積年⑧
「とばっちりでス。リツカお姉さんがまだ無茶していないかっていう話のついでにト、話してきたんですヨ」
「……何と、答えたのですか?」
「サボリさんはまだ無茶してると言ってましたネ。私はそこそこ改善されていると答えましタ」
戦う力が整い、幾度かの死地を乗り越えた結果、レティシアはリツカが命を大切にしていると思い始めていた。しかしレティシアがそこそこと修正したのは、ゴホルフとの戦いがあったからだ。躊躇い無く自身の腕を斬り、アルレスィアへの攻撃を回避した。この延長にあるのは、死だ。
アルレスィアの心情を慮って、誰もその事には触れない。しかし全員、リツカがまたやらないようにと注意している。リツカ本人はもう懲り懲りと思っているようだけど、その時が来ればまた、躊躇しないだろうから。
「……」
アルレスィアが、誰にも気付かれないように少しだけ肩を落としている。いつもならば”拒絶”出来ていた”傀儡”も、ライゼルトを正気に戻すために動いていたアルレスィアには出来なかった。後悔というのなら、アルレスィアはずっとしている。ただそれを、表に出さないだけだ。リツカすらも気付けない、心の奥底に秘めている。リツカと出会った日から作った、秘密の箱に。
「アリスさん、シーアさん。船に戻ろっか」
「はい。リッカさま」
リツカに話しかけられた時、落ち込んでいたアルレスィアの姿はなかった。
「リツカお姉さんから巫女さんに言って下さイ。私は被害者なんでス」
「えっと?」
クロジンデが荷物を纏め終わり、船に戻る為に家を出る。レティシアの嘆願に耳を傾けようとしたリツカだが、空に違和感を感じ上を見た。
「……?」
「リツカお姉さんが港で――」
「……っ! アリスさん!」
「私の領域を守る強き盾よ!!」
尋常ではない殺意に、リツカは瞬時にアルレスィアを呼ぶ。ウル全てを覆う”領域”が生まれた事で、レティシアも自分のやるべき事を理解した。
「行きますヨ」
「はい……?」
「急いで安全圏まで行きまス。サボリさんとお師匠さんはしばらく借りますヨ」
「うん。ライゼさんはクロジンデさんの護衛」
リツカの声は、上空から彗星の如き速さで”領域”に撃ちつけられた”火球”の轟音に掻き消されてしまう。しかしレティシアは頷き、行動を開始した。
「赤の巫女様……!?」
先程まで優しさを見せていた瞳が、刃かと見間違う程の鋭さとなっている。そのリツカが刀を抜いた事で、戦いが起こると理解したクロジンデが、心配そうな声を上げた。
「クロジンデさんは船で待っていて下さい。大丈夫です。この村も、守ってみせます」
リツカの声は再び、上空からの雄叫びとも絶叫とも判断の付かない叫び掻き消されてしまう。しかしクロジンデもまた、リツカの背中で悟った。その背中はあの日の夫と息子に似ていたから――。
クロジンデがレティシアの手に引かれ離れたのを気配で感じ取り、段取りを始める。
「レイメイさんがさっきの雄叫びでこっちに向かってるよ」
「はい。この”領域”の端は村の外、約二百メートル程行った所です」
「じゃあ、そこで戦おっか。敵は、大きいね。今まで出会った中で一番……」
まだまだ上空に居るはずだが、その姿をアルレスィアも肉眼で確認出来た。
「この悪意、どこかで……」
「……イェラ、ですね」
「じゃあ、あれって……っ」
アルレスィアが感知出来る範囲まで来ている。このままではウルを巻き込む。
「おい」
「移動しますよ。付いて来てください」
「説明くれぇ……って、いらねぇな。何だあのでけぇのは……」
ウィンツェッツも合流し、村の外れまで遠ざかる。村の破壊や、人ならば誰でも良いという訳ではない。
「私の強き想いを抱き、力に変えよ……!」
まるでその強襲者は、リツカを狙っているかのように軌道を変えた。一同に、「また魔王の?」という考えが過ぎる。しかし、アルレスィアとリツカは、その悪意がイェラで感じた物と酷似している事に気付いている。魔王という考えも視野に入れながらも、別の事に意識を割いていた。
