積年
A,C, 27/04/15
疲れの所為で遅刻するかと心配だったのですけど、何とか起きれました。ただライゼさんとレイメイさんはもう、外で体を動かしているようですね。二日酔いにはならなかった、のでしょうか。あんなにベロンベロンだったのに……。
「おはようございます。リッカさま」
「おはよう。アリスさん」
私の腕を枕にして、私を微笑み見ているアリスさんの後ろから、陽光が差し込んでいます。銀糸の髪がキラキラと煌き、アリスさんの匂いが香り立つようです。
(このまま抱き締めて、ごろごろしてたいけど)
カルメさんとの約束がありますし、まずはライゼさん達の様子を見に行かないと。怪我人二人ですし、酔いが残った状態でやっても効率悪いでしょうから。
「リッカ、さまっ」
「うん?」
アリスさんが目を閉じ、じっとしています。綺麗な睫毛で、頬がほんのり赤くて、唇は潤いがあって……。わ、私は今……どうすれば、良いのでしょう。アリスさんが何かを待っているのは分かるのですけど……。んんん……?
「ぇ、えい……?」
この状況で私が出来る事……。アリスさんを抱き締める? とにかく私は、腕枕しているアリスさんを胸に抱き締めました。心音は思いっきり聞かれますけど……直接伝える事が出来ない私の気持ちを……アリスさんに、聞かせたい……です。
(これは、これで……)
間違いではなかったようです、けど……大変です。起きたくないって、思ってしまいます。
そして私は知っています。こういう時、神さまの悪戯なのかは分かりませんけど……。
「リツカお姉さン」
「リツカ姉様」
「巫女さン」
「アルレスィア姉様」
中断しなければいけなく、なるのです。
「朝ですヨ」
「ライゼさんとウィンツェッツさんは既に広場に居ますので」
呼びに来て貰った以上、今日を開始しましょう。
広場というのはどうやら、城の外に併設された兵士の訓練場のようです。体力作りと筋力アップがメインみたいですね。皇国式なのか、盾や鎧なんかも使っているようです。連合を見据えれば、近接戦闘も出来た方が良いですもんね。戦争になったら、連合の一人の強者に壊滅させられる危険性すらあります。
「来たか」
アリスさんの診察はまだなのに、ライゼさんはやる気に満ち溢れています。レイメイさんは少し怠そうですけど。
「ライゼさんは二日酔いにならないんですね」
「度が強ぇからちっとばかし深酔いしとったが、俺は持ち越さんぞ」
「まァ、例の如くサボリさんはやらかしたみたいですけド」
「問題ねぇ。薬も貰ったなしな」
レイメイさんはお酒好きなんでしょうけど、強くはないんですね。今回は薬のお陰で二日酔いにまではならなかったのでしょうか。漢方ってそんな、劇的な効能がありました、っけ? 皇国の特別製なのかもしれません。
「お酒の問題がないのは分かりました。診察しますからこちらに来てください」
何にしても、今回は大丈夫だったようです。後は体の調子ですけど、自衛出来る位の回復をしていて欲しいです。ケルセルガルドで私は、アリスさんとシーアさんを守るので精一杯なので。
「ライゼさんの方は不安が残りますけど、どうしますか」
「一時間ばかし動く。近距離戦闘出来る奴は多い方が良いからな」
「腹痛かお腹に熱を感じたら止めて下さい。傷が開いた可能性がありますから」
「了解だ」
そんなギリギリの状態でアリスさんが許可するはずがないので、ライゼさんが無茶をしないように言ったのかもしれません。お腹の傷が深刻なのは、本当の話ですけど……命に関わるような状態からは脱しています。
「俺は良いんだな」
「レイメイさんも、違和感を感じたら止めて下さい。ただ、すぐさま深刻な状態になる事はありません。今後を考えての制止である事を理解していただきます」
「ああ……」
膝の怪我に限らず、怪我は一生物になりえます。違和感は完全に、体から発せられた警告です。これを軽視するととんでもない事態に陥ります。
ライゼさんも、これは同様です。体の中すらもツギハギのような状態なのです。慎重な調整を願います。
「シーアさんはもう問題ありません」
