積年⑩
「お゛前゛達゛な゛ら゛分゛か゛って゛い゛る゛は゛す゛た゛」
(……魔法の所為で虐げられたのに、魔法を使って復讐……その真意……)
「魔法が全てという方達への……当てつけという事ですか」
過去、大虐殺を行った者達に対しドラゴンは、こう言いたいのだろう。「貴様達が優れていたのではなく、神の与えた魔法が単純に優れていたのだ」と。
「魔゛法゛て゛も゛勝゛負゛に゛な゛ら゛す゛、腕゛力゛て゛も゛敵゛わ゛ず、知゛恵゛も゛足゛り゛ぬ゛。過゛去゛、何゛も゛出゛来゛す゛に゛散゛った゛我゛々゛の゛無゛念゛。今゛こ゛そ゛晴゛ら゛し゛て゛や゛る゛」
ドラゴンは憤っている。「全て自分達の方が優れており、神に選ばれた特別な人間というのなら自分達だ」、と。リツカとアルレスィアは、普段であれば冷めた目で見ていた事だろう。しかし、この姿は……初代”巫女”も関係している。
二人は複雑な心境で……歪めてしまったその姿を、黙って見る事しか出来なかった。
「お゛前゛達゛に゛恨゛み゛は゛な゛い゛か゛、や゛ら゛ね゛は゛な゛ら゛ん゛゛」
巫女への恨みはあるはず。しかし、リツカとアルレスィアにはないと言う。想いは通じていた。しかし……敵対してしまった。
「私達に出来る事は……その恨みを受け止めた上であなたを斃す事……!」
「あなたは、今を生きる人々にまで罪を償わせようとしています……。それは、止めなければいけません」
「あなたの復讐を止める権利は、私達にはないけど……」
「それでも、罪無き者を巻き込む事は許容出来ません」
「復讐を止める権利はなくても、罪無き人々を守る使命がある……っ!!」
ドラゴンの様子がおかしい。リツカとアルレスィアはそう思った。本当にこのドラゴンは、”巫女”抹殺の為に……魔法使い達を殺す為にここに居るのだろうか、と。
それでも、殺気は本物だ。ここで止められなければ大勢が死ぬ。再び死を与えなければいけない事に、二人は心を痛める。しかし――覚悟に揺らぎは無かった。
「我゛等゛の゛悲゛願゛を゛遂゛け゛る゛為゛に゛、自゛由゛を゛手゛に゛す゛る゛為゛に゛――ッ!!」
ドラゴンが羽を広げ、羽ばたく。
「黒゛き゛旋゛風゛! 遍゛く゛者゛に゛破゛壊゛を゛! 死゛を゛! 絶゛望゛を゛!」
再び、黒の魔法が三人を襲う。最初に攻撃を受けたのは、一番近くにいたウィンツェッツだ。尋常ではない気配に離れようとした矢先に巻き込まれた。刀を持った右腕に黒い風が当たってしまう。
「つッ……!」
「早くこちらへ……!」
掠り傷とは思えない程の激痛がウィンツェッツの腕に走る。中指の爪が弾ける様に剥がれ飛び、血が流れる。その出血量は、掠り傷や爪が剥がれた物にしては多すぎる。
「”盾”を構えたままでは治療が出来ません……!」
「服で、縛ッときゃ良いだろ……ッ」
ウィンツェッツは自身の袖を千切り、きつく縛る。しかし出血量は減らない。魔法による出血は、服で縛った程度では治せない。
ドラゴンは羽ばたき続ける。黒い風は今もアルレスィアの”盾”を叩き続け、治療の暇を与えてはくれない。
「私が治療しましょウ」
「無事で良かった。お願い出来るかな」
「間一髪でしたけどネ。領域の近くで陣取って正解でしタ」
レティシアが治療を開始するが、傷が塞がる気配がない。黒い魔力が、”治癒”を邪魔してしまっている。ただの”治癒”では効果がないようだ。
「不味いでス」
「任せて。光よ」
リツカの、強いとはいえない”光”が黒い魔力をじわじわと剥がしていく。”拒絶”が含まれておらず、”光”自体も発展途上故に、ドラゴンの強い怨念が篭った黒い魔力を剥がすのは時間がかかってしまうのだ。
「ただの”風”じゃ相殺出来ねぇぞ。ありゃ」
「もっと強い魔力を篭める必要がありまス」
