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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
50日目、お爺さんなのです
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『マデブル』爺③



 甲板に戻り、刀に血を与えにいきます。私とアリスさんの、想いの結晶にするんです。


(リツカお姉さんが、巫女さんの腕を抱いて科を。巫女さんはいつも通りですけど、リツカお姉さんが、何でしょう……少し違いますね。乙女というか何というか。とりあえずメモしておきましょう)

(目のやり場に困る…………アンネは、無茶してねぇだろうか。傍に居てやりてぇが……もう少し待っとってくれ)

(場所を選ばなくなってきやがったな。いつ死ぬか分からねぇからか――チッ……今まで自分勝手にやってきたろうが。何を、一回会ったくれぇで心配してやがる。俺にそんな権利、ねぇだろ)


 アリスさんに塗ってもらう為に、私が刀を持ちます。抜き身の刀は余り持たせたくありません。しかし……昨日私が倒れた後に刀を納めたのはアリスさんです。不覚。納刀する事すら出来ずに意識を手放すとは……。


「これを使え」

「いいえ」


 ライゼさんが刷毛を差し出しました。けれどアリスさんは受け取らず、魔力を込めながら、指で血を塗ってくれています。


「仕上げは俺がしてやる。戦いで落ちんようにせんとな」


 戦闘技術のないゴホルフ相手に傷を付けられてしまった私です。ライゼさんとマクゼルトから修行をつけられたであろう幹部相手だと、血を流すでしょう。戦闘中ならば血を刀に与える事は可能ですけど……。


「ン」

「どうしたチビ」

「いエ」

(塗る前のリツカお姉さんの血に、巫女さんの魔力色が見えたような)


 両側に塗ってもらい、ライゼさんが仕上げのコーティングを施しました。後は私が試すだけです。アリスさんが完成させてくれた想いの結晶。この”強化”は、アリスさんへと捧げます。


「すぅー……私の強き(【マモ)想いを抱き、(フォルテス】)力に変えよ(・オルイグナス)!」

「ア」

「馬鹿娘……」

(”強化”じゃねぇのか)


 通ります。通ります! やった、再現出来ました! 追い詰められた際の馬鹿力ではありません。自分の意志で出来ました!


「アリスさん出来」

「リッカさま」

「うん?」

「ただの”強化”」

「……あっ」

「という、約束でしたよね?」


 アリスさんが私の肩に手を置き、ニコリと微笑みました。私を威圧する、笑みです。勢い余って”抱擁強化”をしてしまいました。アリスさんの想いを受けた刀に、私の想いを思いっきり捧げたかったのです。


「ご、ごご……ごめん」

「……”強化”は、通ったのですよね?」

「うん、うん!」

「でしたら、魔法を解いて一呼吸入れてください」

「うんっ」


 何度も頷き、言われた通り魔法を解き深呼吸をします。”抱擁強化”の通った刀はまさに、あの時の輝きをしていました。真っ赤に染まった刀です。ただ……これは私の願望なのかもしれませんけれど、薄っすらと白い魔力もあったような? ただ、アリスさんが私の血に魔力を込めてくれたので……その余韻かもしれません。


(やっぱり、巫女さんの魔力が見えましたね。一体どういう事でしょう。巫女さんのアン・ギルィ・トァ・マシュもほんのりピンクでしたよね。”巫女”として成長するとそうなるのでしょうか)


 私の魔力ではない赤が、刀に薄っすらと走っています。一度体外に出てしまったというのに、こんなにも近く感じる。今度こそ本当に――私に斬れない物なんて……ない。



 アリスさんに、じっと見られています。ほんわかとした物でも、ドキドキするような物でもありません。冷や汗が出てしまう視線です。


「これから船を降りますけれど、分かっていますね?」

「はい……」


 正座で受け入れます。勢い余ってしまったとはいえ、約束を破った罰です。


(頭が上がらんのは変わらんか)

「次は俺も下りるぞ。少しは体が動くか見ときてぇ」

「レイメイさん。ライゼさんの護衛をお願いできますか」

「ああ」

「シーアさんも、二手に別れる時はライゼさん側に居てくれるかな」

「お任せ下さイ」


 戦力的には、これで五分五分のはずです。


「言っておくが、歩くだけだぞ」

「ああ。頼む」

「初日にこんな無茶して良いんですカ」

「ライゼさんは体が鈍る事を気にしているようですから」

「医者代わりとしては、止めたいところですけれど……早く戦力となってもらうには、体の感覚を取り戻していただくしかありません」


 無茶はさせられません。でも、ライゼさんがやる気を出しているのです。止めるのが優しさではなく、フォローするのが優しさ。戦いはまださせられませんけど、散歩くらいはしたいはずです。私もそうでしたから。


 予定地である町外れに着きました。集落か村かあるのかと思いましたけど、大きな家が一件です。老人が一人で残りは子供という状況と、家や庭の遊具のファンシーさ、少し離れたここにも聞こえる子供達の楽しげな声。


「もしかして」

「はい。孤児院のようです」


 マデブルの女性が言っていたように、子供達は楽しそうです。私達に友好的かは別にして、誘拐という訳では……いえ、行方不明と言っていましたけど、無理やり連れて行った可能性が無い訳ではありません。子供が喜んでいるとはいえ、犯罪行為ではあります。話を聞くべきでしょう。


