名のない国⑥
「さて……シーア姉様の大切な方二人で、この場に居ないとなると、エルヴィエール女王陛下と姉様ですね。元老院の事は多少把握しております」
「経緯は私の方かラ、我が共和国で起きた国際犯罪でス。説明責任がありまス」
「ご安心を、わらわから皇国へ通報する事はありません。姉様の考えを読んだ後行動しなければいけませんので」
「ありがとうございまス……。でハ」
シーアさんが先程の”伝言”と、元老院との確執を話していきます。シーアさんにとっては自国の恥ではありますけれど、これ以上恥の上塗りをしてはいけないと真摯に向き合っています。
「……」
カルメさんが扇子を開き、口元を隠しながら思考しています。
「姉様ならば……元老院の暴挙とは関係なく、エルヴィエール陛下を安心させる為に自らの意思で滞在を選んだと思います。目の前で軟禁されている方を置いていける人ではありませんので」
確かに、そんな感じはします。カルメさんは心配で胸が張り裂けそうな程だと思います。しかし……冷静さを崩しません。でも冷静ゆえに。カルメさんの激情が見えます。冷静に、元老院を追い詰める策を考えているのです。
「むしろ問題は何故そうなったか、ですけど……わらわは連合が関係していると思います」
「やはりそうですカ……」
「ヒスキ……?」
そうなると、私が全面的に悪いです。逃げる選択をせずに戦った事で、カルラさんを危険に曝し、共和国に暴挙を働かせた事になります。
「あの男は自尊心の塊です。自身の落ち度を報告するとは思えません。連合が初めから用意していた罠だったのでしょう」
「わらわもそう考えます。元老院が信じ込む甘い蜜を用意する。ここまでは何時もの連合ならば平気で行います。しかし……共和国と完全に手を組み、王国を侵略する。こんな事はしません。どちらも手に入れる。これこそ連合ですので」
ヒスキは全くの無関係ではないでしょうけど、カルラさんの件には関わってないようです。だからといって、連合と元老院の暴挙に関係してないと言うには、情報が少なすぎますけど、ね……。浅慮すぎでした。
「元老院の所為でより深く、王国と北部が分断されています。つまり力を削がれた状態です。北部は危険地区だけに、王都の選任に負けない力を持った者達が少なからず居ます。ですがその力を今、戦争に発揮出来ませんので」
既に連合と王国、共和国の三つ巴の様相を呈しています。共和国の実状はわかりませんけど、戦争の準備を万端に整えているのは連合だけでしょう。
王国は北部と分断されています。そして、ノイスに居た元老院のシンパであるクロードは、デぃモヌすらも利用して王国からの切り離しを行っていた可能性があります。更に王国は二つになりかけています。
元々は連合と連携して王国の一部を領土にしようとしたのでしょうけど……裏目です。共和国の力になるどころか、王国の力を裂くだけの結果となりました。共和国は連合に目を向けていなかった所為で、戦争の準備すら出来ていないのではないでしょうか。
そうなると共和国の現状は、王国よりも悪いかもしれません。王国には魔王やマリスタザリアという被害が集中していますけど、それは私達が全面的に対応しています。戦争に集中する事が、出来るでしょう……。北部の力は借りられずとも、耐え切る事が出来ます。でも共和国にはもう……何もないのかもしれません。
「共和国を元老院から解放するだけじゃ解決しない……」
「はイ……。解放した後、連合との戦争をしなければいけませン。講和に持ち込めるだけの時間が残されていれば良いのですけど……カルラさんを人質にしている時点でその考えは甘いのでしょうネ……」
私達に出来るのは……魔王を引きつけ、戦争に加担させない事です。王国は何とかなります。問題は共和国……。カルメさんに、動いてもらうしかないのでしょうか。せめて防衛の準備を整えて貰わなければ……。
「姉様であっても、有無を言わせず監禁してくる愚物や、話を聞かない狂乱国相手に……身動きできずに対応なんて出来ませんので。わらわが動くしかないようです」
