『ケルセルガルド』白骨の森⑦
「ケルセルガルドを探す前に、森の調査をしましょう」
「そうだな。剣士娘もさっきからソワソワしとる」
「してませんよ」
ほんの少しだけ気になっているだけです。でもアリスさんがせっかく私の気持ちを優先してくれたのです。森を見に行きましょう。
「向こうが怪しいよ」
満遍なく朽ちていっている森ですけど、いくつかの場所は逆に老朽化が止まっています。多分そこは、朽ちるのではなく白骨化をしているのです。
森を進みます。人が住んでいる森だというのに、どこか寂しい雰囲気があります。温かみを感じません。これが死に行く森、なのですね。
「トゥリアの森と変わらんな。今もこんなもんか?」
「ああ。つぅか何処も一緒だろ」
「え? 今何て言いました」
何処も一緒とか聞こえたんですけど、気のせいでしょうか。
「気のせいだ」
「はよ行くぞ」
「腑に落ちませんけど……」
(私も違いが良く分かりません。巫女さんは分かるんでしょうか)
森の違いが分からない方達には後でじっくりと教え込むとして、白骨化している場所が見えてきました。確かに、白いですね。カビではなさそうです。
「思いの外綺麗なもんだな」
「ですネ」
確かに、幻想的ではあります。白骨化という話でしたけど、まるで陶器のような見た目です。ツヤがあるからそう見えるのでしょうか。葉脈だけになるといった物ではなく、葉が白くなっていますね。白骨化よりも陶器化?
と、名称なんて、今はどうでも良いですね。
「保存してお姉ちゃん達に見せたい所ですけド」
確かに、採取して調べたり観賞用にしたりは良いかもしれません。それだけ綺麗な物ではあります。
しかし、自然ではありえません。悪意の森においてこのような変質を起こしたのです。人体に悪影響がないとは、言い切れません。
「直接触るのは止めた方が良いかも」
「みたいですネ」
「手袋は持って来ています。リッカさま、どうぞ」
「ありがとう。アリスさん」
アリスさんが用意してくれていた手袋を着け、早速調査しましょう。いよいよ研究員みたいになりましたね。気分が出てきました。
「じゃあ早速」
まずは採取ですね。手頃な葉から取ってみましょう。
「感触は、脆いね」
手に乗せただけですけど、その脆さが分かります。持ち上げると崩れそう。何故風で崩れないのか不思議です。
「採取出来ませんか?」
「持ち上げたら、崩れちゃう。粉なら取れそうだけど……」
誤って吸い込んでしまうと大変な事になるかもしれません。
「リッカさまの手に”箱”を作りましょう」
「うん。お願い」
せめて粉だけでも採取しておきましょう。
「木もそうなっとるようだな」
「変な広がり方してんな」
「多分、内側から白骨化してるんですよ」
そうなると……もしかしますね。
「土も回収しよう」
「はい。こちらを」
葉とは別の瓶に土も入れます。
「後は、水場があればそこも」
「水場なら向こうですネ」
湧き水、みたいですね。小さい池があります。地中からどんどん湧いてきていますけど、これは……。
「いい加減教えろ」
「植物をあのような形に変質させるには、空気か水が原因の可能性が高いです。魔法の可能性もありましたけど、木が内側から白骨化してますから」
「魔法と空気による白骨化ではないという事ですね」
「うん。土の可能性もあったから取ったけど……水が少し、おかしいね」
木が白骨化。これが問題ではありませんでした。むしろあれは、森が警鐘を鳴らしているのです。今この森では……いえ、この森にある水は、汚染されています。
「森は教えてくれてるんだ。ただ森が痩せてるんじゃなくて、異常事態が発生してるって」
森は確かに自然の物です。しかし森は人々に様々な事を教えてくれます。綺麗な水、美味しい空気、豊かな土壌。木は時に土砂崩れを防ぎ、雨水を貯め、果実を実らせます。
森に生かされる。まさにその言葉通り、人は遥か昔より、森と共に生きていたのです。
「この白骨化は、警鐘。この水は飲んじゃいけない」
「悪意でしょうカ」
「いえ……そうは、見えません」
「私も、この水から悪意は感じない」
では、何なのでしょうか。考えられるのは薬剤ですけど……。陶器のようになる薬剤って、何です?