「……」

「シーアさん?」

「まさかとは思いましたけド」


 シーアさんがトテトテと船室に戻り、一つの人形を持ってきました。ノイスで見せてもらったフラン爺、だったと思います。


「あれ、その印……」


 人形に刻印されているマークと、孤児院の入り口にあるマークが一緒です。というよりどこかで見たような……。


「この印はペルティエ家の紋でス。この刻印が許されている物は一つの例外もなく、女王公認でス」


 シーアさんが取り出したのは、王家の紋がされている首飾りです。そうでした、その紋と一緒です。


「真似している可能性もありますけド、孤児院って事を考えたら本物かもしれませン」

「この国に居るかもって話だったけど、ここに居たんだ」


 シーアさんも会ってみたいと言ってましたね。私も会ってみたいと思っていましたけれど、フラン爺という男性ならば話を聞く必要はありませんね。悪い人であるはずがありません。


「女王からの栄転話を断りはしましたけド、印をつける許可だけは貰ってたようですネ。女王公認となれば孤児院として認められやすいでス」

「印の事を知らずとも、この孤児院を襲えば共和国へと攻撃したのと同義という事ですね」

「でス。子供を守る為の印でス」


 頑固者では、あるかもしれませんね。ただ、子供達への想いは一入です。


「それでは降りましょうカ」

「フラン爺てなぁ、何だ」

「無償で孤児院活動してる爺らしいぞ」

「ほう。殊勝な爺さんも居たもんだな」


 先ずは挨拶をしましょう。”巫女”と名乗った方が良いでしょうか。エルさん公認なら名乗るべきですか、ね。



 近づくと、殊更子供達の声が大きく聞こえてきます。元気の良い声ばかりですし、気力も充実しています。マデブルの人は疎んでいましたけど、支援とかはあるのでしょうか。


「ごめんくださイ」

「わっ……爺ちゃん! 綺麗なお客さん達!」

「んー? 何じゃ」


 遊んでいた子供達が、お爺さんを呼んでくれます。


「お姉さん達は誰?」

「私達は王都から来たんだよー」

「おうと?」

「南、向こう側にずっと行った先にある、大きな街だよ。私達はもうちょっとこっち側に用事があって旅をしてるの」


 子供達は好奇心旺盛です。多くを知り、学び、経験する事は大切です。そして子供の質問に最大限答える事が大人の役目。

 

「そうなんだ。お姉さん達って、お姫様?」

「ん? 違うよ。冒険者……えっと――」

「もしや、巫女様か……?」


 子供達とは違う、年老いた声が聞こえました。お爺さんがやってきたようですけど、私達の姿を見てすぐに巫女と気付いたみたいですね……。


「おお……ご安心下さい。私はディモヌを信奉しておりません。アルツィア様を奉じております。お会いできて光栄です……巫女様、赤の巫女様。それにそちらは……何と、レティシア様では……?」


 ゆったりとしていたお爺さんは、私達を認めるとかっちりと姿勢を正し頭を下げました。私がデぃモヌの一件で警戒していると見せると、自らの立場を述べてくれました。


「初めましテ。レティシア・エム・クラフトで間違いありませン」

「私達も、”巫女”で間違いありません。アルレスィア・ソレ・クレイドルです」

「六花立花。赤の、巫女です」


 こうやって堂々と名乗れるのが、こんなにも嬉しい。ただの森通行証は今や私の誇りなのです。


「爺ちゃん知ってるのか?」

「知っとるも何も……そうじゃったな。お前達には話さねばな。しかし今は待って欲しい」

「分かった!」

「お爺ちゃん引っ張りすぎー」

「早く教えてよー」

「待て待て。人生で一度あるかないかのご拝謁なんじゃ」


 マリスタザリアが跋扈する世で、町にも属さずに孤立したこの場所で住んでいるのに、この笑顔。本当の幸せがここにあります。


「自己紹介が遅れました。ケヴィン・オージェです。そちらの方達は……」

「ライゼルト・レイメイ。しがない剣士だ」

「ウィンツェッツ」

「英雄ライゼルト、生きていたのですか」

「ああ、知っとったか。辛うじて生き伸びとる」


 子供にとって体の大きい相手というだけで警戒対象です。その上強面。子供達は各々、私達やお爺さんを盾にするように隠れています。


 その姿を見て、ライゼさんはすぐに笑顔を見せてくれましたけど、レイメイさんは周囲を見ていて気付いていません。昨日ゴホルフに襲われたばかりですし、警戒してくれて助かります。しかし……。


「レイメイさん、もうちょっとにこやかに出来ませんか」

「あ?」

「子供達が怖がってます」

「何で俺だけ」

「お前は顔が怖ぇ。なのに警戒なんかしとるからだ」

「何かとか言うんじゃねぇよ……。後、顔は生まれつきだ阿呆」


 警戒は私達が一応してますけど、多いに越した事はありません。でもやっぱり、子供達が怖がってますから。


「とりあえず、刀を置いて下さい」


 何でいつも、刀を肩に置いてるんですかね……。



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