カルラの旅―フランジール②―
王宮前まで案内を受け、男に礼を言い別れる。まだ騒ぎになっていないようだ。
「そこで止まれ!」
(シーアからは、簡単には入れないだろうって言われたけど、本当っぽいの)
ここでもまた、レティシアの予想が的中してしまっている。警護の観点から、ここで止められるのは普通だ。だが、最初から敵意を見せるような国ではないはずだった。しかし今首都で働いている兵士は全員、元老院によって買収されているようだ。
「わらわは皇姫。女王への謁見を求めるの」
カルラが身分証を提示する。
「……少々、お待ちください」
本物かどうか、門番には判断出来ない。一度下がり、上官へ指示を仰ぎに向っている。
戻ってきた兵士は、先程までとは違い敬意を持って接してきた。
「どうぞ、元老院が――」
「女王に会わせて欲しいの」
「いえ、元老」
「わらわは皇姫。女王以外に会わせるというの?」
「……少々お待ちを」
カルラの威圧に、兵士は再び下がる。皇姫とはいえ、他国の最重要人物。そんな高貴な者を一国の王ではなく、たかだか官僚組織が応対するなど失礼だと、兵士は言われた気がした。
戻ってきた兵士は憔悴している。それなりの時間を要した。元老院にこっぴどく叱られたのだろう。
「どうぞ……」
「なの」
(ふぅ……やっぱり、こういうのは慣れないの)
必要以上に威圧し、無理を言い続ける。そんな事、カルラは普段しない。気疲れを起こし、ため息を吐いてしまう。門番はそのため息を聞いて、びくりと姿勢を正す。カルラはその光景を見て再びため息が出そうになるが、城内へと入ることを優先させた。
「女王陛下」
「……」
女王の私室前で、兵士がノックをする。中から返事は無い。
「入ってよろしいそうです。護衛の方はこちらへ」
(そんな事言ったようには聞こえなかったの)
「フランカ、お願いするの」
「はい。何かありましたらすぐにご連絡を」
余りにも好き勝手な行動に、カルラは半目で首を横に振る。扇子で表情を隠し、部屋へと入っていった。
扉が閉まり、部屋には二人だけになる。
「……? 貴女は……」
エルヴィエール。共和国の女王であり、太陽の如き美貌と海の如く深い思慮を持った、至宝だ。だが今は軟禁され、輝きに翳りが出来ている。少しやつれてしまったように見える。
「初めまして、エルヴィエール女王陛下。わらわは第六十五位皇姫、カルラなの」
「皇姫様……?」
「シーアとコルメンスから、陛下の無事を確かめる約束をしてきたの」
「っ!」
流石のエルヴィエールも、突然の皇姫来訪と、その皇姫が最愛の二人と約束してきたという事に、目を大きく見開く。ただでさえこの国で見る事のない皇姫が、旅をしているレティシア達と出会ったという奇跡に驚嘆しているのだ。
「シーアと、コルメンス様から……?」
「皆心配していたの」
「こんな大事な時に……シーア達に申し訳ないわ……」
ただでさえ過酷な旅を強いているのに、エルヴィエールの安否まで気遣わせてしまった。いつになく、エルヴィエールの肩が落ちている。常に女王として、毅然と前を見据えている瞳は伏せられてしまった。
「シーアと、カルラ様がどうして……」
「わらわの事はカルラで良いの」
「それでしたら、私の事もエルヴィと呼んで下さい」
エルヴィエールがカルラに椅子を勧める。私室だけど、紅茶等は常備されている。いつもはレティシアと二人でお茶を楽しんでいたのだ。しかし今は、この部屋の外に出る事すら許可が要る。
「リツカ達とはエアラゲで会う事が出来たの」
エルヴィエールに経緯を話す。リツカ達と友情を育んだ事を。いつか再会したら、皇国に招待したいという事を。しかし、レティシアの事は余り話さない。シーアと呼んでいる以上、仲が良いはずなのだけど。
「シーアとはどうなのかしら」
エルヴィエールが首を傾げる。
「シーアとは婚約したの」
「……あら、まぁ! お住まいは皇国になってしまうのかしら?」
「え。な、なの」
(てっきりコルメンスみたいに取り乱すと……なの)
コルメンスのように取り乱すエルヴィエールが少し見てみたかったカルラ。しかし、エルヴィエールは妹の恋愛話が聞けて嬉しいようだ。そして気になるのは住む場所。結婚となれば共に住むことになるだろう。そうなればレティシアと離れなければいけない。
「そう……それは寂しいわ。こちらに住めませんか? カルラさんなら歓迎しますよ?」
「え、えっと。まだ返事を貰えてないの」
思わず本当の事を言ってしまう。元々騙すような真似をしたくはないのだ。外堀を埋めようという打算はあったけれど……ここまで高く分厚い外堀が簡単に出来るとは思わなかった。
「まだ、という事はシーアも乗り気みたいですね?」
「そうだと、嬉しいの」
レティシアの心が揺れているのは知っている。しかしそれは、レティシアが色恋沙汰に疎いからだ。このまま押せばレティシアと結ばれる、かもしれない。しかしそれはカルラにとって本意ではない。
