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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
50日目、お爺さんなのです
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カルラの旅―フランジール―


 

「本日は町でお休みください」

「しかし、私達に向けてマリスタザリアは……」

「大丈夫です。それに、皆さんはまだ傷が癒えていないでしょう。せめて精のつく料理を振舞わせてください」

「ありがとうございます……。それでは、お言葉に甘えさせていただきます」

「恩に着る」


 私は血の気が多いので大丈夫、という訳でもないです。アリスさんも私も、ライゼさんも血が少なくなっています。休養させていただけるのは正直、ありがたいです。


「それでは後ほど、再びこの城へお越しください」

「はい。私達は少し町を歩かせて頂きます。悪意の有無を見なければいけません」

「浄化というものですね。よろしくお願いします」


 ここが、事実上の最後……。気合を、入れます。


「わらわも付いて行きたいのですが、準備をしなければなりませんので」

「浄化といっても、北部についてからは殆ど『感染者』が出ていませんから」

「それに」


 アリスさんがジト目で、私を見ています。広域感知で見る事が出来た範囲では浄化が必要な人は居ません。町に下りないと全体を見ることは出来ませんから、とりあえずといった所です。


「それに、どうなさいました?」

「いいえ。カルメさんの為に、リッカさまが張り切っているようです」

「あら。それは、嬉しいですね。よろしければ”お役目”後、この国に住みませんか?」

「……」


 アリスさんのジト目が更に据わって……。カルラさんの時もこんな事があったような……?


「私は”巫女”ですし、それに……」


 アリスさんの傍に、少しでも長く居たいですから。


「無理強いはしませんので。お越しの際は是非、皆様と」

「……はい」


 カルラさんとの約束も、守れないかもしれませんね……。


 


「カルメ様。よくぞ我慢してくださいました」


 リツカ達が城を出て行く姿を見ているカルメに、セルブロが声をかける。


「流石に、我慢くらい出来るので」


 カルメは扇子で顔の殆どを隠しているけれど、瞳だけは煌々と光っている。その視線はリツカに向いているようだ。


(ああ、でも……手元に置いておきたい。姉様が居ない今、あの方達が欲しい……リツカ様。憂いを帯びた赤い瞳。決意の赤。アルレスィア様。澄んだ、磨がれた赤の瞳。恋慕の赤。シーア姉様、深い海を思わせる思慮の青。暫く見たことがなかった……あんな素敵な、宝石)


 カルラが言っていた、カルメの危険性。それは――瞳を宝石と例え、手元に置いておきたい衝動に支配される事だ。


「いつか手に入れられないかしら……」

「なりません」

「アルレスィア様は気付いてたみたいなので、諦めます。ええ、安心していいわよ。セルブロ」


 傍に置き、その輝きを楽しむ。それを危険性とカルラは言うが、カルメがこの衝動を、他の者にぶつけたことはない。


(カルラ様以外に、この悪癖が出るとは……)


 カルラだけだったのだ。今まで、カルメが褒めたのはカルラだけ。カルラの瞳を楽しむ為にカルメは”蠱惑”を使う事も多かった。その所為で警戒している。


「ライゼルトさんとウィンツェッツさんのは惜しかったわね……瞳がもう少し大きければ……。何より少し、濁りもあったので」

(カルラ様を呼んでくれるそうですが……今はやめた方が良いかもしれません……)


 カルメがリツカ達の瞳に思いを馳せる。カルラが今来れば間違いなく、”蠱惑”でも何でも使って、カルメは楽しむことだろう。


「ああ……この衝動さえなければ……姉様ともっと純粋に……」


 この衝動で一番困っているのは、カルメだったり……するのだが。




 アルレスィアがスイッと、城に視線を戻す。リツカが首を傾げてそれを見ているけど、アルレスィアから撫でられて綻ぶ表情を必死に隠そうと、顔を手で覆う。


(カルラさんの言っていたのは、あれですか……諦めてくれたようですけど、危険ですね。私のリッカさまの瞳を欲するとは……それ以外は本当に、尊敬に値する方ですけど……判断に困ります)


 はあ……と、アルレスィアは長いため息を吐く。リツカが強い尊敬を抱いていて、自身も認めている者だけに責めきれないでいる。


(リッカさまを渡さない。それだけは決まっていますし、私が目を離さなければ良いだけですね。シーアさんにも気を配っておかなければいけませんけど、将来の妹君ですし、ね。ふふふ)


 アルレスィアはカルラを応援しているようだ。レティシアとカルラが結ばれれば、リツカを諦めてくれるかもしれない。そういった打算もあるようだけど、一番はカルラとレティシア両名の気持ちを知っているからだ。


(リッカさまが、北部の心残りと後悔が緩和されましたから……今回だけですよ。カルメさん。私が、リッカさまに対するそんな視線を許すのは……)


 アルレスィアの視線とカルメの視線がぶつかる。リツカを取り合うような衝突だけど……カルメはリツカに限定していないし、想い人という訳でもない。カルメが愛しているのは――カルラだ。


 それが分かっていてもアルレスィアは警戒を解かない。自分の手元から離れる可能性を、アルレスィアが許すはずがなかった。




 

 雪が降り、白い絨毯に覆われた場所に一隻の船が降り立った。


「すんません。カルラ様」

「構わないの。安全第一なの」


 一日遅れでフランジール共和国に到着したカルラ一行。昨日の昼過ぎに到着するはずだったが、風が強かった為速度を落として航行していた。船員の謝罪を、カルラは止める。安全を優先するように言ったのはカルラだ。


