名のない国⑦
(本当はすぐにでも姉様の所に行きたいところなのですけど、シーア姉様達の心配にも答えたいので)
「カルメ様。食事の用意が出来たようです」
「分かったわ。皆さん、食事をしながらお話でもしましょう。ケルセルガルドやわらわの事、この町の元の姿など、気になる事も多いでしょうから」
どうやら、私達が聞きたかった事はバレていたようです。理解力の高い方ばかりで、ついていくのがやっとです。
「お見通し、でしたか」
「リツカさんからの評価がまた上がり、嬉しく思います」
私はむしろ、カルメさんからの評価が思った以上に高くて困惑気味だったりします。一体何で、こんなにも気に入られているのでしょう?
「わらわとしても、皇姫の事を話してはいけないなんて制約の所為で鬱憤も堪っていますので。お付き合いいただけたらと思います」
「いくらでもお付き合いしまス」
皇国には秘密主義的なところがあります。その最たるものが、皇姫、皇子達の情報を話してはいけないというものです。カルラさんはその禁を破る危険があるのに、私達に色々と伝えてくれました。カルメさんは禁を破ってまで……。戻る気はないという話ですけど、私達が皇国に報告する事はありません。カルメさんには、カルラさんの傍に居て欲しいと思っています。
「お酒もありますから、どんどん飲んで下さい。共和国奥地にあるというアルコール度数が六十を越えたお酒なんかもありますよ」
「ほう。ツェッツ、呑み比べでもやるか」
「負ける気はねぇ。やってやるよ」
カルメさんのご厚意、ありがたく思います。しかし……。
「怪我人でしょ、ライゼさん」
「二日酔いになって人に迷惑をかけるのが落ちでス」
「明日も予定はあるのです。酔い潰れるなど言語道断です」
と、いう事です。明日からいよいよ、本拠地とも言える場所です。ケルセルガルドも油断出来ません。体調を戻し、万全の状態で望みたいです。
「……」
「……」
それが分からない二人ではないはず。でも、何ですその目は……。どんなに睨んでも、お酒は適量以上はダメです。アルコール度数六十越えなんて、絶対体に悪いです。
「こちらの生薬をお試しください。肝臓や胃の働きを助けます。こちらは傷薬ですね。アルレスィアさんの”治癒”の手助けになるかと思いますので」
「確かに、良い薬のようです。しかし……それでお酒を飲んで良いとは……」
「いつも交代でしているのでしょうけど、本日は夜間警備を兵に任せゆっくりお休みください。多少深酒をしても大丈夫ですよ」
(この姫様の方が天使じゃねぇのか?)
(頭が上がらん)
はぁ……お酒が絡むとダメ人間すぎますね……この二人は……。飲みすぎとアリスさんとシーアさんが判断したら、強制的に眠らせてしまいましょう。痛打だけが気絶させる手段ではありません。
(普段はリッカさまが警備をしているのですけど……リッカさまは気にしていないようです……。カルメさんの提案を完全に断るのも失礼、ですね)
「ここで沢山飲むのなラ、もう船のお酒は必要ありませんネ」
「そうですね。この国の兵士さん達に振舞うとしましょう」
「置いてても仕方ないもんね」
結局、レイメイさんが飲む分くらいしかないのです。それでも兵の皆さんに一杯ずつ飲んで貰えるくらいは、あると思いますから。ここで沢山飲むつもりなら、船の物はいらないでしょう。明日から飲む暇があるとは思えません。
「俺はそれでも呑む」
「俺の酒だぞ。お前ぇの判断なんかどうでも良いんだよ!!」
「だったら呑んでも良いだろ」
「お前ぇが呑んでも捨てられるんだよ!!」
遂には喧嘩を始めてしまいました。
「世話になるんだ。酒くれぇ振舞ってやれ」
「その酒くれぇを、怪我を押して呑もうとしてる阿呆が何言ってやがる!」
「どうせ船じゃ呑めねぇんだ。カルメ姫のお陰で巫女っ子達の許可も下りとるんだぞ」
「だからってなぁ……!」
「元はと言えばお前が酒で迷惑かけたからこうなっとるんだろが」
普段シーアさんと言い合いをしているレイメイさんですけど、ここまでの剣幕で怒った事はありません。それだけに……何て、見苦しいのでしょう……。
「お酒で喧嘩なんて、みっともないんで止めてください」
「話は終わりましたけれど、カルメさんとシーアさんの気持ちを考えてください」
今もカルラさんとエルさんは軟禁……いえもはや、監禁状態です。その事を想えば、シーアさんとカルメさんの心労たるや……。ライゼさんもレイメイさんも、想い人が居るのすから、気持ちが分かるはずです。
「心遣いに感謝を。わらわにとって姉様は……アルレスィアさんにとってのリツカさんと言いますか……。シーア姉様も同じ気持ちと思います」
「心中、お察し致します……」
「友人としてですヨ。私は友人としてでス」
アリスさんが鎮痛な面持ちです。カルメさんの言葉は強く、アリスさんの心に響いたようです。私の事だけに、頬が熱くなるのを感じます。シーアさんがあたふたしている理由は、私には分かりませんでした。
「ですが、皆さんのお陰で姉様の今を知れたのです。明日からお互い忙しくなる身。どうか寛いで下さい」
どこまでも私達を慮ってくれるカルメさんには、感謝しかありません。だから喧嘩はさっさと止めて、大人しく、静かに、程ほどにお願いします。
「いい加減にしないと、私も怒りますよ」
「……」
(旅のお陰か、凄味が増したな……)
まだ言い足りない二人が睨み合っていますけど、これ以上の醜態は許しません。早くセルブロさんについて行きますよ。
食事は皇国料理みたいです。カルラさんから、私の居た国の料理に似ているという話は聞いていました。実際見てみると、そっくりですね。香りも焦がし醤油のような?
