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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
51日目、果て無き想いなのです
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積年④



 孤児院には、ペルティエ家の紋章と共にフラン爺孤児院という文字が書かれているらしい看板がかかっています。


「何れは北部全ての町を国に参入させる計画なのですが、孤児はどうしても出てしまいます。キールの問題もありますので」

「そう、ですね……」

「あの町の問題は根深いです……」


 戦争孤児ともいえる、両親の死による孤児ではありません。親が子を捨てる。そんな地獄がキールでは、罷り通っています。自分の息子や娘を売る事で、金銭的余裕を得ようとする大人達。その大人達を見て日々を過ごす子供達……。


「金銭的余裕を与えれば終わり、とはならないと思います」


 これが、直接見て感じた……感想です。


「買手側をどうにかするのが一番とは思っていますけれど」

「はい。今、組織の追跡をしておりますので」


 やはり、組織的な犯罪でした。子供の人身売買。都合の良いように育て、望む人へ売っていると思われる、悪の所業です。個人でやるには労力をかけすぎています。


「エッボという、裏を仕切っていた元貴族が居たんですけど、違いますかね」

「その方の組織ではありませんでした。傘下ではあったようですが、今は潜んでいるようです」


 エッボが居なくなった事で、行動方針を決めあぐねているのかもしれません。暴走する可能性が無きにしも非ずです……。エッボの存在を許容することは出来ませんけど、傘下達の所在と処遇は急務なのかもしれません。


「村や町に所属している訳ではありません。隠れ家をどこかに用意して、そこで洗脳等の悪事を行っていたと思われます」


 この洗脳は、魔法ではありません。幼き頃より悪事への抵抗感を取り除く為に教育していく事です。都合の良い悪人へと……。想像の域を出なかった、キールの子供達の将来。それが、現実味を帯びてきました。


「私達の進む先に、その隠れ家というのがあったりしますか……?」

「いいえ。追跡を恐れているのか、いくつもの偽装を繰り返しながら潜伏しています。本拠地を中々掴ませてはくれません。しかし、それも後少しです。本拠地のあると思われる場所は、王国と連合の国境です。そこには渓谷があり、そこにあると推測しております」


 私達が行ける場所ではなさそうです。キールに一度関わった者として、行ける様なら私達もと思ったのですけど……お任せするしかないようです。


「ケヴィン老とも協力して、子供達の保護に努めていきたいと考えています。もちろんキールだけでなく、他の町もです」


 ケヴぃンさんがここに居るのは、幸運ですね。長いキャリアを持つその育児経験と技能は、必ずや手助けとなってくれるはずです。


「子供は国の宝、ですからね」

「国の幸福度を量るには、子供と老人を見れば良いと言いますね」

「はい。子供が元気に、老人が健やかに過ごせる国こそが理想と言われています」


 王都やこの国は、理想的な街のモデルとなっています。後はこれを、世界に広げていくだけです。それが難しいから、カルメさん達権力者は苦労をしているのですけど……コルメンスさん、エルさん、カルラさんカルメさん。この国も、共和国も皇国も、未来は明るいです。


 門から家まで、少し遠かったですね。広い庭は、孤児院の子達以外の遊び場にもなりそうです。


「ごめんください」


 中からは気配がしています。全員起きているみたいですね。


「はい、只今――カルメ様に、巫女様方……?」

「様子を見に来ました」

「私達は、今日出発するので挨拶に」

「おお……わざわざ、ありがとうございます。本来ならば昨日の間にご挨拶に向うべきだったのでしょうが……」

「引越し初日は忙しいものです。気にしなくても良いので」


 子供達が私達を見つけ、挨拶をしてくれます。ただ、まだ私達が話していると気付いたのか、挨拶の後はじっと待っています。


「不備等はありませんでしたか?」

「要望通りの出来になっております」

「足りない物などがありましたら、後ほど城の方までお願いします」

「ありがとうございます」


 子供の事を第一に考えた造りとはどういうものでしょう。水回りの充実とかでしょうか。食堂や食料庫も必要ですね。後は防犯設備に……って、どれも孤児院に限った話ではありませんね。


「昨日の兄ちゃん達は何処に居るの?」

「広場で、兵士さん達と修行中だよ」

「行ってもいい?」

「危ないから、遠くから見るだけね?」

「うん!」


 平和で安全な場所だからこそ、子供達だけで歩く事も許されます。男の子達は全員、ライゼさん達の方に行きました。昨日は私達の方に残ってくれていた子達も、修行を見た子達から話を聞いて気になっていたようで、楽しみといった表情で駆けて行きました。


