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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
51日目、果て無き想いなのです
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『ケルセルガルド』白骨の森③



 セルブロはエンリケの付き人として皇家の家臣として迎え入れられた。友人としての情を育んだ辺りで、エンリケ達の両親はセルブロの有能さに気付いた。その時にセルブロは、カルラとカルメの付き人へと変更になったのだ。


 それでも友人であった二人だが、転機が訪れた。エンリケが初めて指揮した戦争で、大勢死んだ。カルラとカルメは嘆き、悲しみ、強い憤りでもってエンリケを責めた。


 セルブロはそれを、止めなかった。


 無理な行軍と一辺倒な攻撃、左右への警戒などなければ、囮にも気付けなかった。無理も無い。この時エンリケは十四歳。カルラやカルメが優秀すぎる所為で忘れがちだが、十四歳に戦況を読めというのは酷な話だ。


 だからこそ戦争を始めた兄をカルラとカルメは許せないのだが、今回の問題はそこではない。


 エンリケは自身の過ちにしっかりと向き合おうとしていた。しかし、妹達の糾弾により意固地になってしまった。そして何よりも、友人……いや、その時はもう親友ともいえるセルブロが、同情をしてくれなかった事に絶望した。


 自分がどれ程の罪を冒したのかは分かっている。同情等されるはずもない事も。しかし、自分の唯一の理解者であるセルブロにだけは、分かって欲しかったのだ。


 賞賛は全て妹達の物。どんなに努力を重ね、成績を上げようとも、見向きもされなかった。成果が欲しかった。その努力と葛藤を知っている唯一のセルブロだけには、分かって欲しかった。


 エンリケの中に「理解者だと思っていた者は所詮ただの他人であった」という考えが過ぎった。セルブロとエンリケの関係はその時より、皇家と家臣となった。


 その後もエンリケは、失態を取り戻そうと戦争を幾つか起こしたし、起こされた。セルブロは家臣として辞めるように進言したが、エンリケが止まる事はなかった。むしろ苛烈さを増した。カルメはそれに気付き、皇女に伝えた。


 個人的な感情で民を危険に。それには、妹への劣等感ではなく、セルブロへのあてつけも含まれていたのだ。


 エンリケを歪ませたのは自分。セルブロは罪悪感を感じていた。しかし戦争を起こしたエンリケを直接庇う事はなかった。


 セルブロの知り合いが戦争に巻き込まれた事はない。それでもセルブロはエンリケの前で、同情している姿など一切見せない。そこには、カルラとカルメへの強い忠誠心があるからだ。


 カルラとカルメの傍に居て、民と触れ合う二人を見たセルブロは、崇敬をもって二人に仕えている。二人のためならば、自身の命すら軽い。カルラ達の両親から言われたから仕え続けているのではない。自分の意思で仕えている。


 だけどセルブロは何も、エンリケを庇っていない訳ではない。理解はもちろんしていたし、カルメが言い過ぎている時は諌めたりもした。それをエンリケの前で行わなかっただけだ。


 なぜ行わなかったのか。それはエンリケを理解しているからだ。理解者であるセルブロが庇ったとしたら、エンリケはそれに縋る。そして自身の罪を軽く考える。これは逃避だ。実際はそうしなければ罪の重さに耐えられないだけでも、セルブロは逃げ先になるのだけは許容しなかった。


 崇敬するカルメの憤怒と絶望、カルラの後悔と慟哭も知っている。戦争に行った者達はセルブロと同様に、二人の為ならば命すらと思っている者達であった。ここで負ければ二人が悲しむと命を散らせたのだ。それも知っている。


 セルブロは三者を知っているからこそ、エンリケを友として庇う事が出来なかった。したくなかった。

 