「城にはわらわと船長だけで行くの」

「自分ですかい?」

「駄目っすよ姫様。ここはもう敵地なんすから」

「せめて私だけでも……」


 ジーモンとフランカの制止も尤もだろう。元老院によって制圧されているといっても過言ではない今の共和国を、カルラ一人歩かせるのは危険だ。


「王国と軋轢が出来ているのに、王国選任が付いて来たら警戒されるの」

「それはそうっすけど……陛下とレティシアさんに頼まれたんすから……」

「私は最近選任になったばかりです。共和国の情報部でも掴めていない筈。どうかご検討を」

「なら、フランカだけ付いて来るの。ただ、これを被るの」


 フランカの提案を聞き入れたカルラだが、まだ問題があるようだ。


「これは、カツラ……?」


 手渡されたのは、黒髪のカツラ。前髪がやけに長く、顔の半分は隠れそうだ。


「一応オルデクで買っておいたの。それで顔を少しでも隠すの」

「私が、隠すのですか?」

「わらわの護衛が王国の人間なのはおかしいの。だから船長を連れて行こうとしたけど、フランカが行くならそれを被っておくの」


 船長の供に選任二人が納得しなかった時の為に、カルラは用意をしていた。全ては確実にエルヴィエールに会うために。


「シーアとコルメンスに頼まれたというのなら、わらわもなの」


 扇子を開き、口元を隠しながら船を降りていく。


「エルヴィエール女王陛下には、絶対に会わなければいけないの」


 カルメが愛しているカルラは、金春色の瞳を輝かせる。そして、レティシアが愛している共和国をその瞳に映す。活気と笑顔に彩られた、幸せの溢れる国。そう聞いていたのだが。


(活気も笑顔も、鈍いの)


 国民達の表情はどこか暗い。レティシアは、「今は違うでしょうけど」とも言っていた。自国の事だ。レティシアは、こうなる事を予想していた。


(国民全員分かってるの。共和国が今、おかしい事に、なの)

「カルラ様?」


 一枚の張り紙を見つけたカルラは、それを凝視している。


「これ、リツカとアルレスィアなの?」

「えっと、報告にあった嘘の手配書でしょうか。何というか……」

「リツカはこんなに間抜けな顔をしてないし、アルレスィアもここまでお花畑じゃないの」


 カルラは嘆息しながらも、小さい怒りを見せている。


「そのお二人を知っている……おられる、のですか?」

「なの」


 国民の一人がカルラの声を聞いていた。普通に話しかけたが、カルラの風格に敬語へと変わっていく。


「レティシア様を誘拐と書かれていますが……エルヴィエール様が王国へ出立する前に、巫女様のお手伝いをしていると話していたのを多くの国民が聞いています……」

「殆どの者は、誘拐じゃないと知っているの?」

「はい。というより……神誕祭には何人もの共和国民が行っていますから、いきなりこのような張り紙をされても……」

(神誕祭。オルデクのドリスも後悔してたの。わらわも、リツカ達の演説を聞いてみたかったの)


 異国の少女相手だからだろう。今の共和国への不満が沸々と湧き出てきたようだ。愚痴の様になってきたが、カルラは煙たがらない。それが今の共和国の現状であり、国民の生の感情だからだ。レティシアの為に、何が出来るかをカルラは考えている。


「何を話している!」


 カルラの思考を断ち切る怒声が大通りに響き渡る。話をしていた男以外の国民達は舌打ちをしながら、怒声を発した男を睨み、離れていった。その動きに乗じて、カルラはリツカ達の指名手配書を袂に仕舞う。


「王宮に行きたいから道を聞いていただけなの」

「嘘をつけ! 王政を批判していただろう!」

(王女の手なんて入ってないのに、何が王政なの?)


 声をかけてきたのは兵士のようだが、エルヴィエールの息は掛かっていない。今にも連行しそうな勢いの兵士に、カルラは無感情に答えていく。


「わらわは皇姫。エルヴィエール女王陛下に会いに来たの」

「皇姫だと……? 共和国に居るはずがないだろう!」

「何と失礼な……! 責任者をお呼びなさい!」


 話を聞く気がない兵士に、フランカが臨戦態勢でもって対応する。カルラという人間を数日間見続けたフランカは、カルラを本当の主の様に慕っている。嘲笑を向けてきた兵士に対し、強い憤りを覚えていた。


「黙れ! 怪しい奴等め……! 捕らえ、て――ひッ……」

「……言葉には気をつけるの」


 カルラが、カルメですら聞いた事もない低い声で威圧する。争いを好まないカルラが発した圧だが、金を積まれて寝返っただけの兵士を怯えさせるくらい簡単に出来る。


 穏やかで、領民のみならず愛されているカルラ。戦う力もなければ戦う気もない。しかし……皇姫だ。自らの意思を持たぬ者が、決意の瞳を持つ者の前で立ち続けることは出来ない。


「王宮に案内して欲しいの」

「は……はい。皇姫様」


 尻餅をついた兵士を無視し、現王政に不満を持っている男に案内を頼む。


「フランカ。ありがとうなの」

「いえ……」


 今にも兵士に掴みかかりそうだったフランカを止める為だったとはいえ、少し強めに兵士を威圧してしまった。兵士が屯所に戻るまでに王宮に向わなければ、要らぬ警戒を生んでしまう。




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