積年⑨
(俺を忘れてやがんな)
「――――ォラァ!!」
「……」
リツカとアルレスィアだけを見ていたドラゴンの隙を突き、ウィンツェッツは後ろに回りこんでいた。黒の砲撃を放った後もリツカ達が居た場所を見詰めながら待機している。その首にウィンツェッツは斬撃を放ったのだが……。
(クソが……! どんだけ硬ぇんだ……ッ)
一切手加減していない一撃。ドラゴンよりも高く跳び上がり、落下の力まで加えて斬りつけた成果にしては、余りにも小さい。皮膚すらも鉄と同等かそれ以上だ。何より分厚い皮膚と肉は、重要な血管や臓器を守っている。両断するには骨もあり、困難を窮めていた。
「レイメイさん、斬るなら腹を」
リツカがウィンツェッツに声をかける。アルレスィアの”盾”には傷一つ着いていないが、リツカはアルレスィアの肩を支えている。杖無しでも高水準で魔法を使えるといっても、負担はその限りではない。
「腹ならまだ、斬れるはずです」
(トカゲの弱点なんて、知らないけど……柔らかそうに見えるから)
リツカも、困っている。首を斬る事はリツカなら可能だ。しかしどうやって首まで行けば良いのだろうか。リツカの一撃を止めた事に次いで、敵をリツカ一人に絞って行動しているのが厄介だ。
「私が、耐えてみせます」
「アリスさん、でも……」
「リッカさまが私の剣……そして私は、貴女さまの盾です……!」
アルレスィアの決意に押され、リツカは頷いてしまう。アルレスィアが戦う事を否定している訳ではない。万全でなければ負担が大きいという事を、リツカは心配している。
(杖は”領域”の核……アリスさんの負担を減らすには、すぐに終わらせないと……)
闘志を燃やし、リツカは機を待つ。最初の一回を逃さぬ為に――耐え忍ぶ。
「お師匠さン。後は任せましタ」
「納得いかん」
「ダメでス」
クロジンデをライゼルトに預けたレティシアが急ぎ戻ろうとする。先程の衝撃と黒い閃光が気になるからだ。
「赤の巫女様達は……」
「巫女っ娘が居るから、滅多な事にはならんと思うが」
「少し不安も残りますかラ、私はもう行きますヨ。”領域”がまだある以上、巫女さんは杖ありませんシ」
レティシアが船から飛び降り、”疾風”で村へと戻る。ライゼルトもレティシアも、アルレスィアの微妙な変化に気付いている。今のアルレスィアなら、少しの無茶くらいしそうだとさえ思っているようだ。
怪我だけはしないと確信しているが、リツカが悲しむのは何も、傷だけではないのだけど。
「”領域”で守ったまま戦闘か」
(村も守るとでも言ったか。敵は、でけぇな。七メートル……いや、八メートルか。ここも危ねぇな)
敵が齎すであろう被害を考えながら、ライゼルトはどうするか迷っている。
(このままここに居るのが正解か。しかし”領域”に直撃すりゃ、ここも危ねぇか)
「移動する」
「良いんですか……?」
「剣士娘……赤の巫女が守ると言ったら、何があっても守る。安心しておくと良い」
ライゼルトが船を動かす。”風”が苦手なので、いつもの様な暴走をしないのは幸いといったところだろう。しかし、移動もゆっくりだ。
「……」
「それが心配ってところか。分からんでもないが」
心を見透かすような発言に、クロジンデは驚く。リツカとアルレスィアも、カルメもそうだった。それが当てずっぽうではないのだから、尚更だ。
「成し遂げんといけんもんがある。ここでは死なん」
「ここでは……?」
クロジンデは、リツカ達をこの戦いに巻き込んでしまったと思っている。そして、自分の背中を押してくれたリツカが死ぬ事を恐れている。
「守ると口にした人間は、そいつより先に死なん努力をせんといかん。アイツは死なんよ」
ある程度離れたところで船を止め、戦場に目を向ける。無くなった片腕を押さえる様に袖を握り、ライゼルトは静かに歯噛みした。
(死ぬなよ)
死なないと思っている。しかし巫女二人はどうしようもなく――儚げなのだ。
