積年⑤
「あそこまでなれとは言わんが、剣術の行き着く先はあれだ。俺が教えた事を毎日やっとけ。次来たら技を教えてやる」
「はい!」
「大変勉強になりました!」
私もまだまだ修行中の身ですけど……。
「あんさん等もそこまでだ」
「ゼェ……ゼェ……」
「ふぅ……どっちの勝ちでス」
「引き分けだな」
疲労度はレイメイさんの方が上ですけど、追い詰められていたのはシーアさんです。あのまま続いた場合を考えると、引き分けが妥当というのは分かります。ライゼさんはシーアさんの行動から、罠を用意している事に気付いていますから。
「あ? どう見ても俺の方が押してたろうが」
「勝ちきれてねぇし、魔女娘も余裕あんだろ」
「納得いかねぇ……」
レイメイさんがツカツカと歩いていきます。って、そちらは……。
「ア」
「あっ」
「油断大敵、ですね」
「あ?」
カチッと、まるでスイッチを押したような音がしました。
「ゴボッ!?」
レイメイさんが一瞬で水の玉に飲み込まれ、包まれてしまいました。もがいても外に出る事が出来ず、苦しんでいます。
「”水球”でス」
「……魔女娘の勝ちだな。こりゃ」
「ばべごるぁ!!」
もう戦いは終わっていたので、引き分けは引き分けです。ただ……シーアさんが罠を解除する前に引っかかってしまったのは、運が無さ過ぎと言いますか……。
「とりあえず、解いて上げて?」
「はイ」
レイメイさんが漸く解放されました。突然の事だったので息が続いていませんでした。水で包むのは効果的ですね。詠唱出来ませんから、マクゼルトの様に拳圧で吹き飛ばしたり、魔王のように無詠唱でもなければ抜け出すのは困難極まります。
ゴホルフがシーアさんを警戒していたのは、こういった魔法があるからです。体がいくら硬くても、窒息や内からの攻撃には脆いのですから。
「少し打ち身がありますね。治療しましょう」
「ありがとうございまス」
「修行とはいえ、容赦ないのですね……」
シーアさんに傷がついています。修行なのです。確かにこれは、仕方のない事。シーアさんも特に気にした様子はありません。
「……」
「……何だ。赤ぇの」
「いいえ。何も」
(そんだけ睨めば言いたいことくらい分かるってんだよ……)
模擬戦なら傷くらいつきます。ただ、ゴホルフ戦を思い出してた所為か、少しだけ複雑な心境が視線に出てしまいました。私だって、シーアさんとレイメイさんの模擬戦を提案したではありませんか。自己中心的な考えでレイメイさんを睨むのはお門違いですね……。頭を振って、考えを押し出します。
「そろそろ出発します」
「爺さんは良いんか」
「先程カルメさんと行ってきました。お見送りに来るそうなので、急いで船まで戻りますよ」
十分後と伝えていましたけど、すでに二十分すぎてます。待たせてしまってますよ。
案の定というか、ケヴぃンさんと子供達は既に居ました。男の子達は私達と一緒に来ていますけど、女の子達は寒い中待たせてしまいました。申し訳ないです。
「申し訳ございません。遅れました」
「いえいえ。お気になさらずに」
手早く運搬を済ませ、見送りを受けます。
「名残惜しいですが、皆さんの勝利を願っています」
「カルメさんも、気をつけて下さい」
「ディモヌは一筋縄ではいきません。場合によっては内戦もありえます」
「はい。心得ています」
カルメさんに丸投げにならないように、私達も全力を尽くします。
デぃモヌの傭兵は、その殆どがカルメさん側に就いています。なので戦争となっても内側から瓦解するでしょう。しかし……戦争が起こるという事が既に問題です。その結果に待つのは降伏と服従です。人の心を溶かすことは出来ず、デぃモヌから切り離すという計画を遂げる事が出来ません。理解させる事。その果てに協力の道があるのなら……それが一番なのです。
連合も、話し合いのテーブルに座って欲しいと、思っています。
「共和国の方は私が何とかしまス」
「姉様を、よろしくお願いします」
「もちろんでス」
セルブロさんが今共和国に向っています。二日欲しいと言っていましたけど、あの方であれば明日には帰ってくるのでは? と思ってしまいます。ただ、明日であっても私達に情報が回ってくるかは微妙なところです。