「はイ。お師匠さン、私も入りますヨ」
「好し。そんじゃ先ずは、俺と魔女娘対ツェッツでやるぞ」
深い傷はなかったとはいえ、シーアさんも大丈夫そうで良かったです。見たところ目だった傷もありません。
「リッカさまは、もう少し安静です」
「え」
「傷や魔力に問題はありませんけど、血がやはり足りていません」
ライゼさんも足りていないと思うのです……。
「ライゼさんは……敵に捕らえられ、訓練の相手にされていたという事を抜きにしても……何故あんなにも元気なのか、私にも正直……」
「あんさん等とは体の頑丈さが違ぇんだ」
そこはやはり、体の大きさでしょうか。私の体格とライゼさんでは、抜けても良い血の量にも差があります。私は本当に、ギリギリだったという事でしょうか。
「カルメさんとの料理教室は大丈夫ですけど、魔力を練るだけにしてくださいね」
「うん。一応、そのつもりだったから」
本当は少し体を動かそうと思ったのですけど、安静ならば仕方ありません。朝食も鉄分を取れるものにしましょう。朝食を食べたくらいで何が変わるかといわれると……気分ですね。アリスさんのスープで元気たっぷりです。
「出発前に病院へ寄りたいのですけれど、よろしいでしょうか」
「はい。後ほどわらわが案内しましょう。セルブロはもう出立したので」
「カルメさんも忙しいのに……ありがとうございます」
医薬品の補充をしなければいけません。それに、皇国の特別製漢方はかなり良さそうです。少量購入させていただけたら嬉しいです。
「それでは食堂に」
「剣士娘、親父の事だが」
そういえば、今日教えるという話でした。お酒を飲んで記憶が飛んだ私とは大違いですね……。
「マクゼルトの間合い、狭いように見えて広いですよね」
「ああ。あの拳圧は厄介だぞ」
「それを相殺する術をレイメイさんには授けてますので、後で聞いておいてください。それに追加してとなると、マクゼルトの肘より内側で戦うのが良いと思います」
自分の肘から胸にかけてを示します。
「そこも対応しとったぞ」
「外側と比較した場合、内側の方が練度が低いです。拳圧にかまけていたのでしょう。実際その間合いで戦える人は今まで居なかったでしょうから」
攻撃のバリエーションは多かったです。アッパーにフックもありました。そのどれもが言葉通りの殺人パンチ。しかし、間合いを詰めた後はぎこちなかったのです。私があの長い刀を選んだのは間合いを離したいから。それはマクゼルトにとっては良い的であった事でしょう。でも、近くで戦えないと言った覚えはありません。むしろ近場の方が得意です。
その距離で戦った結果。マクゼルトの隙が見えました。明らかに慣れていません。その距離でも、格闘技をやっている人ならば戦えるでしょう。しかしこの世界の体術はまだまだ発展途上です。今のマクゼルトならば、まだ対応出来ません。
「腕も人よりずっと長いですから、拳圧さえ相殺出来れば隙も多いかと」
ライゼさんとマクゼルトを比較しても、私とライゼさんくらいの身長差があります。私とマクゼルトだと、大人と幼子です。拳圧という厄介な物さえなんとかなれば、勝機はそこにあります。
「その距離で戦えるかどうかってとこか」
「レイメイさんもかなり見えるようになっています。近くでの戦闘法を教えて上げて下さい」
「ああ。体も鍛え直したみてぇだからな。何とかなんだろ」
(癪だが、赤ぇのの言う通りに筋トレってのをやったら、体のブレがなくなったからな)
元々重たい剣を振り回せる筋力がレイメイさんにはありました。ただ体幹が少し心許なかったのです。言いつけ通りに、暇があればやってくれていました。見違えるほどという訳ではありませんけど、どこか背中が広くなったように感じます。ライゼさんと並べば、結構な威圧感です。
「私はどうすれば良いですかネ」
「近づいて来たツェッツから逃げ切れ。ツェッツは近づく訓練からだ。俺は感覚を取り戻す為に強めに攻撃する」
こちらは大丈夫そうですね。レイメイさんの成長を少しでも実感していただければ良いな、と思うのです。操られていたとはいえ、ライゼさんを捕まえたのはマグレではありませんから。