『ケルセルガルド』白骨の森⑤
セルブロ達は再び国境付近に置いた船まで戻ってきた。丁度、カルメへの連絡をする時間となっている。
「……カルメ様」
《どうだった? こちらは問題なしよ。リツカ姉様達はケルセルガルドに向かったわ》
「お怪我等は、ないようですね。安心しました。こちらも、ジーモンさんが残したメモを回収出来ました」
カルメの声が少し嬉しそうだと、セルブロは感じた。しかしそれを聞く時間ではない。
「それと、カルラ様とエルヴィエール様に会う事が出来ました」
《……愚物の魔法を使ったのね》
「……はい」
カルメも、セルブロとエンリケが友人である事は知っている。その事と自分の感情は別と割り切っている為、気にした素振は見せないが。
《姉様達はどう?》
「お元気そうでしたが、やはり気疲れを起こされて居られるようでした……」
《そう》
カルメは話すのが嫌いではない。しかし、報告等は短く要件だけを話す事が多い。それにもまして、カルメの口数が減っていく。
《分かったわ。戻って来て。次の段階に進むので》
「はい。直ぐに戻ります」
セルブロは”伝言”越しながら片膝をついてしまう。カルメの声にはそうさせるだけの力強さがあった。
次の段階。それが何なのかはセルブロには想像出来なかったが、カルメならばとセルブロはすぐさま船を走らせた。
カルメならば、最善手を取ってくれるのだから、と。
食事を終え、片付けも終え、健康診断を受け、再び船は走ります。
アリスさんと私は少し疲れが色濃く出てしまっています。でもこれは気にするほどではないと私達は思っています。その為に睡眠を取ったのですから。
今回一番大怪我だったレイメイさんですけど、シーアさんによって治療を施されていたものに、アリスさんが更に治療を加えました。傷は問題ありません。輸血するかどうかが問題です。
「輸血するほどではありませんね。血を入れすぎるのも良くありませんし」
ドラゴンの標的が完全に私達だった事が幸いしました。無差別だったら、あそこまで接近して攻撃出来ていたかどうか、ですね。
「傷を広げる風を受けたんだったな」
「広げるというよりは、傷の効果を上げる? といった攻撃でした」
ただの切り傷とは思えない出血。爪が剥がれた所の出血量は、頚動脈を切ったのかと思ってしまう程だったのです。
「あの攻撃を太い血管に受けてしまうと、一瞬で血が体外に出る可能性があります」
「避けるか”盾”に入るしかねぇな」
避けるのは可能です。ただ、魔力色が見えないレイメイさんとライゼさんにとっては難易度が高いです。気配を感じて避けるでしょうけど、接近した状態で発動を許してしまうと危ない。
「砲撃と激流はどれ程ですかネ。どちらも巫女さんなら防げるようですけド」
「”黒の激流”に関しては、私とリッカさまのアン・ギルィ・トァ・マシュでしか防ぐ事が出来ませんでした」
「範囲もだけど、威力が砲撃よりも強かった。一人か二人を守るならアリスさんの”拒絶の盾”で大丈夫だろうけど……」
威力だけ高いのなら、砲撃の上位互換でしかありません。問題は範囲と持続力でしょうか。範囲は、あの場からカルメさんの国まで届いていたでしょう。”黒の激流”はいってしまえば津波を一点集中して放出する魔法です。それをそのまま受け流すと、魔力が許す限り広がっていきます。放射状に広がり、あそこに第二の大落窪が出来ていたと推測されます。
「ただ、あれは凄い悪意を使うみたい。ドラゴンの悪意は、”黒の激流”を撃ち終わった後明らかに減ってたから」
集中して見るまでも無く、減ったと確信出来ました。痩せていましたし、あの後戦うと確実に悪意が持たなかったはずです。”黒の魔法”は確かに強力で付加効果を持っています。浸食や傷の効果を高めたりです。だけど、魔王以外は悪意の総量が決まっているので連発出来ないのが救いです。自分を省みなかったドラゴンだから連発出来ていたのです。
ただ、そうです。魔王は別なのです。
「魔王以外であれを連発する事はないと思う」
地形も変えてしまいますし、世界を恨んでいないという魔王が連発するとは考え難いですね。使ってくる可能性はあると思っていますけど……。
「何にしても、ドラゴン……大虐殺の犠牲者達が、私達に賭けると言ってくれたんだから……。ただの口約束じゃ成仏出来ないだろうし」
遥か昔より続いた恨みを押しのけて、希望に目を向けてくれた人達に……嘘なんてつけません。魔王の秘密は聞く事が出来ませんでしたけど、情報を沢山残してくれました。