ドラゴンの腕が振るわれ、”盾”が鈍い音を立てる。
「……っ」
何度目になるか分からない拳打。ただ腕の力だけで振るわれる拳が、アルレスィアの”盾”を軋ませている。
「……っ……!」
耐えてみせると、アルレスィアは言った。リツカが心配するのは間違いだ。今すべき事は……。
(アリスさんの盾を叩きながら……私への警戒を解かない……! 魔王が関わってるのは確実……っ)
いつでも動けるようにしているが、隙が出来ない。
(アリスさんの限界はまだ来てないけど……限界を待つなんて、嫌)
リツカが魔力を一気に練り、放出した。
「リッカ、さま……!?」
「光の炎、光の刀、白光を――」
リツカの口が、世界で二人だけの魔法を紡ぎ始める。
「ォラ……!」
ウィンツェッツは今も、腹を斬りつけている。確かに首を斬りつけた時よりも効果はある。しかし一向に、皮膚を裂けない。内臓に届く気配がない。
「チッ……俺は無視か……ゴラァッ!!」
ウィンツェッツが刀を、ドラゴンの腹に突き立てる。
「……あ?」
間断なく振るわれていた拳が止まり、ドラゴンの足が震えだした。
(――好機)
詠唱を止め、リツカはナイフを片手に二本持ち跳ぶ。ドラゴンの目に向け投げつけ、リツカは更に高く跳ぶ。
「小゛癪゛…………ッグガァ!!」
ナイフはしっかりと目標へと刺さり、ドラゴンから光を奪う。
「――シッ!!」
リツカの刀が首に吸い込まれる。しかし首を咄嗟にズラされ、半分までしか斬れなかった。
(足りない……!)
着地と同時に飛び上がり、再び傷口に斬撃を放つ。ドラゴンは腕を振り、リツカを弾こうとするが、”疾風”にてそれを回避したリツカは、ドラゴンの腕を斬り落とした。
「仕留め損ねた……!」
「一度下がります!」
リツカはウィンツェッツに合図を送り、一度下がる。
「グガガ……ゴブ……ッ」
斬り落とした腕から大量の血が流れ落ちる。首と目の方は、次第に治っているようだ。ゴホルフと同じ、回復力だろう。
「最初以降、魔法を使ってこない……」
「ゴホルフの時もそうでしたけど、黒の魔法には何か条件があるのかもしれません……」
アルレスィアが肩で息をして、汗を流す。リツカが支え、いつでも避けられるように準備している。
「魔力以外の、条件……悪意……?」
「消費型なのか、魔王から渡された分だけなのかは、分かりませんけれど……連発は出来ないようです」
魔王はその限りではないだろう。しかし、幹部級の敵であっても、黒の魔法はおいそれと使えないようだ。
「自゛ら゛の゛悪゛意゛を゛消゛費゛す゛る゛。魔゛王゛に゛補゛充゛し゛て゛も゛ら゛う゛か゛、周゛囲゛の゛悪゛意゛を゛取゛り゛込゛む゛事゛て゛し゛か゛回゛復゛は゛し゛な゛い゛」
「え……?」
リツカが戦闘中にも関わらず、気の抜けた声を出す。自分達の考察に答えが返ってくるとは、思っていなかったようだ。
「……何故、魔法を使うの。空を飛びたいと、願ったのは……?」
試しに、リツカは尋ねてみた。返って来ないならそれでも良い。片腕は落とした。それに、何故か腹を押さえ、苦悶の表情を浮かべている。次はもっと簡単に、隙を突ける。
(あのお腹……やっぱり、シーアさん……)
リツカとアルレスィアは、原因に気付いている。
(あの腹、何で食らったんだ……)
ウィンツェッツはまだ分かっていないが、簡単な事だ。
(次もサボリさんに合わせますカ)
隠れているレティシアが、ウィンツェッツの突きに合わせてドラゴンの体内を”爆発”させた。超回復力を持っていても、体内の回復は遅い。首の回復に力を使ったというのもある。
本来ならば今が攻め時だが、リツカは質問をした。魔王についての情報が、もっと得られるかもしれないと思ったからだ。そうでなくても、大虐殺の犠牲者が何故魔法を使い、ドラゴンの様な姿を取ったのか、疑問なのだ。
”巫女”として、蔑ろに出来ない。