『マデブル』爺④
「立ち話もなんですから、どうぞこちらへ」
そんなに長話は、と思いましたけれど、色々と話を聞きたいのも事実です。
「俺は外に居るぞ」
子供に怖がられている事を気にしてしまったのか、見張りをしたいのか、レイメイさんは外に残るようです。気にさせた本人なので、一緒に来るようにと余り強く勧められませんね。
「俺も外に居るかな。ツェッツ、修行見てやる」
「ああ」
「修行!」
男の子が修行という言葉に反応しました。この世界の英雄譚では、剣と魔法という物はありません。魔法を駆使して敵を倒すのです。敵は大抵マリスタザリアです。魔法の修行をする描写はあるのですけど、殆どはマリスタザリアをいかに爽快な倒し方をしたか、という描写に力を入れています。児童書というよりは娯楽本なのです。何かを伝える本ではありません。
でも男の子は、修行という言葉が好きみたいですね。
「あんさん等も来るか」
「うん!」
「おいおい……」
レイメイさんはいかにも邪魔といった表情をしています。邪魔は邪魔でも、怪我しないようにという配慮を含んだ邪魔、ですけどね。ライゼさんが監督官をするのです。大丈夫ですよ。
施設内は、孤立しているとは思えない程綺麗でした。物も充実していますし、子供達の栄養状態も悪くありません。しかしそれはあくまで、孤立しているという前提で考えた場合です。
「何で、こんなにも離れた場所で孤児院をしているのですか?」
「マデブルには、立ち寄りましたか」
「爺ちゃん。この人達偉いのかー?」
「巫女ってお姫様って意味なの?」
子供達が困惑してしまっています。
「ケヴィンさん。子供達が困惑しているので、どうかいつも通りでお願いします」
「し、しかし……」
「私達は”巫女”ですけれど、偉い訳ではありません。何より、子供達の為に尽力しているケヴィンさんを尊敬しております。どうか畏まらずに」
「私も敬語じゃなくて良いでス。子供達と然程変わらない年齢ですシ」
「む、ムウ……」
マデブルの近くに住んでいますけれど、共和国の方だからでしょうか。私達を敬ってくれています。嬉しくもあり、懐かしいムズ痒さもあります。ですが私達も同様に、子供達に無償の愛を捧げるケヴぃンさんを尊敬しているのです。
「わ、分かりました……ですが、共和国籍のわしがレティシア様に……」
「気にしなくて良いですヨ。今の私は王国の選任冒険者のシーアって事でどうでス」
「逆に気を使ってしまいそうですが……分かりました。尽力しましょう」
エルさんからの支援を断ったそうですけど、もしかしたら……こうやって畏まりすぎて断ったのでしょうか。
「なぁー、爺ちゃん」
「ム。この国に必要な人物じゃ。お前達は運が良いぞ。まず会えないからのぉ」
「やっぱりお姫様よ!」
「必要って言うんだから勇者だよ!」
シーアさんはお姫様ですし、私達も一応、勇者? なのでしょうか。間違ってはないような? いえ、やっぱり……間違えてます、よね。
「ケヴぃンさんは、私達の事を何処まで?」
「王国の新聞は取り寄せておりましての。ある事件を解決するために旅に出たという事は知っておりますわい。まさか北に来ているとは思いませんでしたがの」
王都の新聞にどんな事が書かれているのかは気になりますけど、王都の物なら悪い事は書かれていません。
「それと、こちらも」
「うン? って、これは……」
「何か見たことあるね」
「私達の手配書です。全く似てはいませんけれど」
「共和国の新聞です」
元老院は共和国中に、新聞でばらまいたようですね。ノイスだけに先行配信されたようです。これから王国にもばら撒かれるのでしょうけど、手遅れです。殆どの町を回ってしまったのですから。
「相も変わらず元老院は、レティシア様の邪魔をしているようですな」
「女王陛下も軟禁状態らしいです」
「このような新聞が出る時点で、もしやと思っておりましたが……」
エルさんも心配です。傷つけられる事はないでしょうけど……。
「共和国の事は一先ず置いておきましょウ。お姉ちゃんは無事ですからネ。それに直に分かりまス」
カルラさんが共和国に向っているはずです。とりあえず、無事かどうかは判明するはず。その時までに今判明している町を調べきりたいところです。
「っと、この孤児院がここにある理由でしたな」
「マデブルが関係しているようですけど、不仲なのと関係があるのでしょうか」
「はい。彼等はディモヌを妄信する余り、色々と無茶をしておりましてな。この子達の親も、その例外ではありませんでな」
ここでもまた、デぃモヌによる弊害があるようです。親も例外ではないという事は……もしかしたら、お金を集めるために命を……。
「ディモヌの守りは確かに必要なんじゃろうが、金の亡者にしか見えんでな。ディモヌに頼らぬようにしております」
それは正しいと私は思います。金の亡者なのは一部の信徒ですけど、暴走している事に変わりはありません。
「しかし、マリスタザリアは人の気持ちなど酌んでくれません」
「多少無理な金額でも、自衛には必要かと……」
「ご安心を。意地を通したのは最初だけでしてな。漸く区画整理が済んだと、カルメ様から連絡が来たばかりですわい」
「……え?」
何か考えがあるのでしょう。問題ないという言葉に力がありました。でもその言葉を理解するより先に、気になる言葉が聞こえました。
「この先に名無しの国があるのじゃが、そこの領主様ですわい。カルメ様こそ、今の北部に必要なお方。ディモヌの支配も長くは続きますまい」
やっぱり、言ってます。
「カルメ様とはもしヤ、皇国の方ですカ」
「ええ。皇国から来たと言っておりましたのう。やんごとないお方なのは間違いありませんの」
やんごとない、カルメ様……。
「隠れ住んでると……」
「国を創っていたなんて、思いませんでした……」
「カルラさんの妹なら納得出来てしまいますネ。破天荒すぎますガ」
どれ程の期間王国に居たのか、カルラさんから詳しく聞き忘れました。しかし、何十年も経っていないと思います。だって妹なら、十三歳とか、十二歳……なのに、国を創れているんですか……?