カルラさんは戦争の事に気付いているはずなのに、私達には何も伝えませんでした。隠れて情報をやり取りしていたとはいえ、カルラさんだったら可能だったでしょう。何故隠したのかと考えると、私達が”お役目”に集中出来るようにという配慮です。
きっとカルメさんも、そうします。シーアさんが共和国に行けるのは”お役目”後ですけど、それまではこちらに他の事を考えさせないようにすると思われます。だったら私達は、”お役目”を完遂するために動きます。
まずは”巫女”の威信にかけて、クロジンデさんを連れてきます。
「共和国が、どうかしましたか……?」
「少々問題ガ。いつも通りの延長とだけ言って起きまス」
「いよいよ、という事ですか」
「ですネ。もう次はありませン」
ケヴぃンさんも共和国が気になっているようです。すでにエルさんが軟禁されて居る事は知っています。それにも増して、嘆息している私達の気配を感じ取ったのかもしれません。
「次といえバ、次は招待を受けてくださいネ」
「それは……はい。次は、必ずや」
「そんなに畏まらなくて良いんですヨ」
「そうなのでしょうが……」
「中央区のパン屋さんなんテ、お姉ちゃんの事おてんばって呼んでますヨ」
「お、おてんば……?」
共和国の思い出話、でしょうか。中央区というのが多分、共和国の首都ですね。エルさんは幼き頃から国民達との距離を近く保っていたと聞いています。その話だと思います。
「クロジンデさんをよろしくお願いします」
「はい。説得に成功したら、ここまでお送りします」
「こちらが私の伝言紙です」
説得だけで終わっては、意味がありません。少しでも早く安全圏に行ってもらう為に、私達で連れ帰ります。
「それでは、行ってまいります」
「またいつか、お会いしましょう」
ケヴぃンさんと子供達に一礼します。良き出会いであったと思います。ただの孤児院経営者ではありません。子供を真に想い、行動出来る方です。
多くの人が心を痛め、妥協しながら生きています。しかし、固い決意と強い意志は、妥協をものともしないのかもしれません。私にはそれが足りていないと、ケヴぃンさんやカルメさんを見て思いました。
妥協だらけの旅でしたけど、最後に妥協はありません。固く、強く、想います。
「後ほどお会いしましょう」
「はい。必ずや」
カルメさんとは後ほど会えます。報告までが任務ですから。
船に乗り込み西へ向います。少し進めば見えてくるという話だったので、下船準備は早めに整えておきましょう。
「降りる前に健康診断です。レイメイさんの横に一列に並んでください」
運転しているレイメイさんの横に、私達は並びます。私はちゃんと言いつけを守っていたので、大丈夫です。血液はそんな簡単には増えませんけど、問題ない程度までには回復しているのは確かですから。
「リッカさまは順調です。シーアさんは問題ありません。ライゼさんは少し休息を。レイメイさんも今日は運転だけです」
納得の結果です。怪我人とは思えない程元気なライゼさんと、怪我人である事を忘れているようなレイメイさんは安静です。
「俺は問題ねぇんだがな」
「自覚の無い怪我人って、皆そう言いますよね」
(何言ってんだ。この赤ぇのは)
(ツッコミ待ち、という訳でもなさそうですネ)
「そうですね。皆さん自覚して下さい」
アリスさんが私を見て言います。あれ? そこはライゼさんとレイメイさんなんじゃ……。
「あんさん。今までどんな無茶してきたんだ」
「え?」
「巫女っ娘に心配かけんなよ」
「はい」
(自覚無しというよりは、自覚したくねぇって感じなんだろうがな)
アリスさんに心配ばかりかけているのは、私にとって一番の問題です。これを解決する方法……一つだけ、ですよね。
「見えてきたので、話はここまでという事で」
ウル。クロジンデさんが居る、今は無き村です。悪意はありません。そして気配はしっかりとあります。今は、高台に居るようですね。
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