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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
50日目、お爺さんなのです
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名のない国③



「さて、むっつり愚物ですが、姉様の居ない間に五つの戦争で、常に人員損耗率五割を記録しています」

「五割って……全滅と変わらないんじゃ……」

「そうですね。戦線を維持出来ない所か領地の深くまで攻め入られていました。直近の戦いにおいては、姉様が八ヶ月と十四日かけて取り戻しましたが、過去の物を含めると……」


 陣取りゲームで深くまで入られてしまっては、取り返しがつかないのでは……。そう思いましたけど、カルラさんは凄いですね。取り返せたのですか。


 しかし五割、ですか。戦争において、死傷者が三割を超えると敗北が見えてくるそうです。そうでなくても国民の半分が傷つく戦争を何度も起こしていては、国が成り立ちません。そんなの地獄です。


「仕舞いには隣国が、わらわ達の留守を狙って攻め入るようになりましたので」


 カルメさんの怒りは止まりません。セルブロさんに申し訳ない気持ちで一杯です。話を止められたはずなのに、戦争での被害が気になって聞いてしまいました。


「わらわの嘆願を聞いて皇女様が決断してくれました。姉様は知りませんが」


 カルラさんは、皇女様の決定と思っていました。しかしカルメさんが話した真実は違います。カルメさんの嘆願により、皇女が決断したようです。 


(話が読めん)

「ライゼルトさんも、ご無事だったようで何よりです」

「あ、ああ。俺の事も知ってたようで」

「はい」


 ライゼさんには、カルラさんの事を余り話していません。少しは話しましたけど、カルメさんの存在を確認した時点でもっと話すべきでした。ただ……子供達とのお茶会が楽しかったものですから。


「わらわは謝らなければいけません」

「他の町での話でしたら、謝って貰う必要は……」

「その事に関しては、本来であれば巫女様方に知られる前に平定するつもりだったのです」

「平定……?」


 国という事を考えたら、他の町をこの国の領地とする気だったという事でしょうか。でも、何で謝る必要があるのでしょう。私達はむしろ、感謝の気持ちで一杯です。


「キール、エセファ、ノイス、ズーガン、フェルト、ミュハデアル、ミュス、ボフ、グラハ。わらわは北部に、国を創ります」

「ディモヌの主な活動範囲ですネ」

「はい。トゥリアは間に合いませんでしたが……」


 キールやエセフぁが入っている上に、トぅリアの事まで考えてくれていたのですね……。


「フェルト、ノイスの牧畜、ズーガンの農地、ミュルハデアルとミュスの兵を活用すれば可能です。キール、エセファの者もこの周辺に移住して貰います。大穴の所為で流通が滞っておりますので」


 既に、骨子は出来ているようです。もしそれが可能なら……デぃモヌは根底から覆ります。


「グラハの魔道線は国内の情報網にも使えるでしょう。水路も作りたいので、魔道線の出番は多いです。整備費はボフの貴族からも頂くとしましょう。ディモヌに捧げるよりは良いので」

「ア。グラハの魔道線は王国と共和国で専売契約してしまいまいタ。契約書にこの国も入れるように一筆書きまス」

「ありがとうございます。悪用はしないと誓いましょう」


 あの貴族の事まで……。グラハの魔道線を活用して、整備にかかる労力と人員を大幅に削る計画も考えているようです。これが、皇姫の治世。私は……カルメさんに、賭けたい。


「ディモヌ信奉者達は、どうするのですか?」

「問題はないと考えています。ディモヌを信ずる者達は平和な暮らしを求めているのですから、それを提供できれば良いのです」

「それが、カルメさんには出来るという事ですね」


 デぃモヌから、人の手へと。神さまは、人に触れることは出来ません。だから人の可能性を信じるのです。人の生きる道は、人の手で。カルメさんが、導いてくれるのでしょうか。


「ノイスの傭兵達の半数は取り込みました。各町にわらわの手の者も居ます。この国への安全意識を浸透させた後、ディモヌから切り離します。傭兵を良いように使っていますが、ディモヌの生命線は傭兵。主導権を握る事は可能ですので」


 デぃモヌの本質を早々に見抜き、手を打っていたのですか……。しかし、フゼイヒの行った事と町の人々の恩は、そう簡単に覆せません。今でこそ増長していますけど、フゼイヒは元々救世の徒。行動と想いは本物でした。


