名のない国⑧
「わらわが何故そこまで巫女様を信じるのか。より疑問が深まったと思いますので。わらわの話を少々」
カルメさんからは、強い信頼を感じています。今日初めて出会いましたし、ノイスからここまで、巫女らしい事はしていません……。なのに”巫女”としてここまで信頼してくれています。
「家出をして、最初に着いたのはこの国があった元の町、ハレです。飛行船で来たのですけど、それはもうマリスタザリアに壊されてしまいました」
「怪我は、ありませんでしたか?」
「人的被害はありません。船の資材も少しは役に立ちましたので」
カルラさんの時にも思いましたけれど、庶民的……というのは失礼ですね。でもそう思ってしまいます。好感は持っていますけど、どうしてという疑問はあります。
「わらわ達の領地は、裕福とはいえません。特に深い山岳部にありますので、流通も農地もそこそこです」
また顔に出ていたのでしょうか。申し訳ないと、肩が縮こまってしまいます。
(皇姫にしては資材の事を気にしたりと庶民的。そう思われても仕方ないと思ったので説明をしましたが……リツカさんとシーア姉様は分かりやすいですね。可愛らしい……姉様とアルレスィアさんが恋するのも分かります)
「皇国は、山が多いという話でしたね」
「はい。その為の飛行船ですが、皇女へ会いに行く時は歩きか船なのです」
「それは、何故でしょう……?」
「防犯の為です。昔飛行船を使って、皇に対し突撃を行った者が居たので」
突撃した人は不満があった、という訳ではなさそうです。もしかして、皇を倒して自分がとか思ったのでしょうか……。その所為で後の皇候補達が苦労していると思うと、やりきれません。
「カルメさん達であっても、警戒されているという事ですか……」
「わらわ達の代でやっと序列一桁になれたしがない皇家ですので。何人も皇を輩出していたり、序列一桁常連となるとまた違うのですが……」
名門と呼ばれる家でもない限りは、住み辛く、移動もままならない場所に領地を当てられているそうです。更には皇との面談に行く事すら、苦労が絶えないと……。いくらカルラさんとカルメさんが優秀で、民を思う優しき皇姫であっても、特例にはなりえないのですね……。
「ただ、皇女からは支援をいただいておりますので、今は土地の整備に当てています。他の皇候補達には内緒なのですけどね」
「制約が厳しい中デ、二人の為に出来る事をしてくれているのですネ」
「志を同じくしていますので。ただ、姉様が序列一位になれなければそれまでとなります」
序列一位が皇を継承するそうです。しかし今の一位は……。現皇女としては、カルラさんに何としても頑張って欲しいという気持ちなのかもしれません。証拠がなく取り締まれない一位を落とし、次の皇女となって欲しい。その為に色々と隠れて支援しているのでしょう。一位も隠れてやっているのですから、お互い様というものです。
お酒で盛り上がっているライゼさんとレイメイさんは、少し声が大きいですね。セルブロさんにまで絡んでいます。止めた方が良いでしょうか。
そう思ったのですけど、カルメさんに目で制されてしまいました。好きに飲ませていてよいという事ですよ、ね。
「ハレについたわらわ達は、セルブロ含む防衛隊で町を守りながら匿って貰っていたのです。わらわの事情を知らないはずなのですが、良くしてもらえました」
少し脱線しましたけど、カルメさんがこの国に来た後の話が始まりました。ハレの人達も、カルメさんは特別な人間だと気付いた事でしょう。しかしそれとは関係なしに良くしていたのは、想像出来ます。
「マリスタザリアと貧困に苦しんでいるにも関わらず、優しさを忘れない姿は……故郷の民を思い出させました。皇継承戦争に巻き込まれ、気の休まらない故郷の民達もまた、わらわ達姉妹に笑顔を向けてくれていましたので」
カルメさんは小さい後悔を覗かせ、懐かしさに表情を綻ばせました。皇国の民達はカルラさんとカルメさん姉妹を敬愛し、姉妹もまた、民達を愛しているのです。
「皇国を姉様に丸投げしたわらわは、罪滅ぼしという訳ではありませんが……この町を、そして町民から聞いた北部を救う事にしたのです」
最初のきっかけは、恩返し。カルメさんはハレの人達の為に立ち上がったのです。
「国の模範例として王都を選んだのは、マリスタザリア対策が整っていたからに他なりません」
牧場の完全隔離、壁建設と見張り台、城は領民達と触れ合える距離にあり、避難施設も充実しています。兵士も充実していて、安心感のある国となっているのです。
「本来はその時点で王都へ連絡を入れるべきだったのでしょう。しかしわらわは、国を創る段階で気付いてしまいました。王国政府が北部に着手出来るのは、早くても数年後という事に」
南部東部西部。王国が見なければいけない場所は多いです。その中で、まずは土地の把握からしなければいけない北部はいつになるかと考えた時……カルメさんは数年後と予測したのです。
