何もしない者を嫌悪し、こんな行動を起こしています。私は何も、行動出来ませんでした。あんな間違いだらけの行動に対して、何も出来なかったんです……っ。
「あんさん等が気に病む事はねぇ」
「でス。あの人達は自分の行いを正しいと思い込んでまス。アルツィア様本人が止めても止まりませんヨ」
「……ですけど、私達は”巫女”としてもっと、出来たのではないでしょうか……」
「そんな考えは無茶ですヨ。お二人は理解していたはずでス。救える者に限りはあるト」
そうです。だから、私達は道を用意するという言葉を選びました。直接助ける事が出来ないと分かっていたからです。王都での生活で、嫌というほど実感したからです。
カルメさんとの交流で、それを思い出したはずです。でも、目の前だったのです。手の届く範囲だったんですよ……。
「……忘れろとは言わん。だが、気に病むな」
「…………はい」
「分かりました……」
あの薬物は、自然発生ではありえません。だから私が起こせる行動は……あの薬物の出所を突き止め、処分する事。忘れません。あの女性が神さまの下に、気兼ねなくいけるように……元を絶ちます。
「目を瞑っても良かったんだぞ」
「……見届ける事で、あの人の手向けに……なったはずですから」
見届けて欲しいと、言われたんです。目を背けるなんて、選択肢にすらありませんでした。
「……やっぱりあんさん等……いいや、お前等は馬鹿娘だ。リツカ、アルレスィア」
「……」
「今日はもう寝ろ。明日からは通常通りだぞ」
「「……はい」」
そう、ですね。まだケルセルガルドではやらなければいけない事が、あるんです。気落ちしたままでは、いられません。
気持ちを、切り替えないと……。