カルラの旅―フランジール④―
名もない国の城から出て、浄化作業へと移ろうとしています。リツカお姉さんと巫女さんは肩と肩が触れる距離で歩いてますね。良くあの距離で、足が引っかからないなぁと思います。
浄化の前に、一つやっておかないといけない事があります。
「少しカルラさんに連絡を入れまス」
「はい。私達は耳を閉じておりますので、ご安心を」
「いえ聞いていて下さいヨ」
巫女さんがお節介を働かせようとしてます。リツカお姉さんも巫女さんも、カルラさんと話したいでしょう。
「おいツェッツ。もっと詳しく教えろ」
「あ? ああ、皇姫の事か」
カルラさんの話は、巫女さんが事ある事に私を絡めて話そうとしたので止め続けました。
「”伝言”しますかラ、静かにお願いしますヨ」
サボリさんとお師匠さんは良いとして、カルラさんに関しては巫女さんの方が厄介ですからね……。普段リツカお姉さんで遊んでる罰なのかもしれませんけど、こればっかりは止められないんですよ。
さて、呼び出し中です。繋がりはしましたかラ、オルデク……どちらかといえば共和国ですね。もうお姉ちゃんと面会出来たでしょうか。
《レティシア。久しぶりなの》
レティシア? 何か起きてますね……。
「お久しぶりでス。カルラ姫」
「ん……?」
「ライゼさん、レイメイさん。少し静かに願いします」
リツカお姉さんと巫女さんも気付いたようです。わざわざ私をレティシア呼びしたのです。そう呼ばなければいけない状況なのでしょう。それも、緊迫感のある声です。”伝言”を公開設定にします。
(今わらわに”伝言”する理由……もしかしてなの)
《余り時間は取れそうにないの。傷とかついてないの? 怪我でもしたら大変なの》
隠して話す必要があるみたいですネ。そして私が”伝言”した理由も分かっているようです。でも直接聞けず、時間もない……危険な状況です。
「私は大丈夫ですヨ。カルラ姫はどうですカ。綺麗な御でこに傷でも入ってたら大変でス」
傷を気にしているのは、カルメさんを見つけたかどうかですね。カルラさんとの思い出がある傷という話でした。それとなく伝えます。
(カルメに会えたみたいなの)
《大丈夫なの。元気にしているの。今は、どこなの?》
「名前のない国が王国内に出来てましテ、ノイスから西北西に結構進んだ所でス。カルラ姫はどちらに?」
(そこにカルメが……でも今は無理なの)
「共和国なの。女王陛下から色々聞いたの。元老院と仲良く出来ないって、なの」
共和国には着いたようですけど……元老院と何かあったみたいですネ。お姉ちゃんから私の事を聞いて、元老院が最初に話題になるなんてないです。絶対に私の昔の話をしてるはずです。
「向こうが悪いんでス。どれくらい滞在する予定ですカ?」
《少し長めになりそうなの》
まさか、拘束されたんですか……?
