『ケルセルガルド』白骨の森⑧
そろそろ出て行こうとした時の事です。村の中央に積み重ねられた木に火が灯されると、朗らかな日常風景が一変しました。まるで、儀式です。
「もう少し、待ちましょう」
「うん……」
水を飲む人は居なくなりました。しかしそれ以上に、私の胸には嫌な予感が募っていくのです。今から起こる事を……村人達の表情から何かを、感じ取っているのでしょうか。
着々と準備が進められていきます。燃え盛る焚火を取り囲み、お経の様な物を読み上げています。本当に、儀式みたいです。
「ディモヌとも違います、ね」
「所々にアルツィア様の名前が出て来てるみたいなんですけド」
「神さま嫌いなんじゃ……」
魔法もそうですけど、何が何やら……。この様子はもはや、神さまを崇拝しているようにしか見えません。
「ン。お師匠さんから”伝言”が来ましタ」
ライゼさんから、何でしょう。直に出て行くかどうかの判断でしょうか。
「巫女さン。リツカお姉さんを捕まえておけト」
「え」
「……? 分かりました」
アリスさんが私の腰に抱きつき、捕まって? しまいました。何でこんな急に……ご褒美みたいな状況になったのでしょう。ライゼさんは何を感じ取り、こんな命令を出したのです?
「何があっても動くなと言ってますヨ」
この状態で動くとなると、アリスさんを振り解く事になります。そんな事私は出来ません。
「動けないけど……」
「ライゼさん。何事ですか」
《そっちからは何も聞こえんのか》
「少し距離がありますから」
”強化”は一度解いているので、ここからあのお経を聞く事は出来ません。
《アイツ等、生贄がどうこう言ってやがる》
「は?」
生贄? 何ですか、それ。
そう、私の思考が止まった時です。村の中央に、白い服を身に纏った女性が向かっているのが見えました。白といっても、ほぼ透明です。体が見えてしまっています。足や手の関節や腹部、胸部や頸部が白く変色しているのです。右肘に関してはまるで、錆ているような色に、なっています。
ゆっくりと、フラフラとしている女性を、村人の人たちが村の中央に招きいれています。生贄とライゼさんは言いました。そしてあの女性の状況。
「ライゼさん」
《出るな》
「何故です」
《お前が出て行って今止めても、アイツ等はまたやる》
確かにそうでしょう。たかだか十六の小娘。そんな人間が、村人全員でやっている儀式を止めた所で、反感を買うだけで何も変わりません。
「だからって」
《それはもう自己満足でしかねぇ。それにあの娘……もう、助からん》
「……!!」
あの女性にはもう、精気がありません。よく見れば、あの女性を連れて来た方達も、老若男女関わらず白い部分があります。今炎を囲んでいる人たちは比較的症状が軽く、女性と共に出てきた人たちは重症。今回は女性だけなのでしょうけど、次の生贄は重症者の内の誰か……?
「確かに、もうあの女性を治す事は出来ません……体の主要部が機能を停止しようとしています……」
末期、という事ですね。ほんの一分後には事切れるかもしれない方、という事です。だからって、このまま贄となるのを黙って見ていろというのでしょうか……。
「ぁ……」
アリスさんは、腕の力を弱めています。私が飛び出せばきっと、アリスさんも共に来てくれるのでしょう。シーアさんも私を止められるとは思っていないようです。
女性を想えば、私はどう行動すれば良いのでしょう……。私は……私、は――。
「神に捧げ――誰だ!」
私は、茂みから出て、村に近づきました。ライゼさんとレイメイさんも、私達に合流する為に出てきました。
「まぁ、止まる訳ねぇか……」
「言うからこうなる」
「無理矢理止めに入られるよりは良いだろ」
ライゼさんは本当は、生贄として捧げられるのを見る事も出来たのです。それでも私に伝えたのは、どうせ止めに入ると分かっていたから。猶予をくれたのです。
私の自己満足に、付き合うために。
「私達は……森を調査――いえ、”巫女”です」
「巫女!?」
「まさか……」
「いやしかし、ヨアセムの残したこれに……」
ヨアセム。そう、聞こえました。神さまに憧れたあの人の名前が、嫌悪感と共に呟かれていません。そこには、仲間に対する情があります。何もかも、ケルセルガルドの事前情報と食い違っています。
「”巫女”が何の用だ。我々はお前達を嫌悪している」
「……」
神さまに憧れたヨアセムは、私達が憎いと言っていました。この人たちもそうみたいです。
「その人を、どうするつもりですか」
「関係ない」
「アルツィアさまの名を出し、儀式を行っているように見えました。私達には、知る権利があります」
「……そういった所が憎いのだ。神の代行者然とした、その態度が」
”巫女”とはそういう者です。人としての生活を送る事を制限され、神さまの代行者として森に在り続けるのです。
「良いだろう、教えよう。ここはケルセルガルドの教えから外れ、神を信仰する事を選んだ村、『マリスタザリア』。神の罰という名を戴いた場所だ」
マリスタザリアの意味が、神の罰……?