「マクゼルトの拳圧よりは楽です。ただ、掠り傷も致命傷になりえるので、気をつけて下さい」
同量の風をぶつけるだけでは相殺出来ない。相手の風を上回らなければ、黒の風は相殺出来ないとウィンツェッツは理解する。リツカはマクゼルト相手にカウンターを取るよりは簡単と言うが、掠り傷でも出血死しかねない魔法だ。一つのミスも出来ない点は、マクゼルトと変わらない。
「巫女さン。この際”領域”を解いて杖」
「シーアさん土壁お願い!」
「っ――土の壁よ! 我が怨敵を押し留めよ!」
黒い風が吹き荒ぶ中、ドラゴンが”盾”に突撃してくる。杖がある時ならば受けられるだろうけど、今直撃されるとアルレスィアが吹き飛ばされてしまう。
リツカの指示で出来た土壁にドラゴンは激突する。その一瞬の隙に、四人は大きくその場を離れた。
「隙あらば、私達の後ろに回り込もうとしてくる。杖を取りに行く暇もくれないし、村を狙われると厄介だから……」
「分かりましタ……ではせめテ、私も盾役をしましょウ。苦手ですけド、水流で代用しまス」
アルレスィアが楽になる道である、杖回収。レティシアかウィンツェッツが取りに行くという道もあるのだけど、問題は村を狙われた場合だ。リツカとアルレスィアはその攻撃を受ける為に動くだろう。それはゴホルフ達が取っていた、いつもの手だ。守りたい者への攻撃を率先して行い、相手を誘導する手段。
レティシアは、リツカが今にも……唇から血が出てしまいそうな程に食い縛っているのを見た。一番我慢しているのは紛れも無くリツカだ。そのリツカが、アルレスィアの決意とクロジンデとの約束を想い行動している。レティシアが言えるのは、アルレスィアの負担を減らす提案となってしまった。
「隙があればどんどん体内への攻撃もしていきまス。少し深い傷があれば良いのですけド」
「レイメイさん、どうですか」
リツカはアルレスィアの傍で二人をサポートしながら隙を待つ。相手の隙を作るのがレイメイの仕事となるのだが、出血による症状が気になる。
「少しフラつくが、アイツは俺に興味がねぇようだ。腹で良いんだな」
「はイ。なるべく心臓付近にお願いしまス」
「どこだそりゃ」
「……心臓付近でス」
「……知らんぞ」
「私もですヨ!」
トカゲも人間の様に胸の辺りなのか? という疑問はあるが、ウィンツェッツは再び隠れながらドラゴンの下に潜りこむ隙を窺う。
「黒い風は止んだけど……悪意の消費を気にしてない」
ドラゴンに言われて感知に少しだけ意識を割く。確かに、ドラゴンが内包している悪意が減っている。普通の魔法と違って、黒の魔法は悪意を消費し放っているのは確実だ。
「周囲から取り込むのも、魔王からの支援が必要だと思います。ゴホルフのように、予め魔法をかけてもらうのでしょう」
ゴホルフの”傀儡”と”念写”の事だろう。それと同様に、予め悪意を吸収出来るように魔法をかけてもらう。それがアルレスィアの考えだ。リツカもこれに賛同する。
「ここなら悪意を集められないけど、魔王が関わっている以上自分の悪意を切り離してでも支援するかもだから」
「黒の魔法の連発に注意、ですネ」
再びこちらをコントロールしようとしているのか。それともリツカ達の進化を試そうとしているのか。それは分からない。しかし確実に、魔王は見ている。横槍の可能性も含め、リツカは決断する。アルレスィアにこれ以上の負担を強いるのは、耐えられないからだ。
(次は確実に決める。その為に――)
リツカは静かに魔力を練る。アルレスィアはすぐに理解した。リツカは今度こそ、【アン・ギルィ・トァ・マシュ】を使うつもりだ、と。
(リッカさま……!)
乱用は出来ない。しかし、リツカにとって【アン・ギルィ・トァ・マシュ】とはアルレスィアそのもの。アルレスィアが苦しんでいる時に使わずに、いつ使うというのだろうか。