積年⑪
「光の炎、光の刀、白光を煌かせ! 私の魂、私の想い、私の愛を捧げる! フラス・フラス! 光をのみ込む光よ、私を照らせ。ヴァイス・ヴァイス! 赤を抱く白よ、私と共に――強き想いを胸に宿した英雄よ……顕現せよ!」
リツカの体から魔力が溢れ出し、形を変えていく。探り探りの初披露から、予定よりも早い再発動。魔力はより早く、強く形を変えていく。より濃くなった白が、リツカの魔力を包み込み――。
「私の想いを受け、”私”を抱擁せよ! 【アン・ギルィ・トァ・マシュ】!!」
赤い、翼となった。
「シーアさんは、攻撃に集中を」
「はイ」
リツカの翼は乗せた想いにより防御対象を指定出来る。その防御が届く範囲は約六メートル。対象の場所が分かっていれば、視界内に対象が居らずとも攻撃目標となった瞬間に反応する。リツカの瞬発力を合わせれば、全ての攻撃から守る事が出来るといっても過言ではない。そして何より、その守りは自動だ。
「私も、攻撃に集中するから」
自分を守る機能は初めから刀の切れ味上昇に使っている。リツカを守るというアルレスィアを、完全に信頼しているからこそ出来る事だ。それでもアルレスィア達を守る為の機能は残している。この翼は、その想いの具現でもあるのだから。
省略出来ない機能の一つがそれだ。それまで攻撃に乗せてしまうと、魔法が途切れてしまう。リツカが瞑想中に、【アン・ギルィ・トァ・マシュ】を感じ取った事で分かった事だ。長時間使えるけれど、制約を無視すれば威力は弱く、使用時間も短くなる。
「…………」
ドラゴンがリツカを見ている。魔力色が見えない者にとっては、特に大きい変化はないはずだ。リツカの魔法が分かったとかではなく、何かを考えているように見てとれる。
「失゛意゛の゛海゛に゛沈゛め゛」
ドラゴンが詠唱を開始する。
「っ……リッカさま!」
「うんっ……! シーアさんも!」
「エ」
アルレスィアを腕に座らせる様に座らせると、アルレスィアはリツカの視界の妨げにならないように抱きつく。戦場でいきなり睦み始めた二人に、レティシアは一瞬ポカンとしてしまう。
(ああ、この場を離れるんですね。一瞬分からなくなりました)
レティシアは小脇に抱えられる。
「レイメイさん! 高台まで離脱をお願いします!」
「あ? チッ……また何か来んのかよ……!」
リツカが翼を羽ばたかせる。ドッと魔力が弾け、”疾風”よりもずっと早く移動する。風圧や寒さが直接身体を襲い掛かるが、今はそれを気にしている暇は無い。
村に戻った三人。アルレスィアは杖を抜き、リツカはレティシアを降ろす。
「シーアさんはここで待ってて。ライゼさんは遠くに行ってくれてるから大丈夫」
「何があるんでス」
「見た方が早いかも……!」
「リッカさまっ」
アルレスィアの準備が終わり、二人は再びドラゴンの元へ戻っていった。言葉を重ねる事すら時間のロスと言わんばかりに急いでいる。二人の直感からして、次の攻撃、対応を誤れば村どころか――――。
(やっぱりやめようよ)
ドラゴンの中で少女の声がする。
(許可出来ない)
(魔王は赤の巫女を試すよう命令した)
(あの人達嫌いになれないよ……)
何人もの声が、ドラゴンの中で木霊する。乗り気ではない一人を説得するように、木霊はどんどん増えていく。
(それでもやらねばならぬ)
(そうだ)
(あの二人ならば問題ない)
(あの二人なら乗り越えられよう)
(そうでなくては魔王は斃せない)
(これは試練)
(そう、試練)
(あの二人が期待はずれならば)
(その時は全てを破壊する)
(了承)
(……)
少女の意見は通らなかった。ドラゴンの詠唱は止まらない。
「リッカさま……私を」
「うん、やろう」
リツカがアルレスィアを背中から抱き締め、目を閉じる。集中し、感知範囲を広げていく。
「――光の炎、光の刀、赤光を煌かせ! 私の魂、私の想い、私の愛を捧げる!」
リツカの腕と翼に抱かれ、アルレスィアも詠唱する。
「フラス・フラス! 光をのみ込む光よ、私を照らせ。ルート・ルート! 白を包む赤よ、私と共に――強き想いを胸に抱いた英雄よ、顕現せよ!」
巨大なリツカが形を成していく。想いの強さが威力を上げるアルレスィアのこれは、顕現する余波だけで小型のマリスタザリアならば浄化出来そうな程に力強く、強力となっている。
「私の想いを受け、私の敵を拒絶せよ! 【アン・ギルィ・トァ・マシュ】!!」
超大なアルレスィアの魔力が、杖を通し天高く伸びていく。神の降臨の如く光り輝きながら――髪と瞳を赤く燃やすリツカが出現した。
その姿は、リツカの翼を受け変化している。大きなリツカはその身に翼を現出させ、居合いの構えを取った。
(受けきる……!)