「飲むなっつってもよ」
「もう手遅れだな。ここは生活用水だ」
「え」
でも、人が出入りしている形跡は……ああ、ここに来て私はまた、向こうの世界の常識で話してしまいました。
「水を引いてますネ。これを辿れば人が居る場所に着きまス」
もう飲まれている、という事です。
「止めないと……」
「村に近づくなと言われとる。俺等の話を聞くとも思えんが」
「それでも行かないといけません」
人体への悪影響は確実にあります。悪意ならば、ライゼさん達の様に感染し難い人達も居るので、要観察で良いと思います。でもこれは悪意ではありません。薬物のような何かにより汚染されているのです。
「こういった薬物に汚染された水を飲むと、本人だけでなく後の世代にまで害が出る場合があるんです。今すぐ止めないと……」
「まだ症状が出とるか分かっとらん。見てから決める。良いな」
「はい」
ケルセルガルドの人達は、トぅリアとは比較にならない程に排他的です。たった一歩森に入ろうとしただけで矢が飛んできました。魔王討伐は急務です。この場でごたごたに巻き込まれるのは避けるべきなのでしょう。でも、放っておけるはずがありません。
「治療出来る物であればします」
「水が必要なら私が何とかしましょウ」
「ありがとう……」
人命に関わります。多少強引な手段となりますけど、急ぎ対応します。人が陶器のようになる、のでしょうか。それとも木とは違う症状が……? 何にしても、見なければ――。
「……?」
「少し、待って下さい。リッカさま」
ケルセルガルド。魔法を嫌っている場所。そう、私達は一瞬、失念していたのです。水を引いている。この危険な水を飲んでいるという最悪の事実により、私達は常識に囚われました。
この世界の常識とは、魔法です。魔法を使わないというケルセルガルドの大前提が、頭から抜け落ちていたのです。
「自分で言った事ですけド、どうやって水引いてるんでス?」
「間違いなく魔法だな」
「どういう事……? 門番というか見張りの人は、アリスさんが魔法って言葉を使っただけで弓矢を……」
水汲みに来ている痕跡はありません。パイプ等で引いている様子もありません。ただ、水は確かに減っています。目を水中に向けると魔力色が見えます。その色を辿ると、私の手が何とか入るくらいの穴が見えます。ここを通して、水を引いているのは分かります。
「何で魔法を使って……」
「ケルセルガルドにも、何か変化が起きているのかもしれません」
「それも含めて見に行くぞ」
「想像で話してもしゃあねぇだろ。慎重になるのに越した事はねぇんだろうが」
「そういうこった。二手に別れて行くぞ。五人じゃ物音がでか過ぎる」
ライゼさんとレイメイさんの提案に乗ります。今は悠長に考えている場合ではありません。水が減っているという事は使っているのです。急ぎましょう。
ライゼさんレイメイさんと、アリスさんシーアさん私で別れます。私達は大きく回りこむようにしてケルセルガルドを目指します。私達の方が、森を歩きなれていますから。
「見えてきましたヨ」
「うん……」
見えてきた場所では、今まさに水を飲もうとしている人が居ました。直に止めたいのですけど、いきなり飛び出して飲むなと言っても信用されません。それどころか次の機会を潰すかも……。ここは慎重に、機会を窺います……。
「どう? アリスさん」
「……水を飲んだ方に異変はありません。しかしこの村の人たちの多くが、関節を患っています」
「関節……」
節々の痛みというのは、馬鹿に出来ません。インフルエンザという、毎年流行っている病気があります。あれの前兆の一つに節々の痛みがあります。インフルエンザは放っておけば死ぬ病。体の表面に違和感と出るというのは、馬鹿に出来ないのです。
「衣服で隠れていますけど、変色が起きているかもしれません」
「陶器化みたいな感じのですカ」
「はい」
「治療出来そう?」
「直接診察してみない事には、何とも……しかし、ただ水に含まれた毒物が関節に溜まっているだけならば、何とか」
現状では、薄い望みみたいです。
しかし……あの村、普通です。魔法を嫌い、神さまを嫌い、森への侵入を防ぎ続けている人達とは思えません。どこにでもあるような、日常がそこにあります。
こんな人達でも、私達が”巫女”と分かったら豹変するのでしょうか。デぃモヌ信仰の人が豹変するという話は聞いています。しかし……実際にそうなった姿は見ていません。ここでも見たくないので、森研究員として忠告するのが良いでしょう。