「…………」
怒りが沸々と……。リツカお姉さんと巫女さんも険しい顔です。その表情から、お師匠さんとサボリさんも状況を飲み込めてきたようですね。
やってくれましたね。あのお馬鹿達。もう手加減なんてしてあげません。
(シーア、堪えてなの)
「……こちらの用事は、もう直グ、終わりそうですかラ、待っていてくださイ」
《なの。気をつけて、なの》
(あらあら……ふふふ。それにしても……今確かに、ライゼさんと……? アンネに伝えたいけど……)
(戦争の話は、しないの。何とかシーア達が来るまで……開戦を遅らせる手段を考えるしか……なの)
ああ……聞きたくて、堪らなかった笑い声が聞こえた気がします。でも、声を出してくれなかったという事は……そうですか。長兄様ですか。
(シーアさん……元老院の仕業、だよね)
(カルラさんが拘束されたようです。いよいよ、元老院は悪に手を染めましたね……)
(どんな経緯でそんな事に……それに、エルさんも心配……)
《それじゃ。また、なの》
「はイ。また……」
”伝言”を切り、一息つきます。
「カルメさんに話した方が良いでしょうカ……」
「カルメさんは、そうですね――私に似てますから、話さない方が良いとは思います。ですけど」
「話した方が良いんじゃないかな。やっぱり、大切な人が危険な状況なのに知らないのは嫌だと思う」
(カルメさんは私に似ています。大切な……本当に大切な人を危険に曝されて、黙っているはずがありません。必ず元老院に報復をするはずです)
お二人はカルメさんに話した方が良いという判断のようです。しかし、カルメさんはカルラさんを溺愛しています。”蠱惑”さえあれば元老院くらいわけないでしょうけど……家出中とはいえ皇姫と共和国が対立なんてダメです。
何より、元老院が制圧している今の共和国にカルメさんまで行けば……カルメさんも捕らえられます。”蠱惑”は複数人に、かけられません。一度にかけられるのは三人が限度でしょう。
「お師匠さん達はどう思いますカ」
「報せねぇのは酷だが、あのカルラ姫様はそれを望んでるんじゃねぇのか」
「”伝言”を聞く限り、下手に手を出せねぇ状況なのは確かだな。女王陛下の安否も気になる。話すべきたぁ思うが、共和国に行くんは止めるべきだろう」
話す三、話さない一ですね。でも考えは同じです……。元老院の暴挙、その理由があるのです。それが分からない限り、下手な行動は出来ません。
「カルメさんと話してからでも良いんじゃないかな」
「そうですね。浄化後、食事の前にカルメさんと話しましょう。どちらにしろ私達は……”お役目”を完遂した後でしか共和国に行く事は出来ません」
私も、カルラさんと約束をしました。全てを終わらせて迎えに行くと。
「分かりましタ」
「では、浄化に参りましょう」
リツカお姉さんが広域で見てくれます。私の不安を、少しでも早く解決しようとしてくれているのです。カルメさんと意見交換して、対応を決める事で、私が少しでも楽になるように、と。何時も何も言わずに……私達の為にと、力を奮う事に躊躇がありません。
嬉しくもありますけど……巫女さんの心労は計り知れませんね。だからせめて、カルラさんの問題は私が頑張ります。巫女さんがリツカお姉さんの為に頑張るような物です。…………友人として。友人としてですよ! はい巫女さん。くすくすと笑わないでください。リツカお姉さんが膨れてますよ……。
レティシアと”伝言”を終えたカルラは、表情を柔らかくさせる。エルヴィエールもまた、楽しげだ。
「随分と、親しいようだったが?」
「皇姫と女王の妹。似た立場の友人というだけなの」
カルラが肩を竦め、自身が持つ伝言紙を渡す。これでカルラも、外界と断たれた。
「少しでも待遇が悪ければ――分かってるの」
「……」
「わらわは友を大切にするの。先程の護衛フランカも、エルヴィも、最上級の待遇を求めるの」
カルラは自身の立場を理解している。只の人質で居る筈がない。
「今は大人しく、エルヴィとお話でもしておくの」
「一人は寂しかったところです」
「なの。シーア達の事でも話しながら過ごすの」
「馴れ初めとか聞きたいですね」
「それはわらわも聞きたいの」
既にエマニュエルの入れるような会話ではなくなった。エルヴィエールとカルラの軟禁は成功した。ここに留まり続ける必要はない。直ぐにでも連合相手の対応を考えなければいけないのだ。
元々外交すらも元老院の仕事だが、エマニュエルが長になってからというもの、そういった仕事は一切行っていない。その為エルヴィエールが全て対応していた。相互理解こそ講和への道。しかしエマニュエルは連合と同様、エルヴィエールとの理解を避けてきた。
その結果が、今だ。共和国は今まさに――王国の二の轍を踏もうとしているのかもしれない。破滅への、道を。