『ケルセルガルド』白骨の森④
ジーモンは自主的に甲板に上がる。そこには顔や腕に傷を作り抵抗したらしい船員達と、共和国兵が居た。
「貴様は」
「王国選任冒険者のジーモンっす」
「選任……」
「暴れないんで優しくして欲しいっす。船員の皆もこれ以上は駄目っす。カルラ姫が危険に曝されるっすよ」
選任と聞き、兵士達が身構える。マリスタザリアと普段から戦闘をする選任冒険者は、人間等簡単に殺せるからだ。
争いになっては情報収集どころか命すら危ないと、無抵抗の証にと両手を挙げる。ジーモンの指示に、船員達も渋々了承した。
「……お前の仲間は既に捕縛した」
「無事っすか」
「抵抗した為眠らせた」
「……女に手を上げたんすか」
ジーモンが怒りを露わにする。
「あれを女とは思わん。独りで十数名を眠らせた奴だぞ」
「手加減してたようっすね」
怒りのままに兵士達を煽ってしまうが、兵士達はむしろ余裕といった表情だ。
「皇姫と女王は軟禁状態だ。変な事を考えるなよ」
「だから、最初からそう言ってるっす。んで? 何で自分達は捕まるんすか」
縛られながら、それとなくジーモンは尋ねる。
「ゆっくり話してやるさ。お前は帰る家すらなくなる哀れな男だからな。慰めてやるよ」
小馬鹿にするように言う兵士に多少イラつきながら、情報を得るために我慢する。
「帰る家すらなくなるって言われても、家には誰も居ないっすからねぇ。だから話し相手は女の子が良いっす」
「ハッ。こんな頭空っぽの奴が護衛で残念だったな」
不審に思われぬように、ジーモンは馬鹿を演じる。選任冒険者ジーモンは、相手の懐でカルラとエルヴィエールを守りながら、情報を集めているのだろう。バレれば死。その恐怖の中でも、任務を果たす為に。
セルブロとエンリケが飛行船に到着した。
もしかしたら監視が居るかもしれないと、セルブロはエンリケに頼み”阻害”をかける。魔法をかける対象である護衛が居るかどうかすら分からない為、自分達の周りにかけるという簡易式の物だ。簡易式の為、近づかれるとバレるし、音や影等は見えてしまう。注意しなければいけない。
甲板に争った痕跡はあるが、荒らされた様子はない。
「ジーモンは船室のベッド下にメモを隠している」
「メモを残せたのか。レティシア様達の言った通りだ」
短い時間の中で冷静に後に繋げたジーモンに、セルブロは敬意を表す。
「これだ」
セルブロがメモを見る。今でも自動書記は動いているが、もう篭められた魔力の限界なのかゆっくりだ。
「回収完了。カルメ様への連絡までまだ時間はあるが……」
セルブロは思考する。メモの回収という第一目標は終わった。しかし、このまま帰るべきなのかと。
「エンリケ、僕は」
「……カルラに会いに行きたいのか」
「ああ……」
カルメの事、レティシア達の事。セルブロはカルラに伝えなければいけないことがある。何より、謝罪もしたいのだ。
「メモの中に、城内の事は書かれてないのか?」
「待ってくれ」
セルブロがメモを読んでいく。一日分の会話がぎっしりと書かれている為、かなりの量だ。元々ジーモンがおしゃべりな所為でもあるのだろう。必要な情報を切り取り、整頓していく。
「城内は思ったよりも兵が少ない。どうやらカルメ様達の考えは当たったみたいだ。共和国は連合対策に奔走している」
「王国と共和国、連合の戦争ではないのか」
「今は王国、共和国、連合の三つ巴だ。共和国の取った策は、カルラ様を人質に取り徹底抗戦を連合に伝える。皇国の介入を匂わせる事で、共和国への攻撃を遅らせるのが狙いらしい」
ジーモンは深いところまで聞き出せているようだ。持ち前の軽さが功をそうしたのか、口の軽い見張りでも一緒に居るのかは分からないが、カルメへ渡すメモとしては最上級だろう。
「抵抗する気のない選任と、自分の意思で離れようとしない女王陛下とカルラ様に戦力を割く気はないようだ」
「だったら」
「ああ……エンリケ、頼む」
二人は城へと歩を進める。二人居る門番の隙をつき中へと入り、エルヴィエールの私室へ。ジーモンのメモによれば、兵士達の間では一度で良いから入りたい部屋として話題になっているらしい。
「カルラ様」
「……?」
虚空から声が聞こえ、カルラはキョロキョロとする。椅子に座り、エルヴィエールと談笑していたが、軟禁に疲れてしまい幻聴でも聞こえたのだろうか? とカルラは首を傾げている。しかし、エルヴィエールも似たような動作をした事で幻聴ではないと気付いた。
「兄様?」
「エンリケさん、でしたっけ」
「なの。逃げたと思ったのに、どうしたの?」