「さて、まずは何を聞きたいですか?」
「ケヴィンさんの所に私達が居ると分かったのは、何故なのでしょう」
ゴホルフ戦を見ていたそうですけれど、私達をずっと見ていた訳ではないようです。そうなると、私達の進路を知るのは難しいのではないでしょうか。
「巫女様がケヴィン老の所にいるのが分かったのは、北上するのに各町に寄っているのを知ったからです。トゥリアやキールすらも回っていた事で、確信に近いものが在りました」
北部やキール等にカルメさんの協力者が居るのは聞いていました。しかし、私達の事を正確に把握されていたとは……。そしてトゥリアも知っているとなると……もしかして……? いえ、あの町は余所者を入れません。村の中から協力者を得ようにも、デぃモヌ信仰が盛んだったので無理でしょう。だとしたら、行商に交じっていた? それが一番ですか、ね。
「ボフとグラハの間での闘争後すぐに移動した事から、先を急ぐのだろうと思いました。それで、マデブルへは本日の昼過ぎに着くと予想しました」
見ていたのは、もし私達が負けた場合に対応してでしょう。この国に危険が及ぶかもしれないのです。舵取りを行う者として、当然の行為です。でもずっと私達を見る暇はないはずです。各町を回っているという話を知っているとしたら、マデブルで招待状を渡すはず。なのにケヴぃンさんの所に居ると分かっていました。
「マデブルの者が外部の者に町の情報を伝えなければ、ケヴィン老の所には行けません。マデブルでの私達の勧誘は順調ですが、今日門番を務めているベルタ氏はマリスタザリアに弟と両親を殺されています。王国の兵は何もしてくれなかったと、恨みは強いのです。不安はありましたが、皆さんなら聞きだせると賭けてみました」
マデブルでケヴぃンさんの事を聞き出せなければ、招待状を渡す事は出来なかったようです。カルメさんは私達ならばと、信じてくれたのです。ベルタさんと、いうのですね……。王国選任と聞いてからの、強い敵対心は……そういった理由が……。
「この国を知っていたようなので、招待状を持たせる必要はありませんでしたね。ここの情報を知っているとは、思いませんでしたので」
驚きです。論理的とは言えない考察なのに、そこには芯があるように感じます。私達を信じるという、芯です。凄く、嬉しいです。特別な考察はありませんでした。ただ只管に、私達ならばケヴぃンさんの所に行けると……。
その信頼を裏切る行為となるかもしれませんけれど、何故この国を知っていたのかを伝えなければいけません。
「カルメさんだから言います」
「私達はデぃモヌの教会に忍び込み、地図を写しました」
「成程。それで地図を手に入れ、迷う事無く今の北部を巡れたのですね」
納得といった表情のカルメさんが頷いています。そこに、私達を軽蔑する感情は見えません。
「わらわはそれを糾弾しません。”お役目”は命懸けと解っておりますので」
明らかな犯罪行為。それを、黙認してくれました。しかし、許されたから良いという訳ではありません。住居侵入に窃盗。どちらも立派な犯罪です。もし教祖が私達を訴えれば、私達は”お役目”後罪を償います。
私の帰還は、罪を償った後に、してもらいましょう。アリスさん一人に罪を償わせるなんて……嫌ですから。
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