「だからまず平定する事にしました。完璧なる安全を確保する事に注力したのです。打算もこの頃から見え隠れしていたので」
エンリケさんの事、本当に許せないようです……。
「その中で巫女様の事を知り、北上している事を知ったのです。国作りは急務でした。ディモヌを巫女様方に見せる訳にはいかないと思ったので。ですがノイスでわらわの協力者が皆さんを見つけ、そこから調べましたので手遅れでした……」
「手遅れ、ではありませんよ」
「はい。それに、ディモヌを知れたからこそ私達は、北部の現状をより深刻に考える事が出来ましたから」
「北上しているのは隠していましたからネ」
私達が傷つくと思ったカルメさんは、国作りを急ごうとしてくれたようです。私達の北上は行った町の人が知っている程度ですから、気付けただけでも凄いと思います。各町に寄ってるなんて、思いもしないはずですから。
「巫女様方がディモヌを避けている事を知ったのはフェルトです」
ズーガンに協力者を入れる事は出来なかった、のでしょうか。それか、確信を得たのがフぇルトという事ですかね。
カルメさんは申し訳なさそうに、眉を下げ、目を伏せています。
「ディモヌとわらわが直接敵対関係になったという事はありません。しかし彼等と交流を持てば確実に、信奉者は増えると確信していました。対応が遅れ、結局巫女様方には苦しい思いをさせてしまいましたが……」
対応の遅れなんて、感じていません。むしろ早い方だと思います。
「耳障りの良い教えと、分かりやすい象徴、そして成果。巫女様の前で言うのは憚られますが、王都の核樹伝説のみのアルツィア教では……北部の人たちの信仰は離れてしまったのです」
これも、仕方のない事と思ってしまいます。宗教は心の支えですけど、実際に守ってくれる事で得られる支えに流れてしまうのは当然なのです。それだけに現金な人達とは思いません。私達はこうも言っています。何としても生き延びて欲しいと。
「この国には王都での事と、平和の為に北上している巫女様の事を話しています。北上している事を隠しているのは分かっていましたが、ディモヌには出来ない事をしてくれている事を理解してもらう為に報せてしまったことを、お詫びします」
「それこそ、気に病む必要はありません。カルメさん」
「皆さんの希望になる事が出来ていたのなら、本望です」
カルメさんのお陰で、希望が見えてきました。王都でもそうでしたけど、私達は多くの人に支えられています。カルメさんも、私達の為に手を打ってくれていたのです。
「巫女様方がただ浄化して回っているだけではないと、各町で問題を解決しているのを知りました。しかし、ディモヌを知ってから……皆さんが隠れるようにしていると報告がありましたので」
(あくまで名乗り出ないという意味です。わらわ同様、歩くだけで目立つ方達ですので)
私達は、ブフぉルムで浄化対象が減って居る事に気付き、個人浄化に切り替える決意をしました。メルクで現巫女が良く思われていないとなり、逃げるように出て、ゾぉリで元老院によって罪人へと仕立て上げられ、”巫女”を隠さなければいけないのか、と……苦心しました。エアラゲで余計な事に突っ込まないようにと釘を刺され、そしてエセフぁでデぃモヌを知り……”巫女”を隠す決意をしたのです。
「わらわはアルレスィアさんとリツカさんを調べました。もちろん神誕祭での演説も」
”巫女”として宣言した、あの時。でも今はもう、その通りに出来ていません。北部に光を届けるのは、いつになるか……。
「皆の光になり、道を照らし続ける。その言葉通り行動していたのに……ディモヌはその光を閉ざしてしまっているのです」
私達がその場、その場で、”巫女”を名乗り出ても、光とはなれなかったでしょう。でも、演説が嘘になってしまったのは、言うまでもありません……。
「わらわがディモヌを嫌悪する理由はいくつかありますが、一番はやはり……巫女様を敵にしたて上げている事ですので」
カルメさんが、少し怒気を含んだ声で言いました。
「ディモヌが情報統制を行い、巫女様方の活躍は望んだ者ですら入手困難な状況です。入手出来ない事はありませんが、信者に知られれば村八分……いえ、それで済めば良い方ですので」
それで済めば、とは……まさか、体罰が……? いえ、フぇルトの事がありますから……死……?
「ディモヌは確かに、北部において必要な存在なのかもしれません。わらわがこの国を整える間、他の町を守っていたのは紛れもなくディモヌですので。でも、巫女様を敵にする必要はありません。それだけが、許せないのです」
デぃモヌの信仰を高める為に、手っ取り早い方法として私達を利用しているとの事でした。カルメさんはそれが、許せないと憤っています。
カルメさんは戦争を嫌っています。なのに、私達の為に……血を流さない争いに身をおいてくれています。水面下で町に浸透し、意識を変えていく作業は、精神を磨り減らします。私達の為に、こんなにも……。