”黒の魔法”の数々。その発動条件と使用制限。魔王は神さまに興味がある。そして、世界を壊そうとしている訳ではない。十分です。何故、私が倒れた時、戦いで傷ついた時、魔王は追撃を行わなかったのか。その理由が判ったのです。不気味で仕方なかったのですから……。
「皮肉なもんだな」
ライゼさんがぽつりと呟きました。
「あ?」
「魔王は世界を壊すつもりはねぇと言っとったんだろ」
「はい」
「だが、存在するだけで壊すってんだからな」
魔王と手を取り合うという道はありません。犠牲が多く出ていますし、存在する事が既に世界の脅威。それを知ってか知らずか、魔王は私達と話し合いの場を設けようとしています。私は、話すつもりです。全てを。そして魔王も全てを話してもらいます。
「そんじゃ、話し合いの必要もねぇだろ」
「話します」
ただ倒すだけ。それは相手が世界の破滅者であったならばです。魔王には何か想いがある。それは、人として生まれる事が出来るだけの何かです。それを聞かずに殺す事を、神さまは望んでいないはずです。何より私は、知りたい。
「魔王の所為でこっちに送られたあんさんには聞く権利がある。結果は変わらんだろうが、戦いの意味は変わるかもしれんしな」
戦いに意味を見出す事は、余りしたくありません。戦いに意味を見出すという事は、戦いを正当化するという事です。私は戦いを正当化したくない。でも魔王には聞かねばなりません。それは、私の本当の考え。
魔王の考えがどんなものであれ、私達と魔王の意地の張り合いとなります。生きる事すら許されぬ魔王を浄化したい私達と、その無理を通してでも何かを成し遂げようとする魔王。魔王は私達を殺す事でしか、想いを遂げられません。私達を殺さない限り何度でも魔王に挑み続けます。それだけの事をしても、魔王に与えられる時間は限られているのですけど。
「魔王の考えが何であれ、正しい物とは思ってません。真っ向から否定して、想いごと浄化する」
「はい。人に死を強いる想いを、私達は許したくありません」
王都での戦争も、北部も、大落窪も、魔王が関係しているのです。既に魔王は人を殺めすぎました。
「ライゼさん。一つ訂正があります」
「何だ?」
私達の考えは伝えました。即戦闘ではなく、少し話をさせてもらうという許可も頂きました。でも一つ、私は訂正しなければいけません。
「魔王の所為ではありません」
「ん?」
「私は魔王の所為とは思ってません」
魔王の所為でこっちに来る事になった。そうは思ってないです。
「魔王が居たからこっちに来られたんです。出会う事がなかった人達と出会えて、一緒に旅をして、色々な事を知って、教える事が出来て」
私は、嬉しいと思っています。
「……そうか」
辛い事が多い旅です。でもこうやって前を向いていられるのは、アリスさんが隣に居てくれて、皆が支えてくれたからです。魔王の所為でこっちに来たという言い方では、不本意っぽく聞こえてしまいます。
私は本当に、今此処に居る事が、嬉しいんです。
(巫女っ娘が居るからなんだろうが、まぁなんだ……悪くねぇな)
(ほんと、恥ずかしい事をさらりと言ってしまうんですから。でもまぁ私も、リツカお姉さんと巫女さんに会えた事を魔王に感謝しなければいけませんね)
(……)
「どんな顔すれば良いか分からないって顔してますネ」
「あ? お前等、あんな恥ずかしいセリフ言われて良くもまぁ普通で居られるな」
「剣士娘は昔からそうだろが。こんな時に笑顔の一つも作れんと、アーデって子にしてやれんのか?」
「アーデは関係ねぇ……つぅか、いつの間に話しやがった」
結構良い事言ったと思ったんですよ? 私。もっとこう朗らかな雰囲気が出ると思ったんです。どうしてそんなに照れとも羞恥とも取れるような、雰囲気となっているのでしょう。
少なくともアリスさんは、私を背中から強めに抱き締めて喜んでくれてますし、それだけで私は十分幸せなんですけどね? ただ、恥ずかしいセリフなんでしょうか。シーアさんもそこは否定してくれてません。一番伝えたかったアリスさんが喜んでくれているので良いんですけど、良いんですけど……言って損した気分です……。
魔王のお陰っていうのは憚られますけど、実際にそうなんですから仕方ありません。そして魔王を倒したら私の夢は醒めてしまいます。それまでに何かを残したいと、私は思っているのです。