(あなた達が失望してしまった世界は今……歩みを始めようとしています……!)
リツカが三人を捕捉する。目を強く閉じ、アルレスィアを強く抱き締める。抱き締められたリツカの腕に、アルレスィアは触れる。触れ、背中にリツカを感じるだけで、何でも出来る気がした。
「だから……」
「壊させない!!」
二人の想いを受け、【アン・ギルィ・トァ・マシュ】が鯉口を切った。
「永゛久゛の゛怨゛念゛を゛受゛け゛よ゛!!」
黒の激流を【アン・ギルィ・トァ・マシュ】の刀が受け止める。アルレスィアを標的にしている黒の激流を、【アン・ギルィ・トァ・マシュ】の翼が更に弾いていく。
後ろにはレティシア、高台側にはウィンツェッツ、カルメの村側にはライゼルトが居る。四方に居る守護対象によって、激流はその場で全て翼に弾かれる。弾かれた激流は、悪意を受けた黒の魔法だ。アルレスィアの”拒絶”と”光”が掻き消していく。
「受゛け゛き゛る゛事゛か゛出゛来゛る゛か゛……!! こ゛の゛、呪゛い゛を゛――!!!」
白と赤が交互に煌く。村の端での攻防。二人だけの魔法は、城に居るカルメすらも目撃する程の眩さで、周囲を包み込んでいく。その光を見た人々は一様に、二人を思い浮かべたという――。
アルレスィアの【アン・ギルィ・トァ・マシュ】が消える。黒の激流は受けきったが、アルレスィアの魔力も限界を迎えた。
「終゛わ゛り゛か゛」
「……」
土煙が晴れ、そして――。
「――」
ドラゴンの首が、落ちた。
リツカの刀も魔力を使い切り、赤色の魔力が霧散していく。黒の激流を防ぎ切った瞬間リツカは、ドラゴンの首元まで一瞬で移動し、斬った。
「――見゛事゛」
「……っ」
落ちた首が喋っても、もはや驚きは無い。むしろドラゴンから敵意を感じない事の方が……不気味だった。
「私達を試して……何をする気だったのですか……」
アリスさんが、肩で息をしています。ここまで消耗したアリスさんを見るのは、初めてです。私の想いを守る為に、こんなにも……。頬が熱くなり、胸が張り裂けそうになります。自分の疲れよりも、この動悸の方が……苦しい……。
アリスさんの肩を支え、ドラゴンの言葉を待ちます。もしもを考え、抜刀したままです。
「遥゛か゛昔゛か゛ら゛続゛く゛怨゛念゛た゛る゛我゛々゛て゛す゛ら゛、魔゛王゛に゛と゛っ゛て゛は゛欠゛片゛で゛し゛か゛な゛い゛」
「我゛々゛に゛勝゛て゛ぬ゛よ゛う゛て゛は゛、魔゛王゛に゛は゛到゛底゛勝゛て゛ぬ゛」
「お゛前゛達゛か゛我゛々゛に゛負゛け゛る゛よ゛う゛な゛ら゛、世゛界゛を゛滅゛ほ゛し゛て゛い゛た゛た゛ろ゛う゛」
人格が、変わった……のでしょうか……。いくつもの怨念が重なり合い、ドラゴンの中に居るようです。その全てがきっと、大虐殺の犠牲者達です……。恨みは本物。きっと私達が負ければ、ドラゴンは躊躇無く世界を滅ぼしにいった事でしょう。
この方達ですら……欠片。それは力ではなく、”悪意”がという意味です。悪意は力ですから、同義ではあるのでしょうけど……この方達が警告してくれる程の、悪意の塊という事になります。
まだ魔王の欠片としか戦闘経験はありませんでしたけど、十分の一という予想なんて生ぬるいのかもしれません。王都に居る全ての人々の悪意を集めたような欠片の……何十、いえ……何百……?
「お゛前゛達゛の゛夢゛に゛賭゛け゛て゛み゛た゛く゛な゛った゛の゛た゛」
「二゛度゛と゛我゛々゛の゛様゛な゛存゛在゛を゛作゛り゛出゛さ゛ぬ゛努゛力゛を゛す゛る゛と゛い゛う゛言゛葉゛に゛」
「私゛達゛を゛忘゛れ゛な゛い゛と゛い゛う゛優゛し゛さ゛に゛」
聞いていた、ようです。私達が話した言葉を……。そしてその為に私達を試したのです。本当に、世界を変えらるかを。個人では何も出来ません。しかし私達なら、光になれると、信じてくれたのです。