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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
50日目、お爺さんなのです
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名のない国⑫



「はぁ……全く……」

「カルメさんのご厚意をふいしてしまった気分、ですね」

「うん……」


 お風呂は部屋毎にあるみたいです。私達も案内されたお部屋のお風呂に入るとします。ライゼさんとレイメイさんは……まぁ、大丈夫でしょう。頑丈さは折り紙つきです。


 それに私は今、ライゼさん達に気を配る余裕なんてないです。


「……」


 昨夜は眠気眼のまま、アリスさんに入れてもらいました。でも今は意識がはっきりしていて、朝の……アリスさんとの出来事が脳裏に過ぎって……。


「ぅ」

「リッカ、さま?」

「ひゃぅぅ……」


 頬が熱を持っているか確認するために、両頬を両手で挟みます。すっごく……熱いです。今までもドキドキしていましたけど、今回のは比ではありません。恥ずかしくても、ドキドキしていても、アリスさんから視線を逸らすなんて極力しなかった私が……。


(ま、全く見れない……)


 いつまでも見詰め合いたいと思ってるのに……体は視線を向けることを拒否しています。見ちゃったら、気絶しちゃうんじゃないかってくらい……視界が遠くなっていきます。


「……」

「ひぅっ!?」

「そのままで……」

(私も、正直……今見てしまったら……)


 アリスさんが私を、後ろから抱き締めました。これもまた、いつもしてくれていた事なのに……背中で感じるアリスさんが遠く感じます。近いのに遠いのは……何故でしょう。正面から抱き合ったら違うのでしょうか……。でも見れません……。


 アリスさんが背に抱きついたまま、浴室に入りました。お互い視線を合わせないまま体を洗い合い……再び背に抱きついたアリスさんが私を浴槽へと誘導していきます。


 寝ている時以外でこんなにも視線が合わなかったのは、初めてかもしれません。


「……」

「……」


 アリスさんを背に感じたまま、静かな時が流れます。ぎこちない。そう、この空気は凄く……ぎこちないです。初めて一緒に入った時も、ここまでぎこちなさはありませんでした。


(これが……自覚するって事……?)


 椿の時とは違う……。これが本当の……好き?


「リッカさま……」

「ん……」

「どう、ですか……?」


 曖昧な、質問です。でも私には、伝わっています。だけど私も……。


「苦しいけど……こんなに、心地良い苦しさは……初めて、かも」


 曖昧に、答えます。


「明日は……目を合わせて、入りたいです」

「うん…………頑張、るっ」


 きゅっと抱き締められ、私の首に……アリスさんの顔、その唇が……触れた気がしました。

 



 夜十二時を回った頃だろうか。警備の者以外は寝静まっているはずの城の十五階に、足音が聞こえる。


 身長約百五十三センチ程の人影が静かに、足音を立てずに一つの部屋を目指している。シルエットしか見えないはずだが、雅な、高貴な者だと一目で分かるのだ。


「……」

(ここに来る気はなかったのですが)


 カルメは一人、部屋を目指す。


「――」


 一つの部屋の前に立ち止まり、ドアノブに手を伸ばす。躊躇いながらも、自分の気持ちには逆らえない。そんな手の動きだ。


「っ」

「カルメさん?」


 もう少しで手が触れそうといった所で、扉が開いた。中から出て来たのは――リツカだ。チラリと見えた部屋の中では、アルレスィアがこちらに背を向け寝ている。


「少し、様子を見に来ました」

「カルメさんも疲れているでしょうに……本当は寝ていた方が安心出来たのでしょうけど……私はその、気配に敏感で」

「そう、でしたか。申し訳ございません。起こしてしまいましたか?」

「いえいえ。まだ眠る前だったので大丈夫ですよ」


 カルメが部屋の前に立つ前から、リツカは気配を感じ取り探っていた。カルメと分かったから、出てきたのだ。巫女一行とカルメ以外だったなら、自ら出向く事はなかっただろう。相手の行動を待ったはずだ。


(何故リツカさんは、私と普通に話が出来るのでしょう。姉様とも、そうです。今アルレスィアさんも眠っているようですし……)


 アルレスィアが眠っていると、”拒絶”は出来ない。カルメの魔法がリツカを襲うのは容易な事だ。


「心配じゃないのですか? わらわは”蠱惑”を持っているのですよ」


 疑問のままに、カルメは尋ねる。リツカからすれば、その疑問一つでカルメの答えになっていると思っている。しかし、しっかりと言葉で伝える。


「カルメさんは、匿って欲しいという理由があったとしても、王国の為に力を奮ってくれてます」

「それは……贖罪と打算……」

 

 リツカは首を横に振る。

 

「私は……北部で”巫女”を名乗れず、問題の解決も出来ない事が悔しかったんです」


 ディモヌの詐欺、ミュルハデアルとミュスの姉弟喧嘩。もっと遡れば、キール、エセファ、トゥリア。北に進めば進むほど、リツカの気持ちは逸っていた。


「そんな時、カルメさんを知ったんです。どんな打算でも、カルメさんの行動と想いには情があります。”蠱惑”を無意味にかける人ではないと、私は感じました。私はあなたを信頼しています」


 自分の代わりに北部を任せた――いや、リツカはそんな事を思っていない。カルメはそう感じた。誰でも良いから人々を救って欲しい。その純粋な、人を想う心。それを果たしてくれるカルメを、リツカは人として尊敬し、信頼している。


 リツカは英雄ではない。勇者でもない。でもリツカを知る人々は、そう思っている事だろう。しかしカルメは、英雄とは違うと感じた。リツカの生き方はまさに、”巫女”だ。世界の全てを愛しているというアルツィアの想いの体現者。