 増長した心さえ戻せれば……カルメさんと協力関係を築けるはずです。戻せれば、ですけど……。


「幸いノイスでは、ディモヌよりも巫女への信仰が増しましたので。皆さんの戦いはしっかりと、人々の心を解放していますよ」


 ――――っ。カルメさんは、私達を本当に、良く見ていたようです。歯痒い思いで一杯でした。でも、ノイスの商人さんも、カルメさんも……私達の頑張りを認めてくれた。嬉しい……そう、思ってしまいます。


 宗教対立なんて、どうでも良いって思ってた……。でもやっぱり、アリスさんと神さまの事を、信じて欲しいんです……っ。私は、その為に頑張ってるんですから……。


「整備が整った後、オルデク、メルク、ゾォリ、エアラゲにも声をかけます。王国を分断している岩山よりこちら側を平定し、コルメンス陛下へと連絡を入れるのです」

「成程。言い方は悪いですけド、恩を売りたいのですネ」

「はい。わらわを王国に匿って欲しいので。フラン爺ことケヴィン老も共和国と繋がりのある人物。王国と共和国と繋がりが出来たとなれば、皇女も帰れといえないので」

「いくらお兄ちゃんでモ、皇姫様を理由もなく匿うのハ……国際法が許しませんからネ」


 余程、皇国に帰りたくないのでしょう……。もしかしたら戦争に疲れたのかもしれません。だから、王国と共和国に協力を取り付けたいのです。そして、皇国にとっても蔑ろに出来ない存在となりたいのです。いわばパイプ。鎖国国家から脱却しようとしている皇国にとって、これ以上ない程に図太いパイプです。


 理解力、判断力、それをフル活用しています。カルラさんの政治手腕は見ることが出来ませんでしたけど……皇姫という存在を強く感じます。強者だけが皇となれる。そんな世界で磨かれた力が、王国を救ってくれています。


「わらわの打算もありますが、何よりも北部の整備は急務です。皆様は地図を持っていますか?」

「こちらにありまス」

「正確な地図のようです。丸や三角はディモヌ関係でしょうか」

「はい。教祖から聞き出したので間違いありません」


 カルメさんに地図を渡すと、新たな町が書き加えられていきます。


「この地図、昔の町を書き加えるとこうなります。本人達から聞いたので、こちらも正確です」


 本人達から聞いた、その言葉が不穏さを帯びています。そしてそれを裏付けるように、カルメさんは町を一つ一つ、塗り潰していきました。


「これは……もしかして」

「このように点在していたはずの町はもう、ありません」

「……っ」 


 ズーガンの人達の言葉から、分かっていたはずです。十二個程書かれた新たな町全て……マリスタザリアに……。


「ここが事実上の、最後の町ですよ。巫女様方」

「やっぱり、私達の”お役目”を……?」


 私達が各町を辿って居る事を、やはり知っていました。そして、事実上の最後の町……まだ、ケルセルガルドがありますけど、最後です……。最後に、なってしまいました。間に合わなかった……。


「ただ一人だけ、わらわの国に来てくれないご老体が居るのです」

「ここより西にですか?」

「はい」


 旧町の、生き残り? どちらにしろ……放って置けません。意地を見せるときが来ました。


「分かりました。こちらでも説得をしてみましょう」

「ありがとうございます。ケヴィン老しかり、ご老人は”巫女”を奉じておりますので、ご安心ください」


 ”巫女”としての仕事を頼まれた、という事ですね。そのご老人、必ずやこの国の庇護下に。


「しかし……貴女達に、正体を隠させるような真似をさせてしまうとは……心苦しく思います」

「自分達で選んだ道です」

「それに、守るためですから」

「守る、ですか?」


 色々と理由はあります。でも……カルメさんだから、言います。


「襲われたら、制圧しなければいけません」

「……覚悟、確かに見させていただきました」

(姉様と同じ、覚悟の目。素敵……)


 私達は止まりません。だとしたら、私は前に進む為に障害となる人を排除しなければいけません。アリスさんを傷つける選択なんて、私にはありませんから。しかしこれはあくまで、今思いついた理由です……。


