『マデブル』爺②
マデブルは、住宅地ですね。この辺りにある町で、一番新しいのではないでしょうか。家がどれも新しいです。
一歩踏み入れようとすると、声をかけられました。
「お待ちなさい。ここに何の用ですか」
「私達は王国選任冒険者です。この町に、人探しに参りました」
「人探し……? 王都からこんなところまで……?」
声をかけてきた女性が困惑しています。
「異国の、黒髪の美少女です。見ていませんか」
「大雑把ね……。どれくらいの美少女ですか」
「一目見て負けを確信するくらいですヨ」
勝ち負け、というのは良く分かりませんけれど、一目見て「美少女だ」と思える容姿である事は間違いありません。
「見てません。もうよろしいでしょうか。許可のない者は入れないように命じられているものですから」
「そうですか……」
結構な広さがあります。感知だけはしておきたいのですけど……。
「……ダメ、ですか?」
「駄目です」
『感染者』が居ても、入れなければ意味がありません……。
「人探しならば、居ないと答えたはずですが」
「自分の目で一応確かめたいんですけド」
「……それでは、はっきりと申し上げます。私共は王国を信用していません。今更協力しろと言われましても、承服しかねます」
全く信用されていないどころか、完全に敵意をむき出しに……。
「どうしてもというのであれば、強制執行すれば良いのでは? 私共に止める術等ありませんので」
「いいえ。町内で調査をしようと思いましたけれど、ここで全て聞いておきます」
「はあ……何でしょう」
「誘拐・行方不明になった子供の有無、最近性格が変わった者の有無、化け物にどう対処しているのか教えてください」
中に入れない以上、ここで聞くしかありません。
「そんな事を聞いてどうするのでしょう」
「何も出来ない私達に残された、最後の役目です。これだけは完遂しなければ、私達でなくなってしまいます」
「……」
こんな事を言われても、分からないと思います。でもこれ以上伝える言葉を持たないのです。この町の人達にとってはとことん邪魔者である私達ですが……どうか、お願いします。
「行方不明は二人。性格が変わった人間なんてごろごろ居ますが、数日もしたらケロっとしています。化け物はディモヌ様の恩寵を受けているので問題ありません。これで満足ですか」
「行方不明とは、どういった状況ですか。もしかして、消えるように子供が居なくなったのですか?」
「いいえ。便宜上行方不明としていますが、連れ去った男は判明しています」
「では、すぐに解決を?」
「いいえ。孤児ですので、率先して連れ戻そうとは。連れ去った男性の下で幸せに過ごしているそうなので」
どういう、事でしょう。神隠しではないようですが……。
「その男性はどちらに」
「町外れです。もうよろしいですね。彼の事を話していると知られたら、私まで村八分にされてしまうので」
……その男性に会う事で、町の事も知れそうですね。悪い人ではなさそうです。誘拐ではなく行方不明、という形にしているという話です。この町では嫌われ者のようですし、逆に私達と話してくれるかもしれません。
「リッカさま。その男性の所に向いましょう」
「うん。町外れだっけ」
「詳しい場所を教えてくれなかったあの人が悪いのでス。迷った振りをして町の周りを回りましょウ」
「ありがとう。その時に感知するね」
一応感知はしておきます。もし浄化対象が居たら、そうですね……メルクの時と同様、人の目に映らないように打ち込んできましょう。
船に戻り、感知をしながら町を一周します。ついでに町外れの気配も探りました。教えて貰えた事に偽りはなく、名無しの国方面である西に気配を感じます。老人が一人、子供が十二人程です。
(悪意が無い事にも、驚かなくなってきたなぁ。私達を敵として視野に入れてるなら、悪意はあるだけあった方が良いもん……)
犯罪紛いな事をしなくて済みましたけど、結構突き刺さります、ね。力強い罵倒でした。全く期待されていないっていうのは、やはり悲しいです。
「悪意はないから、町外れの男性に会いに行こうか。真っ直ぐ西だよ」
「ああ」
「剣士娘ェ。ほら」
船が西に進路を向けた時、刀を投げ渡されました。核樹つきの刀を投げ渡すとは……。
「早速”強化”通してみましょうヨ」
シーアさんが気になっています。無機物に、私を”強化”する魔法が通る瞬間を間近で見たいのかもしれません。
「アリスさん。良い?」
「はい。ただの、”強化”であれば」
「うんっ」
刀に集中します。
「…………ん」
「リッカさま……?」
「ダメ……」
「え?」
髪じゃ、ダメみたいです。