「……魔法に反応したのかな」
「そう見えました。最初の攻撃も、私の”領域”に反応したのかもしれません」
「でもそうなると、あの”火球”は……」
二人はその悪意に覚えがある。
「想いまでは……しかし、マリスタザリアとなって私達の前に現れてしまったのです」
「うん――葬ろう」
何故魔法を使うのか、それは分からない。だけど二人は、マリスタザリアの存在を赦さない。例えそれが――過去、大虐殺によって奪われた……無辜の民達の悪意であったとしても。
戦場に着いた三人は構える。リツカとレイメイは刀を構え、アルレスィアは魔力を練り続ける。杖は、”領域”の為に置いてきている。【アン・ギルィ・トァ・マシュ】は使えないが、それ以外の魔法ならば高水準で使えるまでになっている。
その三人の前に降り立ったマリスタザリアに、リツカは視線を更に鋭くさせ、冷や汗を一つ流した。
「何だこりゃ……トカゲか……?」
「あの巨体を飛ばせる程の羽を持っています。力も強いでしょう」
「……ドラゴン」
リツカが思い浮かべるは、英雄譚には付き物のドラゴン。火を吐き、鋭い爪は鉄を裂き、鋭い眼光は敵対者の戦意を奪う。そしてその血を飲んだ者に、永遠の命を与える。こういったところだろうか。この世界にドラゴンは居ない。爬虫類のマリスタザリアである事は間違いない、が。その見た目はマリスタザリアというには……獣過ぎるのだ。
「千年以上も前からの、恨みの姿が、それなの」
リツカが小さく呟く。魔法に反応したのも、恨みの対象が魔法使いだからだ。しかしこのドラゴンは、魔法を使い、空を飛ぶ。そこにどんな想いがあるのだろう。と、リツカは呟いてしまったのだ。
「巫゛女゛」
「っ」
「……殺゛す゛」
魔法を使うのだから、話せるとは思っていた。しかしその第一声は、恨みの言葉だった。地獄の業火に喉を焼かれたような、耳に突き刺さる声音に、リツカ達は緊張感を持つ。
少しは分かり合えたと思っていた。あの時襲わなかったのは私達を少しは認めてくれたからではないのか、と。それは本当に、楽観だったとでもいうのだろうか。
(そんなはず……)
しかしリツカは、今でも信じているのだ。悪意だけの存在であった時は、少しは自分達を、認めてくれたはずだと。
「あなたの恨みを、終わらせる」
「戦いを激化させた”巫女”。その末裔として、全力で迎え撃ちます」
「あなたの存在を私達は否定しない。でも……マリスタザリアになったのなら――敵だから!」
「――来゛い゛」
ドラゴンにとってこの戦いは、あの時出来なかった戦争の続きなのだ。そして相手の旗である”巫女”が最初の敵。それはドラゴンにとって、幸か不幸か――。
リツカが”抱擁強化”にて駆ける。最初の一太刀をドラゴンは、鉄よりも硬い爪で受けた。
(爪がちょっと斬れただけ、か……)
刀にも”抱擁強化”は通っている。しかし、爪が斬れただけだ。血は一滴も流れていない。
「息゛吹゛け゛。黒゛の゛咆゛哮゛――」
「っ――」
普段ならば詠唱等そうそう許さない。しかし、この巨体だ。投げる事も出来ない。喉を刺そうにも分厚い皮膚は剣やナイフでは喉笛に届かない。斬りに行くにも、高さがある。跳ばなければいけない。隙が大きすぎる。
「リッカさま!」
「うん……っ!」
リツカがアルレスィアの横に立つ。アルレスィアは両手を前に向け、目を瞑った。
「私の想いを捧げる……守れ! 盾よ!!」
リツカを守る。その想いを受けた盾は、見事な硬度を持ち、顕れた。アルレスィアの想いが更に高まる。
「消゛し゛飛゛へ゛」
いつか見たイェルクの、黒の魔法。それを何十倍も強くした砲撃が――アルレスィアとリツカを襲った。
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