「カルメ様、ありがとうございます!」


 女の子達はカルメさんへお礼を言っています。お姫様に憧れを持っているようです。思えば私達にもお姫様かどうかを聞いていました。皇国という、普段は絶対に見ることが出来ない国の皇姫。その中でも時期皇を目指せる実力者です。憧れのお姫様として、一番の姿ではないでしょうか。


「巫女様達とお友達になったんですか?」

「はい。姉様との縁もあったので」

「もう少し時間があれば、皆でお茶でも良かったんだけど」

「残念ながら、すぐにでも出発しなければいけません」


 昨夜のように、政治とか関係のない世間話だけのお茶会をもっと楽しみたいと思っています。でもそれは、終わった後の楽しみにとっておきましょう。凱旋までは、絶対に私も居るのです。その時はきっと、カルラさんもエルさんも居ます。パーティでも良いですし、ね。エリスさん達も当然居るので……シーアさんから色々と情報が漏れてしまいそうですけど。


「もう行っちゃうんですか……?」

「またいつか、きっと会えるよ」


 まだまだ話したい事があったのか、女の子達が落ち込んでいます。ただ私達は、ただの旅人という訳ではありません。かなりの有名人です。会おうと思って会えるものでもありませんけど、手段がないわけではないのです。


 孤児院を後にして、少しだけ商店街で買い物をしてから城に戻りました。食材は余っていますけど、ライゼさんも流動食である必要はなくなったのです。少し多く見積もります。


 城に戻ると、修行はちょっとした見学会場となっていました。シーアさんとレイメイさんの模擬戦は白熱しています。少し服が凍っているレイメイさんと、被っていたはずのフードが脱げ、汗を流しているシーアさん。どうやらやっと、レイメイさんが本領を発揮したようです。


 戦いは完全に五分。状況から考えると、シーアさんが少し不利ですね。近づかれた時の対処を練習しているシーアさんは、あえて近づかせている節があります。レイメイさんは多彩な魔法に苦戦していますけど、詠唱を止めるように心がけているようで優勢です。


(あそこに誘導出来れば、逆転しそう)

(レイメイさんの動きが良いですね。シーアさんでも苦戦しています。もしかしたら、ライゼさんの制止の方が早いかもしれません)

(そうなったら、レイメイさんの勝ちかな)


 まだ戦っているので、ヒントを与えるような事は出来ません。しかし、シーアさんの用意した罠にかかるかどうか。それがこの模擬戦の鍵です。


「足が遅れとるぞ。腕だけじゃ斬れん」

「こ……こうでしょうか!」

「さっきよりは良くなっとる。が、次は肘が曲がっとる」

「はい!」


 ライゼさんの方も加熱していますね。真剣に取り組む兵士さん達の眩しい事。肉体的強さは精神力を高めます。精神力は想いへと繋がり、魔法も強くなるはずです。ライゼさんやレイメイさんの様に戦えるようになるのはまだまだ先でしょう。しかし、決して無駄にはなりません。ここがレイメイ流の始まり。


「よし。最後に剣士娘の絶技を見せてやろう」

「え」

「おい。これを居合いで斬れ」

「私、アリスさんから安静って言われてるんですよ」

「せっかくですし、一度だけであれば」


 体を少し動かしたいと思ってはいました。一度だけとはいえ、目標は鉄製の鎧。体の調子を確かめるには丁度良いかもしれません。


「リツカ姉様のお手本ですか。楽しみです」

「お手本になるかは、分かりませんけど……」


 刀を一度抜き、感触を確かめます。


 ”抱擁強化”で活歩を行い、鎧の前へ。私の居合いは後の先ではありません。相手の攻撃が分かる私だからこその、先の先。


「――シッ!!」


 光が走ったかと錯覚するほどの鞘走りにて、刀を抜き放ちます。剣先は音速を超え、鎧に吸い込まれて――袈裟から脇腹までを一刀の下、両断しました。


「……?」

「斬った?」

(見えませんでした。お手本になるか分からないというのは、こういう事なのですね)


 会心の出来でした。鞘に刀を納め、鎧を指先で押します。ズズっと斜めにズレていき、鎧が盛大な音を立てながら地面へと落ちていきました。


「魔法……!?」

「あの剣で斬ってたぞ……?」


 戦いが始まってしまえば、納刀なんてしません。刀を鞘に納めるのは敵を倒した後です。居合いを使える場所なんて、殆どありません。


「あんさんとはもう戦いたくねぇ」

「まともに勝てた事ないので、最後は私に勝ちを下さい」

「そういや負けず嫌いだったな…………勝ち逃げさせてもらう」


 大人ってズルいです。


 

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