 私は本当に、苦しかったのです。前に進む為だからと、無用な争いを生まない為に、不要な悪意を生まない為に、私は身分を隠した。それは本当に……苦しかったのです。制圧しなければいけないから黙っていたなんて、言い訳でしかありません。私はただ……逃げていただけです。


 ”巫女”を知ってもらうという行為から――。”巫女”を知らなくても、北部は回っていました。だから私は、利己的に、身勝手に、愚直に、前に進む選択を取りました。一番簡単な道を選びました。


 ゴホルフ。あなたは私という人間を結構的確に、捉えていましたね。そこを突いたのがあなたという、戦闘素人で良かった。魔王の時に揺さぶられていたら……致命傷でしたから。



「そしてもう一つ、ボフとグラハの間での出来事です」

「っ!」


 カルメさん達は、見ていたようです。でも私が硬直したのは、カルメさん達に見られていたからではありません。カルメさんが見ていたという事は……魔王は確実に、見ていただろうと……思ったからです……っ。


「私達は見ていました。なのに……兵を出しませんでした」


 カルメさんは、小さい事を気にしていたようです。私達としては、手を出さなくて良かったという思いなので。


「そんな事、気にしないで下さい」

「あれは私達の戦いでした。兵は国民を守るためにのみ、お願いします」

「雑兵でモ、そこら辺のマリスタザリアより強かったですからネ」


 ゴホルフは論外。途中で出てきた雑兵マリスタザリアですら、マクゼルト級の動きをしてみせました。選任冒険者でも、苦労した事でしょう。


「後処理くれぇなら出来たろうが、静観して正解だろ」

「変に手を出して、敵と認識されては国作りに支障が出ます」


 カルメさんの邪魔にならなくて良かったです。ただでさえ、町の傍で戦って不安だったのです。その上、北部の問題を解決しようとしてくれているカルメさんまで標的になっていたら……。


「……」


 ライゼさんが申し訳なさそうにしていました。敵側としての当事者だけに、居た堪れないのでしょう。後、もう疲れきっているようです。


「ライゼルトさん、どうぞ横になってください」

「ん。問題な……いや、すまない。お言葉に甘えさせていただく」


 カルメさんに目礼にてお礼を伝えます。流石に、病み上がりですからね……。むしろ良く動けた方だと驚愕するばかりです。



「カルメさん。私達は、お礼を言わなければいけないのです」

「デぃモヌの代わりに、北部を纏め上げる。それは理想的です。北部には強い指導者が求められていると感じましたから」


 教祖では、駄目です。昔の、人を只救いたいと思っていた教祖ならまだしも……今の、悦に入っている教祖では駄目です。


「丸投げになりますけれど……」

「いえ。わらわも打算で動いているので」


 北部を導いてくれています。そこに、匿って欲しいという打算が付属していると私は考えます。だってカルメさんからは、国民に対しての情を感じます。打算だけで動いている人に、ここまでの準備が出来るでしょうか。


 カルメさんの構想は、明確な道筋が出来ています。


 国という形を取れば、税金を徴収出来るでしょう。税を使えば傭兵を国兵として雇えます。町単体で考えるよりずっと、楽です。


 大金を出せば助けて貰えるとはいえ、傭兵ビジネスでは何れ限界が来ます。だから一刻も早くデぃモヌ関係は解決したかった。そんな時にカルメさんの国作りを聞く事が出来たのです。感謝以外の言葉が、出てきません。


「何より、まだ何も出来ていないので」


 何も出来ていないなんて事はありません。聞かせてもらった国の構想と進んでいる計画は、数ヶ月では出来なかったでしょう。カルメさんの国構想、これは……昔の、点在していた時から考えて居たのではないでしょうか。その過程で、地図が出来上がったのです。


 カルメさんが家出して、カルラさんが王国に入る準備を終えるまで、一年はかかったはずです。先程の話……国内戦争を踏まえた場合、カルラさんが自分の領地を放って来るはずがありません。隣国に攻め入られないように、皇女や隣国の皇候補者達と協議を重ねた事でしょう。


 その間カルメさんは……北部の為に尽くしてくれていたはずです。教祖とは別の道で王国を憂い、町の人々を纏め上げこの国を創ったのです。何も出来てないという事はないのです。既にやってくれています。


 しかし……何も出来てないと思っているカルメさんの為に、私達も出来る事をしましょう。



ブクマありがとうございます!

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