『ケルセルガルド』白骨の森
ライゼさんから状況を伝えられた兵士の方達に、詳細を聞いてみました。カルメさんからの命令で来たようですね。
「申し訳ございません……。もっと早く到着していれば……。お怪我等は……?」
「いいえ。問題ありません」
自分達がもっと早く到着して、支援出来ていれば、と後悔を滲ませています。
ただ、兵士の方達に出された命令は、戦闘に参加せずに、クロジンデさんの迅速な保護と離脱との事です。カルメさんの指示は的確だったと思います。少々直接的な言葉になりますけど、戦闘への介入が盛り込まれていたらただ死にに来る様なものです。
私の【アン・ギルィ・トァ・マシュ】は確かに、篭めた想いが届けば守れます。それは戦場に居る、私達巫女一行と呼ばれる人達以外も例外ではありません。私はそれを、詠唱時に篭めます。
つまり、途中参加した人は対象になりえないという事です。もし仮に私の守護対象に入っていたとしても、ドラゴンが行った最後の攻撃、黒の激流に巻き込まれていた可能性があります。
だから、そんな申し訳なさそうな表情をしなくても良いのです。カルメさんは私達を本当に理解してくれています。カルメさんの命令で戦闘に介入しても……兵士さん達が死を覚悟していても……私達はその事を悔やんでしまいます。そうならない為に意識を割きます。それは……枷です。
「キツイ言葉を使いますけど、今回の敵は皆さんが居ても労力は変わりませんでした。仕事に対する責任感と誠実さは尊敬します。しかし、命を捨てないで欲しいです」
「は……はい」
同じく戦いに身を投じている人間として、兵士さん達の後悔は斬らせて頂きます。戦いを続けていれば、命を懸けなければいけない状況は必ず来ます。しかし今回はその時ではありませんでした。相手と自分の実力差、戦っている仲間の状況。それを考慮するのも戦いです。
我武者羅に戦い始めれば良いという物ではありません。
(まぁお師匠さんから、戦ったのは巫女二人とサボリさんと聞いた兵士達が、良い格好しようと意欲を見せただけのようにも見えるんですけどね)
(真面目に説教されて兵士が面食らっとるが、剣士娘の言っとる事の方が正しいからな。黙っとくか)
(あのドラゴンを見たら、そんな意欲もなくなるだろうがな。最初の”火球”だけで、人間業じゃねぇし)
三人から変な視線が投げかけられてますけど、アリスさんがにっこりと微笑んでいるので、いつも王都でなっていたアレでしょうね。懐かしさと共に何を考えているのか気になってしまっているのですけど、クロジンデさんの護送を開始しましょう。
船に再度乗り込み出発します。私達の船を中心として、三隻の船に囲まれた状態です。緊急事態が起きた時は合図の”火球”を打ち上げる事になっています。
本当の緊急事態以外は、その合図を待つ事にするつもりです。兵士の方達のやり方に合わせないと、いらぬ被害が出る可能性がありますから。でも、”影潜”や上空からの強襲となれば別です。
「赤の巫女様は、その……」
クロジンデさんがぽかんとした表情で私を見ています。
「いつも……?」
「戦闘中はこんな感じだ。まず笑わんし、目が鋭くなる」
私からすれば、レイメイさんやライゼさんが不思議な存在です。戦闘が始まっても普段通りですし。
「決して怒っている訳ではないので、ご安心下さい」
アリスさんがフォローしてくれます。クロジンデさんがおろおろとしているのは、私が怒っていると思ったからみたいです。
確かに兵士の方達に説教染みた事をしましたけど、怒ってはいません。考えを改めて欲しいという気持ちはありますけど、その事でイラついてしまう程余裕がないという訳ではないので。
「ヘラヘラと戦う奴よりはずっと良い。気にせんでやってくれ」
「分かりました……」
「ですってヨ」
「ライゼが帰って来て何回目だ? そろそろ喧嘩の続きやるか? あ?」
クロジンデさんは、私を心配そうに見ています。元気も余りありません。村から離れる事になったのは、私の説教の所為です。正直思う所があっても仕方ないなと思っているのですけど……クロジンデさんにあるのは心配です。
もしかしたら、自分の所為で戦いに巻き込んでしまったと思っているのかもしれません。あのドラゴンは私達を見つけて攻撃を仕掛けてきたのですけど、最初に狙ったのが村のように見えたのでしょう。その所為で巻き込んだと思っているのです。
「あの敵は、私達を狙っていました」
「……?」
「巻き込んでしまって、申し訳ないです」
決して、村を守った英雄ではありません。心配してもらう権利なんてありません。
「赤の巫女様が悪い等という事は……」
何にしても、守る事が出来て良かったです。これで予定通り、ウルの保全を目指せます。
カルメさんの国が見えてきました。任務終了目前ですけど、より気を引き締めましょう。
兵士の方がカルメさんに連絡を入れていたようで、到着と同時にカルメさんと数名の町民が出てきました。見覚えの無い方達ですけど、カルメさんが無関係な人を連れて出て来る訳がありません。
「ご無事で何よりです」
「増援ありがとうございます」
「安心して護送出来ました。流石に、体力の不安がありましたから」
短く安否確認とお礼を交わし、本題に入ります。
「こちらはウルの元村民達です。クロジンデさんが説得に応じてくれたとの一報を受けましたので」
「村を守って頂いたそうで、ありがとうございます……!」
「クロジンデさんも無事で良かった……」
クロジンデさんと村がやはり心配だったようです。偶に様子を見に行っていたようですけど、そんなに頻繁な外出は出来なかったでしょうから、気が気ではなかったはずです。
「ウルが襲われたのは、私達の所為ですから……お礼、必要ありません。むしろ謝罪を……」
「リツカ姉様。それは後ほどわらわの方で説明をしておきますので」
「ありがとう、ございます」
私には説明をする義務があるのですけど……今はとりあえず、クロジンデさんと村人達の再会と今後の話し合いを優先させないといけません。人が居なくなると村とは直ぐに廃れるものです。どうやって保全するか、話し合った方が良いです。
村人の方達とクロジンデさんは一先ず町の中に入っていきます。けれど、クロジンデさんは暫し私を見た後、口を開きました。
「赤の巫女様、巫女様……」
「はい」
「村の事、ありがとうございました。これからしっかり、ここで考えます」
「その事は……」
私の訂正を聞く事無く、クロジンデさんは頭を下げて城下町の賑わいに消えていってしまいました。
有無を言わせぬ背中、でしたね。これは都合の良い考えでしかありませんけど、クロジンデさんが「巫女様達が悪いはずがない」と言ってくれたように感じました。
私はやっぱり、そうは思えませんけど……村を守る事が出来たから、そういった言葉を頂けたのだと考えると……嬉しいものが、少しだけあります。
アリスさんの頑張りが無駄にならなかったのです。村を守りきったのは紛れも無くアリスさんです。私はやっぱり自分の事の様に喜ぶのです。
「皆さん。ありがとうございました。クロジンデさんも前に進めたようで安心しています」
「やっぱり、知っていたのですね」
「はい。本人の口から事情を聞くべきと判断しましたので」
非情にデリケートな問題でした。私達が全ての情報をカルメさんから聞いているのは、依頼なのですから当然と言えば当然です。私としては知られていたら仕方ないと思いますけど、人によってはそれが嫌だという人もいます。
それに、クロジンデさん本人から話を聞けないようでは、依頼達成なんて無理です。それも含めての信頼だったと、私は思っています。