「それだと、カルラさんも妹ね」
「もしそうなったら、そうなの?」
「ええ、そうよ。ふふふ」
(ありがとうございます……カルラさん……)
塞ぎこんでいた心に、彩が蘇る。エルヴィエールに少しでも元気になってもらおうと、カルラはこの話題をいきなり出してみた。もっとコルメンスのように慌てて、落ち込んだ気持ちが吹き飛ぶような事になると思っていた。
しかしカルラの思惑とは別の方向で、エルヴィエールは元気を取り戻したようだ。
「カルラさん。シーアと仲良くして上げてね」
「もちろんなの」
「出来ればシーア達の旅、教えて欲しいわ」
「なの。じゃあまず、新しく出来たシーアの……もう一人の友達についてなの」
クラウの事を聞いたエルヴィエールは、姉の様に振舞うレティシアを思い浮かべて微笑む。
自身も辛い立場だが、レティシア達を想い耐えてきた。今も元気に、前に進んでくれているはずだと。だがやはり……実際の話を聞かなければ、安堵できなかったのだ。
安堵は出来たが、女王として……安心するだけで終わる事は出来ない。
「カルラさん」
「なの」
「現状も、教えて頂けませんか」
閉じ込められたのは、リツカ達がエアラゲを越えた辺りだ。そこから一切の情報を遮断されている。エルヴィエールは今の世界も知りたい。
「これを見て欲しいの」
カルラが袂から手配書を出す。元々エルヴィエールに見せるために取ったものだ。レティシアから聞いた時期から考えると、この手配書から話をした方が良いだろう。
「そんな……アルレスィアさん達に指名手配が……罪状、シーアの誘拐……!?」
「似顔絵は似ても似つかないの。サボリは似てるけど、なの」
「きっとアルレスィアさんが”転写”を拒絶したのね……。何故このような無理な罪状を……まさか、王国と……?」
「なの」
カルラは舌を巻く。軟禁され情報を完全に遮断されていたにも関わらず、手配書一枚で、王国との事を理解したのだから。
「でも巫女は……」
「選任冒険者でもあるから、王国の責任って事に出来るの」
王国に所属している訳ではない”巫女”は、攻め込む口実には出来ない。だが、連合の時もそうだった。攻め込む口実などいくらでも用意出来る。
「それに、連合も関わってるの」
「連合まで……!? カルラさんとアルレスィアさんに手を出そうとしただけではないのですね……」
「わらわ達が目当てだったのもあるのだろうけど、一番は連合が戦争を始めるきっかけ作りなの」
「また……こんな時に……!」
エルヴィエールが怒る。強い軍隊を持ち、豪族の中でも優れた者達が纏め上げている。なのにいつも姑息な手段と時期を狙ってくる。交渉すらも応じない。その無法者達を、エルヴィエールは嫌悪している。
そして今は、自国の元老院すらも外道に身を置いている。
エルヴィエールは自身の嫌悪感を抑え、思考を巡らせる。
「困ったわ……。共和国が王国に……しかも、連合まで……」
「連合の方は、策に拘っている間は大丈夫と思うの」
「王国が浮き足立っている今が好機となります。ならば、策を諦めるのに時間はかからないはずです……」
いくら考えても、エルヴィエールは籠の中の鳥。無理やり出る事は可能だが、戦う力が乏しい。無理をすれば、余計に肩身が狭くなるだろう。今は元老院の隙を待つしかない。
「共和国の問題は私が何とかするべきなのでしょうが……無理に出たところで、今の元老院を止める術がありません」
「シーアが外から切り崩すのを待つべきなの。エルヴィに何かあったら、シーアを止められないの」
「そう、ですね……あの子はやると決めたらやりますから……」
(考える時間は作れたけど、連合と元老院の動きを予測するくらいしか出来そうにないの)
カルラは現状を諦めた訳ではない。しかし、気になっていた事を聞く事にしたようだ。
「シーアの子供の時ってどんな感じだったの?」
「そうですね……。リリアーヌさんとグェナエルさん、シーアのご両親が早くに亡くなり、私がシーアを引き取りました。大人しい子でしたが、幼き頃より才能を発揮し、物事を長く、深く見ることに長けていました」
自身の妹を褒めるエルヴィエール。その声はレティシアが自身の自慢である事を表している。カルラはそのどれもが、誇張ではないと頷いている。
「ただ……私の癖を色々と模倣してしまいまして……」
「癖って、悪戯の事なの?」
「それもですが……笑い声も、いつの間にか……」
「笑い声、なの」
カルラが思い出している。クふふふと可愛らしく笑うレティシアの事を。
「今は違うの?」
「私は矯正しましたから」
「コルメンスは残念そうにしてると思うの」
「そう言ってましたけど、女王として威厳に欠けると思いまして」
「可愛らしいのに、なの」
「可愛いと言うのであれば、カルラさんの方がそうだと思いますけど……」
この年になって可愛らしいと言われるのは……と、エルヴィエールははにかむ。そういった素直な反応がカルラには新鮮なのか、くつくつと笑う。




