積年⑦
かといって、村人達が再びウルに通えるようになるのは、ずっと先の話です。その間クロジンデさんはやっぱり、動かないと思います。というより、カルメさんも提案してそう……?
「巫女様方にまで心配をおかけして、申し訳ございません……」
「いえ……故郷を想うのは、当然ですから」
クロジンデさんの決意は固そうです。これもまた、覚悟なのでしょう。死んでも良いとさえ考えている気がしてなりません。
このまま説得に入っても、平行線です。しかし、お互いの意見を言い合うのは必要です。
「私達はクロジンデさんに、生きていて欲しいと思っています」
これは、カルメさんが私達”巫女”に依頼したからという訳ではありません。命を投げ打って想いを遂げようとしているクロジンデさんを知ったのです。もう、他人事では居られません。死では決して、想いを紡げませんから。
「カルメ様にも、色々な提案を頂きましたけど……私はやはり、この町で二人と共に過ごしたく思います」
「外にあった写真も、この家も見せて頂いたので、その想いの強さは身に染みています。でも……だからこそ、生きなければいけません」
「二人の死が、私の所為であってもでしょうか……」
クロジンデさんが再び、過去を想起します。
「旦那と息子が亡くなった日、ここにはあの、マリスタザリアが襲ってきたのです。この村で戦えるのは二人だけでして、私達を逃がす時間を稼ぐために戦いました」
高台の上、墓地のすぐ傍に避難用の壕があるそうです。そこに逃げるまでの時間を稼ぐために……犠牲に、なった、と。
「それだト、クロジンデさんの所為という訳でハ」
「あの日私は足を怪我してしまっていました……」
つまり、逃げるのに時間がかかったという事です。そしてそれを一番知っているのは旦那さんと息子さん……。クロジンデさんが気に病むのを、私達は否定出来ません。
「村の方達は、二人のお陰で繋いだ命を無駄には出来ないと、カルメ様のお誘いを受け入れました。私も本来は、そうすべきなのですが……」
クロジンデさんは、過去を想いここに居ます。そしてそれと同等、それ以上に……囚われているのです。
「自分が死んだ方が良いとは、思っていません。ですが私は、あの二人が守ってくれた命を使い、この村を守る義務があるのです……」
使命、義務。それは決して……亡くなった二人が望んでいる物ではありません。でもクロジンデさんは、それを辞めるつもりがありません。
だからといって、私はその――――自殺行為を見過ごす事は出来ません。
「それでも、生きて下さい」
「私達は、死者の気持ちを聞けるような存在ではありません……。ですけど、はっきりと解っている事が、あります」
「巫女様、赤の巫女様……」
私達は戦士でもあります。時間稼ぎも、やりました。もちろん後ろに、絶対に守りたい人が居る状況で、です。だからこそ、解るのです。
「二人はクロジンデさんに……そんな重荷を背負わせる為に、命をかけた訳ではありません」
命を懸ける。言葉にするのは簡単で、強い想いを伝える手段と思われています。それを実践出来る人がどれ程居るというのでしょうか。
だから、そんな強い想いで守った人が命を消費している現状を、二人が望むはずがないのです。
でも勘違いしてはいけません。二人は死にたくなど無かったはずなのです。命を懸けても、死ぬつもりはなかったのです。それがまたクロジンデさんを苦しめる事になっているのですけど……クロジンデさんまで死んでしまっては、二人の死が本当に、無駄になってしまいます。
「もう一度、考え直してください。村を守る手段はあるのです。ならば、命を守る努力をする事こそ、二人に対する義務なのではないでしょうか」
クロジンデさんから見れば私達は、曾孫程の小娘です。でも、命の重さを私達も知っています。消費されて良い命なんてありません。二人が命を懸けた事の意味を、クロジンデさんも解っているはずです。
「しかし……」
「少し強めの言葉を、使います」
クロジンデさんは囚われています。そしてこの村を守る事で、二人への贖罪へとしているのでしょう。しかしそれは……。
「クロジンデさんのは贖罪ではありません。それはただの……自己満足です」
説得が説教になってしまっています。しかも相手は、私の五倍近く生きている方……お祖母さんとお母さんに見られたら、不良になったと思われそうです。でも、この自殺行為を黙認なんて、出来ません。
その自己満足……私も、通った道です。
「命を消費する事は、贖罪になりえませんし、想いを表現する事にはなりえません。命を懸けたと言えるのは、守りきれた時だけです」
村人とクロジンデさんを守りきった二人と違い、無駄死になるのです。
「クロジンデさんは死ぬ事で想いを遂げたと、自分を正当化しようとしているのです。それは……逃げです。二人の死に罪を感じているのなら、逃げないで下さい。向き合う、べきです」
こんな事、クロジンデさんは解っているはずです。でも……囚われているのです。二人の死が自分の所為であるというその一点が、自身の命を軽くしてしまっているのです。
死を恐れ逃げてくれるのなら、私はこんな事を言いません。クロジンデさんは本当に殉じてしまいます。死の恐怖よりも、喪失感と罪悪感が支配しています。ならば、逃げてはいけません。向き合うのです。喪失感は二人をそれだけ想っていたという事に他なりません。それを、自分ではなく二人の想いに目を向けて欲しいのです。
「罪を感じる事はないと、私は思っています。悲しみも後悔も、喪失感も、二人を想っているからこそです。その想いを、軽視しないで欲しいんです」
「……許してくれるでしょうか」
「クロジンデさんの中の二人は、何と言ってくれていますか」
「……」
クロジンデさんが目を閉じています。
もうずっと、クロジンデさんは自問自答していたはずです。自身の死で何かが変わる訳がないと。後は二人との思い出が、答えを出してくれるはずです。
少し照れながらも、クロジンデさんの手を握ろうとしていた旦那さんと、そんな二人をもどかしく感じながらも優しく微笑んでいた息子さんならば。そして、その三人をずっと見ていた村人の人達なら、支えになってくれるはずだと、思っています。
「カルメ様と皆に会おうと、思います」
答えをすぐに出す必要はありません。考えるための一歩として、皆に会おうと思ってくれただけ、前進です。
「私達の船で、カルメさんの国まで送ります」
「はい……ありがとうございます。赤の、巫女様」
「いえ、その……生意気を言ってしまいました。申し訳ございません」
「言わせてしまったのは、私の頑固の所為。赤の巫女様が気付かせてくださいました……」
クロジンデさんを連れ、船に向います。
向こうの世界で、私のお祖母さんは……時に私を諭し、時に叱り、時に褒める。そんな、人でした。お母さんとは別の、尊敬の念を持っています。だからでしょうか。クロジンデさんへの説教というか、説得というかは……緊張しました。
リツカの説得を聞いていた二人も、ほっと一安心している。。クロジンデの慟哭を晴らせるのはリツカだけとアルレスィアが判断し、レティシアと共に見守っていた。
「巫女さんに怒られただけはありますネ」
リツカはアルレスィアに何度も怒られているが、この問題に関係する出来事を知っているのは限られている。この、港の丘での出来事を知っている者は。
「シーアさん。その話を何処で聞いたのでしょう」
「ご想像通りでス」
「そうですか。後ほど二人共、話があります」
「私はお師匠さんが話しているのを聞かされただけでしテ、聞き出した訳でハ」
「連帯責任です」
アルレスィアと、人々の為にと、自らの愚行を後悔したリツカは命を投げ打った。その事をアルレスィアに怒られ、ライゼルトに諭されたのだ。状況は違うが、命を捨てる事は懸ける事ではないと、真にリツカが理解したのはこのときだろう。