カルラの呼びかけに、エンリケは魔法を解く。そしてカルラはぽかんとした表情を浮かべる事となった。
「セルブロなの?」
「はい。お怪我がないようで、安心しました」
片膝をつき傅くセルブロに、カルラは声をかける。
「貴方も変わり無いみたいなの。自殺なんて馬鹿な真似はしなかったようで安心なの」
「……レティシア様達に、カルラ様の伝言を頂きましたから」
「そう……シーア達、約束を守ってくれたの」
カルラは嬉しそうに、アバニコをパンッと開き微笑む。
「エルヴィ。こっちはセルブロなの。わらわ達の付き人で、今はカルメに付いてるの」
「お初にお目にかかります。カルメ様の命により、エンリケ様の保護と情報収拾に参りました」
「初めまして、エルヴィエールよ。情報は、どれ程集まったのかしら」
エルヴィエールにセルブロが最敬礼にて自己紹介と目的を話す。
「カルラ様の護衛、ジーモンさんがこちらのメモを作り上げていました」
「少し確認するの」
「はい」
カルラはメモをぱらぱらと見ていく。気になっている情報が一つだけあるのだ。
「フランカの状態も書かれてるの。怪我の痕が残っちゃったけど、無事みたいなの」
「良かった……。ですが、治療が遅れたようですね。申し訳ございません……」
「エルヴィが謝る事はないの。ただ傷跡は、良い医者を紹介しないとなの」
ずっと気になっていた。自分を救う為に傷ついてしまったフランカの事が。顔や腕に火傷痕が残ってしまったようだが、命に別状はないとの事だ。後ほど、傷口を隠す治療を施さなければと、カルラは考える。自分の為に命をかけたフランカを最大限労わる。
「ジーモンの残してくれた情報は正しいの。カルメに渡して欲しいの」
「はい。その、お二人は」
「なの。残るの」
セルブロは分かっていた事だが、聞かずにはいられなかった。ここまで深く侵入出来たのだ。後は牢獄も見つけ出し全員で逃げるだけ。それくらいならば、エンリケの”阻害”もギリギリ届くはずだ。しかし、二人はやはり残るようだ。
「カルメは、元気なの?」
カルラはセルブロに、カルメの状態を聞く。レティシアとの”伝言”で、相変わらず元気そうなのは伝わってきた。しかしちゃんと、聞いておきたいのだ。
「はい。レティシア様とリツカ様、アルレスィア様を姉と呼び慕い、昨夜もお茶会を開いたと喜んでおりました」
「あら。羨ましいわ」
「わらわもまだ食事会しかしてないのに、なの。いつか皆でしたいの」
「そうですねぇ。エリスさんやアンネも呼ばないと。ふふふ」
「クランナやクラウ、ロミィ達もなの」
「ええ。そうなると、大広間が良いかしら? コルメンス様にお願いしないと」
エルヴィと二人で軟禁され、それなりに待遇改善もさせたし、レティシアの過去や、コルメンスとの事等を聞いて、二人共それなりに楽しんではいる。それでもやはり、寂しさと不安さを感じているのだ。
「それと、ライゼルト様がご帰還されました。片腕はなく、大怪我を負っているようですが、食事や飲酒等が出来る程に回復をしています」
「そう、やっぱりあの時の会話は聞き間違いじゃなかったのね」
「ライゼルトは、敵の人質だったの?」
「いえ……敵に操られ、リツカ様達を襲った、と」
エルヴィエールとカルラの表情が曇る。それは、アンネリスとリツカ達への心配からだ。
「……酷い事、するわね」
「アンネとの事もあるし、心配だったの。でもその様子だと、大丈夫そうなの」
「はい」
セルブロの声に深刻さはない。何より食事や飲酒という時点で、結構楽しんでいるのはないか? とさえ思っている。
「近況は、もう大丈夫なの」
「そうね。後はシーア達が迎えに来てくれた時にでも」
「なの」
余り聞きすぎて楽しみを減らす事もない、と二人はクスクスと笑う。レティシア達が迎えに来てくれた後、本人達から聞き出すという行為も楽しみなのだから。
「セルブロ、外から声が聞こえてきた」
「ああ……」
もう時間だというエンリケ。セルブロは名残惜しそうに頷く。
「仲直り、出来たみたいなの」
「少しだけ、ですが」
「わらわ達にも責任はあるの。カルメの所に帰ったら、もう少し話すと良いの」
「はい。ありがとうございます」
カルラは、セルブロとエンリケの関係を知っている。友人だったのに、いろいろと拗れている事も。その一端が自分達姉妹にある事も。だから少し、気にかけていた。
「カルメを、よろしくなの。きっと無茶するの」
「心得ております」
最後にカルラは、セルブロにもう一度頼む。カルメがこれから何をするのか、誰よりも理解しているから。