「柄の血しか通せる気がしないよ……」
「何ぃ」
「ごめんなさい、ライゼさん。無駄になってしまいました」
せっかく調整して貰いましたけど、通りません。
「そりゃ構わんが、取っとくか」
「いえ、一応このままで……でも、何で髪じゃダメなんだろう……」
「血以外を感じない、のですね?」
「うん。汗もダメ……」
こうなると、血だけが特別となります。戦いの度に血を塗る必要が……。
「もっかい調整すっか。剣士娘、血寄こせ」
「ライゼさん」
「仕方ねぇだろ。溝に血を塗りこんで固めるっきゃねぇ」
「……しかし、リッカさまの血を……」
戦闘外で血を流すのは、流石の私でも嫌です。何より私の血は、半分以上アリスさんの物です。アリスさんが居なければとっくの昔に干からびていた事でしょう。だからこそ……流したくないし、自傷なんてしたくない。
「リッカさま……私は一つ、約束を違える事に、なります」
「ん……服の血、だね?」
「はい……っ」
昨日の服はまだ、血だらけです。もしかしたら作り直した方が良いかもしれない程にボロボロだったりするのです。もともと私が血だらけになっても大丈夫なようにと設計された物ですけど……。
「衣服から血を抽出するために、”拒絶”します」
「うん」
私の血を”拒絶”したくない。そう、エアラゲで言ってくれました。私の血は汚れではなく、戦いの証。だから”拒絶”して無かった事にはしたくない、と。
「私の為に、血を取り出して欲しいな」
「……はい。リッカさまの為ならば」
「約束を破ってなんかないよ? 取り出した私の血は、私の力になるから!」
無かった事にはなりません。ゴホルフとの戦いで得た力を、込めます。あの時灯った、私の想いと共に。抱きしめ、どこまでも高く、昇りたい。私はアリスさんの事が…………す……す……す……なんですから。
「よし。そんじゃ、あんさんがやれ」
「それは、私にやらせて貰えないでしょうか」
私はコクリと頷きました。自覚した心は、確信へと歩みを進めています。家族や椿に対して感じた物とは違う感情。それは多分、そうなのでしょう。気付いてしまった。心に押し留めるのに、苦労してしまいます。
私は多分この世界に居られない……だから、自覚してしまったこの気持ちはちゃんと自分の言葉で……全部終わった後、伝えたいです。勢いだけで伝えたくない……っ。今度は絶対に勘違いじゃない、です。あ……何かちょっと、泣きそうです……。苦しい……。
(リッカさま……共に生きる道は、ないのでしょうか……)
「そんなに遠い所にありませんかラ、やるなら早めの方が良さそうでス」
「あ……うん。アリスさん、行こっか」
「……はい。リッカさま」
痛いのは嫌いです。でも私は、我慢出来る。痛みを制御出来ます。だからといってこの胸の痛みは……どんな大怪我よりも、痛く、疼く。
痛みの制御を諦め、別の事に没頭して……前に、進みます。
自室で血を、抽出しています。アリスさんと静かな空間に二人きり、その空間さえも、私には楽しいものでした。しかし……今はその静けさが、私をそわそわとさせてしまいます。もっと多く語りたい、もっと多く体温を感じていたい。なのに、行動出来ません。
「どうして」
「ん……」
「血液だけ、大丈夫なのでしょう」
「私の、”強化”は……アリスさんを守りたいって想いから出来てるけど、それが関係してるのかな」
私の根源はそうです。強くなりたいのは、アリスさんを守りたいから。それが関係しているはずです。
「リッカさまは、血の中に私を……感じる、のでしたね」
「うん。今でも感じてる」
アリスさんの手を取り、胸の鼓動を感じて貰います。先程までの落ち着きのなさが嘘の様に、今は嬉しそうに跳ねている鼓動です。
聞かれるのが恥ずかしかったはずです。でも今は、もっと私を感じて欲しい。
「リッカさまの、鼓動……」
「ん……」
アリスの空いている手が私の腰を抱き寄せ、体が触れ合います。二重奏だった鼓動は、まるで独奏となったかのように溶け合います。
「私を、感じてくれているのですね」
「うん……いつも、感じてる……」
目が潤む。頬が赤くなり、喜悦に綻ぶ。口角は上がり、私の腕もアリスさんを抱き締めます。
「私を感じてくれているから、”強化”が通る、のでしょうか」
「そう、かも?」
「でしたらもっと、私を感じていただけるよう……私が気持ちを込めて」
「アリスさん……」
ぎゅうっと抱き締められ、抱き締め返し、本当に一つになるんじゃないかと思える程に、強く……抱きしめ合いました。血が抽出されるまでの間、ずっと。
でも……前と違って、満たされない……。もっと深く、アリスさんを……っ。