カルメさんを止めるつもりでしたけど、現状は逼迫しています。
「手伝える事はありますか?」
「いいえ。皆さんは今まで通りお願いします。こう言えば皆さんを傷つけるかもしれませんが……皆さんが戦争に興味を持ち手を加えようとすれば、魔王も興味を持つかもしれませんので」
「その可能性は、ありますね」
「うん。魔王の考えが未だに読めないから……戦争にだって手を加えてる可能性が、あるもんね……。解りました。私達は”お役目”を優先させていただきます」
カルメさんの言葉が全てです。私達が関わる事で好転する程簡単な問題ではない上に、魔王が関わってきてむしろ……という事も、あります。
「わらわにお任せください。姉様の解放に努めましょう。共和国へ恩を売る千載一遇の機会が出来ましたので」
わざと打算を匂わせ、私達が気落ちしないようにしてくれました。何から何まで……。
「ありがとうございます……カルメさん」
「カルメさんの心遣いに、答えてみせます」
「共和国の問題なのニ……本当に、ありがとうございます」
「はて……何の事か分からないので」
(姉様は意図的に戦争に触れなかったのでしょうけど、分かっているはずですので。知らない事の方が辛いんですよ。姉様。それでもシーア姉様達が心配なのですよね)
おとぼけて扇子で表情を隠すカルメさんに、私達は頭を下げます。これで私達は個人的に、姉妹二人にお世話になった事になります。恩は忘れません。必ずや成し遂げます。
「姫様と約束してたようだが」
「お役目を完遂した後に共和国に行くのは問題ないのでス。約束は守りますシ、カルメさんにはお手伝いだけにしてもらいまス。カルメさんが今の共和国に入るのだけは承服しかねますかラ」
「はい。シーア姉様の言うとおりにします。わらわもまだ、捕まるわけにはいかないので」
シーアさんが助け出すという約束を破ったわけではありません。シーアさんはまだ自らの手で決着をつける事を諦めていません。それに、戦争になるというのなら……全てを尽くす必要があります。
「無粋な事を言うなツェッツ」
ライゼさんがレイメイさんを睨みました。思い詰めた表情を、ライゼさんが作っていますけど……どうしたのでしょう。
「本来なら俺がカルメ姫の為にこの国に残るべきなんだろうが」
「解っています。ライゼルトさん」
「ライゼで構いません」
「はい。わらわにも、敬語でなくて良いので」
「そりゃ……いや、お言葉に甘えさせてもらおう」
怪我人……それも、片腕を失っています。これから先の戦いに、片腕で何が出来るのか、と……ライゼさんは思っているようです。私達は、そう思っていませんけど……。それを踏まえてライゼさんは、本来カルメさんの方を手伝うべきだと告げたのです。私達もそう思います。でもライゼさんは、こちらにとっても必要なのです……。
「ライゼさんは巫女一行に必要な方です。ケルセルガルドの件もあるのですから、剣で戦える人は多い方がよろしいので」
魔法を使うだけで襲ってくるというケルセルガルドの住民。その人達と争いにならない為にはまず、魔法を使わないようにしないといけません。アリスさんとシーアさんを守りきれる自信はありますし、いよいよとなれば魔法を使います。でも、まずは対話を図りたいのです。結局私も女。魔法がなければ非力です。
「すまん」
「セルブロもそれなりに戦えます。ご安心を」
「命に代えましても」
雇われた従者が言う、当たり障りのない言葉ではありません。セルブロさんの言葉は本気です。カルメさんの盾となる事すら、躊躇しないでしょう。自分の身も案じて欲しいと思いますけど……私はセルブロさんに、それをいう資格を持ちません。
「皆様、お役目だけでもお辛いと思いますが……カルラ様をよろしくお願いします……」
「はい。私達の、”巫女”の名にかけて」
胸を張って、宣言します。取り戻した”巫女”としての言葉で、この国の為に尽力してくれている貴い心の持ち主達の為に。手の届く範囲くらい、確実に守りたい。そう願い続けた私の……誇りを賭けて。