 違いがあるとすれば、リツカもアルレスィアも、人らしい感情を持ち合わせているという事だろう。好き嫌いもあるし、信頼出来るかどうかは会話してからでないと決められない。二人共特別ともいえる感性によって人を深く見る事が出来る為、根っからの悪人に厳しいところもある。


(ああ、この人は……真っ直ぐで、眩しいですね……。純朴過ぎるのが心配ですが)


 ”蠱惑”という魔法ゆえに、古くから知る者達以外には疑われ続けた。だから普段は隠す。信頼出来そうな者には”蠱惑”を伝えるが、いつも不安で、避けられても仕方ないと思って話す。なのにリツカは、真っ直ぐにカルメを見てくれる。


 ”蠱惑”で人を操る事が出来る。その一点だけで、人から疑われる。もしかして自分は今まさに操られているのではないのか? と。


 カルラもカルメも、”蠱惑”なしで人の心を掴めるだけの魅力がある。知性も、想いも本物だ。ただ”蠱惑”という特級魔法を持っただけなのに、それすらも疑われる。


 いつしかカルメは、壁を作った。敬語で話し、人前には極力出ない。それが酷くなったのが、エンリケが戦争で領民を無為に殺してしまった時だ。カルメは軽く話したが、エンリケが戦争に送った者達は、カルメの”蠱惑”を気にせずに接してくれていた者達だった。


 いつしか、姉とセルブロにだけしか、本音を話せなくなっていた。でもリツカは、そんなカルメの心を溶かしていた。


「リツカ姉様は、姉様に告白されませんでしたか?」

「え。確かに、妻になって欲しいと言われましたけど……」

(今私にも、姉様ってついたような?)

「やっぱり」

(アルレスィアさんが居るし、断ったんでしょうね。わらわも少し、靡いてしまっています。姉様以外に、こんな気持ちを持つなんて)


 リツカがパチパチと瞬きをする。何でそれが分かったのかな? とか、姉様に呼び方が変わったなぁとか思いながら。


「お気に入りって意味でしたよね」

「え?」


 そのまま呆けているのもと、リツカはその時を思い出しながら微笑む。


「カルラさんの妻になって欲しいって言葉は、お気に入りの最上級ですよね。カルラさんの一番にはなれないと断っちゃいましたけど、カルラさんも大切な友人です」


 リツカは今も勘違いしたままだ。低年齢や女の子同士という状況から、本当に妻になって欲しいと受け取る事がリツカには出来なかった。


(勘違いしちゃってるんですかね。姉様にそんな口癖はありません。何というか……可愛らしい方ですね。鋭く、深く、人を見る事が出来るのに、どこか鈍感さん。今の瞳の色も素敵)


 カルメもまた、どこか抜けたリツカが気に入ったようだ。完璧な姉カルラがお茶目な部分を持つような、そんな姿にカルメはリツカとカルラを重ねている。


「リツカ姉様。姉様は――」

「リッカさま。部屋に入って貰った方がよろしいのではないでしょうか。城内とはいえ、冷えますよ」

「そうだね。シーアさんも呼んでみる?」

(あの様子ではどうやら、リツカ姉様が布団から出た時点で起きていたようですね)

 

 実は最初から起きていたアルレスィアが、リツカとカルメに声をかける。そのタイミングの良さに、カルメは少し困惑を見せていた。


「いえ、わらわは」

「カルメさん、お茶でもどうですか?」

(それ以上言わせません。リッカさまに想いを告げて良いのは――私だけです)


 カルラの言葉、その真意をリツカが知っても問題ない。アルレスィアには確信がある。しかし、それとこれは別の問題だ。何れリツカは自身で気付く。でもそれよりも先に、何よりも先に、と……アルレスィアは待ち望んでいるんだ。


(お二人の瞳を見る事が出来ます。少しくらいなら、大丈夫ですね。余計な事を言うとアルレスィア様に怒られてしまいそうですけど)

「リッカさまは」


 リツカが部屋に備え付けられたお茶を準備している。その隙にアルレスィアはカルメに声をかけた。


「私がもし本当に眠っていたとしても、カルメさんと普通に話しましたよ」

「――そう、ですか。危機感のない方、ですね」

「カルメさんでなければ、私もそう思っていたところです」


 たった一言。その一言にどれ程のリツカへの想いが篭っていたのか。アルレスィアの瞳を見たカルメにしか読み取れなかった。それと同時にカルメへの信頼も見て取れた。


「お言葉に甘えさせていただきます。アルレスィア姉様」

「はい。でも――リッカさまの瞳も、私だけの特別ですよ?」

「ふふふ……はい。諦めますので。わらわは一途で居ましょう」


 カルラに先手を取られてしまった時の後悔からだろうか。アルレスィアは言葉に出してカルメに釘を刺す。それは微笑ましい程度の嫉妬だったのだろう。カルメはくすくすと笑みを浮かべている。


(健気なアルレスィア姉様。安心してください。リツカ姉様は取ったりしませんよ。きっと姉様もそうやって伝えたはずです。でもお三方は、わらわの姉候補。 想いが実りそうなのはシーア姉様だけみたいですけど。ふふふ……楽しみですね。姉様)


「何か背筋に冷たい物が走ったのですけド」

「気のせいですよ。シーアさん」

「ええ。でもいつか、ゆっくりじっくり話す事になります。シーア姉様」

「気のせいじゃないっぽいんですけド……」

「アリスさんアリスさん。これって何のお茶かな?」

「それは――」


 少し遅い少女達のお茶会。本来は明日からの為に睡眠を取るべきなのだろう。しかし少しくらいは、女の子らしい娯楽に興じるのも、悪くはない。



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