「……この方達が村に、その名をつけたのは偶然です。しかし、アルツィアさまが、化け物の名をマリスタザリアとしたのは……別の意味です。”神の罪”こそが、真のマリスタザリアです」
「罪……?」
「アルツィアさまは、マリスタザリアの存在を許してしまっています。偶然出て来てしまったあの者達を、自身の子として許容しています。それは、もう一人の子である人間に対して……どれ程残酷な事なのでしょう」
神さまは、自分が創った者達を愛しています。それは森であり、動物であり、人であり、マリスタザリアであり……魔王であり、です。だから、一方の為に一方を贔屓したくないと、言っていました。
魔王は世界を壊すので、”巫女”である私達への協力はしてくれます。それでも本当は、全てを愛したいのです。
「後悔、してるの?」
「いいえ。後悔も謝罪も、アルツィアさまは持ちません。自身の行いを、アルツィアさまは否定しません。でも、マリスタザリアは人々を脅かします。だからせめて”神の罪”という名を与え、抜け道を用意したのです」
「抜け道……」
「マリスタザリアを殺める行為を、神への反逆とさせない為です。人が人を殺めるのは罪です。魂が、穢れます。しかし、マリスタザリアを人の手で殺める事は罪ではありません。”神の罪”として、人の手で断罪してもらうという形になっているからです」
マリスタザリアという名に、そんな意味合いが……。神さまが出来る、せめてもの行いという事でしょうか。神さまが存在を許してしまっているマリスタザリア。それを殺す事が罪とならない為に……。人々の魂を、守る為に。
あの世という物があるのなら、人が人を殺めたら地獄へと落ちます。しかし、マリスタザリアはその限りではないという事でしょう。無益な殺生に含ませないための、措置。
「人が人として一生を終える為に、マリスタザリアという名がつけられました。申し訳ございません。リッカさまには、話すべきだったのでしょうけど……」
「んーん……多分それを聞いても、変わらなかった、から」
アリスさんの話で分かった事は、殺人を犯すと魂が穢れ、死後の世界で不備が起こる事です。この世界にしろ向こうにしろ、神さまの管轄では死後の世界があるようです。
私は、人を殺します。魔王は人なのですから。そしてこれは想定外ながら、マリスタザリア化した人を既に、殺しています。例えばその時に、マリスタザリアだから殺しても大丈夫、と言われたとして、私は「そっか」と思えたでしょうか。
私は、思えません。それは神さまに許されたというだけなのです。私はそんな、マリスタザリアの意味よりも……アリスさんがくれた、「二人で倒した」という言葉の方が、嬉しかったんです。
凄く利己的で、自己中で……頭がジンジンしますけど、私はアリスさんの言ってくれた事の方が嬉しかった。
だから今マリスタザリアという意味を知っても、「そうだったんだ」としか思えなかったりします。
確実にやってくる現実を薄める効果はあったと思います。しかしそんな事を、私は望んでいません。アリスさんはそれを分かってくれているのです。アリスさんが言うかどうか悩んで居たことを私は知っています。謝らなくて良いのです。私はアリスさんから、それ以上の言葉を頂いています。
「マリスタザリアってそういう意味だったんですカ。マリスとザリアって事ですよネ」
「はい。アルツィアさまの造語です」
「魂とかよお分からん」
「死後の世界ってのは、どんな所なんだ」
「そこまでは教えていただいていません。しかし、殺しを愉しむ方でもない限りは贖罪は出来ると聞いています」
マリスタザリアという言葉の意味。それはシーアさん達にとっても初耳のようです。こちらの言葉で、ザリアとマリスという物があったようで、シーアさんはすぐにピンと来たようですけど。
この話は、ケルセルガルドから外れた『マリスタザリア』の方達にも、良い話だったようです。”巫女”を嫌っているようですけど、それとこれとは別、という事でしょうか。