「お知り合いでしたか」
「いえ。ただ、私達の探し人です」
頭を抑えてしまいます。もっと静かに、王国内で潜んでいるのだと思いました。皇国の何かが嫌で出て行ったらしいカルメさんは、王国で静かに暮らしているのだと……。しかしどうでしょう。国を創り、デぃモヌなんていらないと言わせるほどの国力を持っている、と。
「では、その国の保護下に入るのですね?」
「うむ。流れの子育て爺が信条でしたが、そうも言ってられん。キールのように、近場に保護してくれる町があればよろしいのですが、ディモヌの所為で町は余裕がないようでしてな」
キー、ル……。そしてオルデク。どうやらケヴぃンさんはキールの事を知っているようです。オルデクで起きた事までは、知らないようですけど……。
(オルデクでの事件は、言わない方が良さそう)
(責任を感じてしまうでしょうね……。オルデクがあったから、更に厳しい環境となっている北部に居を構えたはずですから……)
オルデクで起きた痛ましい事件は、知らない方が良いかもしれません。ケヴぃンさんのやった事が間違いだったなんて思えません。愚直に伝える事だけが、優しさとはなりません。
「国内の拡張に成功したようでして、もうじき迎えが来るはず」
「失礼。ケヴィン老」
「おお。これは親衛隊の方々」
「カルメ様より伝令です。本日転居されよとの事」
「分かりました。準備を始めるとしましょう」
タイミングよく、名無しの国の人達が来たようです。しかし、どうやって入りましょう。デぃモヌ教祖は門前払いを受けたという話です。
「それと……」
親衛隊という方達が、私達を見ています。驚いた目で、まさかといった表情で。
「カルメ様より、皆様の招待状をお持ちいたしました」
「私達に……?」
手渡されたのは、紛れも無く私達への招待状です。
アリスさんが受け取り、中身を読んでくれます。
「”巫女”ご一行様。ノイスでのご活躍、ご拝聞いたしました。此度の招待、数々の町での非礼を詫びるものであります。謝罪とご歓談をしたく思います。カルメ・デ=ルカグヤより、とあります」
カルメさんとデぃモヌが関係している訳ではありません。謝罪は必要ないのですけど……。メインは歓談でしょうか。興味を持った、とか?
「何で私達がここに居るって……」
「それも含めて、話す事が出来ますね」
「カルラさんとの約束もありますシ、招待にあずかりましょウ」
ノイスの一件から数日、私達がどこに居るか何て分かるはずが……しかもここは町ではなく、ケヴぃンさんの孤児院です。分かる、のでしょうか。
「では、我々の船についてきてください」
「分かりました」
「ケヴぃンさん手伝います」
「巫女様方にそんな……いえ、感謝します」
とりあえず今は、ケヴぃンさんの引越しを手伝いましょう。子供達を早く安全な場所に連れて行かなければいけません。ケヴぃンさんもそれが分かっているから、私達に「そんな事」と言いかけてやめています。
「お前達。カルメ様の所に行くぞ」
「はーい」
「カルメ様にまた会えるかな?」
「挨拶には行きたいと思っているがのぉ」
カルラさんとの約束を果たす事が出来そうです。しかし、どういった経緯で国を創る事に? カルラさんはカルメさんに気をつけるように言ってましたけど、関係があるのでしょうか。確かめに行きましょう。