 だから、先程のエンリケの謝罪は、大きな意味を持つ。どんな心境の変化か分からないが、エンリケが全て自分が悪いと、セルブロに歩み寄ったのだ。


 セルブロにはそれが嬉しいものだった。何れエンリケは、戦争被害者達にも向き合い、しっかりと謝罪をするだろう。


 その事で皆の傷が癒える事はない。でも、そこからエンリケの贖罪は始まるのだ。


「船はこっちだ」

「ああ、分かった」


 二人は再び船を目指す。


「護衛の方達は、どうなった?」

「カルラが王宮へ向かった後、一本の”伝言”が護衛のジーモンに届いた」


 エンリケがその時の様子を、話し始めた。



 ――――カルラが王宮へ向かう道すがら、巫女達の手配書を見ていた時だろうか。ジーモンに一報が入った。


「っと、誰っすかね。レティシアさんじゃなさそうっすけ、ど……え、陛下?」


 ”伝言”の相手を見て血相を変えたジーモンは、船員達に声をかけた後船底付近まで下がって行った。


「っす。ジーモンっす」

《良かった。繋がった。通信状況が悪いから、手短に話すよ》

「っす」

《カルラさんは今どちらに?》

「今王宮に向かって行ったところっす。そろそろ着くんじゃないっすかね」

《遅かったか……いや、まだ……すぐに引き止めてくれ》


 コルメンスは明らかに急いでいる。いつもならば一つずつ確認を取るように連絡をするのだが、今回は完全に省いている。


「どうしたんすか?」


 ジーモンが追いかける準備をしながら尋ねる。


《共和国が王国に宣戦布告してきた。今王宮に行くのは危険すぎる。急いでそこから離脱してくれ》

「……エルヴィエール女王陛下は良いんすか」

《……ッ!》


 ジーモンは頭が回るほうではない。しかし優しく、気が利く。だからこそディルクはジーモンを選んだ。


「フランカと自分なら、二人を連れて逃げるくらいなら出来るっすよ」

《駄目だ。エルヴィまで居なくなれば、共和国は完全に元老院の手に落ちる。連合との共闘だ。共和国にはエルヴィが、必要だ。自由は利かずとも、エルヴィなら何とか出来る》


 一刻も早く救い出したいと、言外に伝わる。しかし王としての覚悟を、カルラからも説かれているし、エルヴィエールの教えを忘れた事はない。コルメンスは、今の共和国に最も必要な事を理解している。


《カルラさんだけ頼む。皇姫に乱暴はしないだろうけど、人質になってはこちらから手を出す事が一切――》

「待って欲しいっす、何か音が……」


 甲板に上がってくる複数の足音。それは鉄のぶつかる音も含まれている。その後直ぐに響く怒鳴り声と戦闘音。


「……ッ!? ちょ、拙いっす」

《まさか》

「ジーモン。逃げよう」

「エンリケさんっすか!?」


 エンリケがジーモンの所にやってきて声をかける。しかし、声しか聞こえない。


「”阻害”で見えなくしている。早く逃げよう」

「……駄目っす」


 ジーモンは首を横に振り、紙とペンをとった。


「エンリケさんだけ逃げるっす。そして誰でも良いから信頼出来る人にこの船の場所を伝えて欲しいっす」

「……」


 声が聞こえなくなる。しかしそれは了承だと、ジーモンは感じた。


《ジーモン》

「陛下すまないっす。逃げるのは無理そうっす」


 戦い逃げる事は可能だろうが、この暴挙は確実にカルラが捕まっているという事だ。ジーモンもそれくらいは、分かっている。


「ま、二人を守る為に残りますんで、安心してくださいっす」

《すまない……》


 ジーモンがメモを書いている。

 

「レティシアさんからのお礼が欲しいっすねー。巫女様は流石に無理そうっすから」

《ああ、僕からお願いしておくよ。だけど分かっているね?》

「っす。流石にそういったお願いはしないっす……」

(兄馬鹿っすねぇ)


 お礼の催促をしながら、ジーモンは魔力を練り上げた。


我が声(【シュトム)に応じ(・ゾギブ】)、認めよ(・イグナス)

 

 紙とペンに魔法をかけ、ベッドの下に隠す。それだけ確認したエンリケは船から静かに離脱した。


「あー、あー」


 ジーモンの声に反応し、ペンが勝手に文字を認める。


「よし。情報を出来るだけ残しますんで、後は頼んだっす」


 自動書記とも言うのだろうか、器用な魔法を使い情報収集に努めるようだ。


《分かった。カルラさんと……エルヴィを頼む》

「うっす。いやぁ、女王陛下一緒にしばらく過ごせるとは、役得っすねぇ」

《違う部屋だと思う》

「夢くらい見させてほしいっす……」



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