『マデブル』爺
「良いんだな。俺がベッドで良いんだな?」
船に帰ると、まだ言い争っていました。もう、就寝前に二人共落として部屋に投げ入れてしまいましょうか。
「怪我人のお師匠さんがベッドに決まってるでしょウ」
「こう言ってるぞ。良いのか」
「ああ……もう、どうでも良い」
今見せたライゼさんの反応で、凡そ分かりました。レイメイさんが拗らせているようです。
「ライゼさんがベッド、レイメイさんが床です。部屋はありませんし、怪我人のライゼさんを床や外なんてありえません。その話は終わりにして下さい」
「……ああ」
「分かった。もうこの町は良いんか」
「はい。次のマデブルではレイメイさん、ライゼさんのリハビリに付き合って下さい」
「何で俺が……」
「体格差の問題です。私達では支えになれません」
「……しかたねぇな」
レイメイさんをその気にさせるには、有無を言わせない理由を用意すれば良い様です。教科書でしか知りませんけど、これが反抗期ですか。早くに訪れ未だに続いている長い長い反抗期です。
「町を巡って浄化しとるのは分かるが、何か他にあんのか」
「カルメさん……皇国の皇姫様を探しています」
「皇姫……?」
ライゼさんには伝えていませんでしたね。移動中に伝えておきます。
「カルラさんという、皇姫様と親しくなりまして」
「カルラさんはカルメさんという妹君を探してこの国に来ました。私達は、その手伝いを買って出たのです」
「カルメさんは寒い所が好きらしいので、北を回っている私達は各町で聞き込みをしてるんです」
大雑把に説明するとこうでしょうか。本当はシーアさんが凄く気に入られているとか、色々と伝えたい事があるのですけど、それはまた今度です。
「見つけてどうすんだ?」
「カルラさんに伝えて、迎えに来てもらいます。伝言紙は貰っているので」
共和国にも寄ると言っていたので、その時に連絡出来れば届くはずです。ノイスで起きていたノイズが気になりますけど、大落窪が関係しているのなら共和国側は問題ないはずです。
「では、シーアさん。お願いします」
「はイ。次はマデブルでス」
この町から頂いた任務も、現状では果たせません。浄化も必要なく、カルメさんも居ません。岩山の感知はマデブルに向かい際に見る事が出来るので、私の方で感知しておきます。
「もう次か」
「はい。きついですか? 足を止めてでも、ライゼさんの休養に当てても良いですよ」
「ぬかせ。お前等ガキ共に遅れを取れるかよ」
本音と煽り、五対五でした。ライゼさんという戦力を蔑ろにしてまで急ぐつもりはありません。先を見据えれば、片腕とはいえライゼさんが戦えるのと戦えないのとでは大きく違いが出るからです。
だから、ライゼさんの容体に障るのであれば一旦休憩を入れることも厭いません。かといって、移動を止めたくないのも事実。ライゼさんには申し訳ありませんが、せめてマデブルまで行きたいです。
「レイメイさん。ライゼさんの看病お願いします」
「何で俺が……チッ……もう寝ろや。クソ親父」
「俺をお前と一緒にすんな。決まった時間にしか寝らんぞ」
「ジジイかよ」
「ジジイはむしろ寝まくりだ。つまりお前だ馬鹿」
「気にしてんじゃねぇか」
シーアさんですら食べない親子喧嘩を背景に、出航します。魔道線は時間がある時に設置するそうです。夜くらいしか時間はないでしょうし、私も手伝いましょう。気になります。船に魔道線を設置するとして、どの機能を強化させるのでしょう。ミラーは大事ですよね。事故防止に必要です。
と、後のことを考えすぎですね。また出来なかったと後悔する事になります。しかし……友好的な町でした。
「マデブルの事聞いておけば良かったかな」
「ディモヌの事を考えると、丸の町と三角の町は交流をしそうにないですから……知らなかったかもしれません」
「その可能性はありますネ」
ここ周辺は良くも悪くもデぃモヌが中心です。交流があるかどうかさえも。信仰度マークが丸の所は、デぃモヌから色々と教えてもらっているはずです。布教しなければいけませんから。だからきっとマデブルは、近場の三角マークであるグラハの布教を任されているはずです。
全く知らないという事はないでしょうけど、交流があるとまでは言えそうにないですね。
「何だ。丸とか三角とか」
「実は……」
ライゼさんにデぃモヌの事を説明します。教徒の中には”巫女”を嫌っている者が居るという事。デぃモヌの実態。私達との関係性等です。
「イェルクが関係しとるとはな。逆恨みも甚だしいが、魔王が北西に居るんなら理由は簡単だな」
「はい。マリスタザリアです」
町がいくつも壊滅させられたと、ズーガンで聞きました。デぃモヌに対して恨み言など、言えるはずもありません。詐欺は別ですけど、宗教の形としては非常に整っています。詐欺は別ですけど……!
「デぃモヌの事は良いのです。丸印が入った町では静かに迅速に、巫女である事を隠し通す必要があります」
否応無く、ゴホルフの言葉が脳裏を過ぎります。「お疲れだったでしょう。自分を曲げるのは。だからせめて他を守りたいとお考えになりませんでしたかねぇ」でしたか。その通りです。
疲れたわけではありませんけど、悔しかった……! ”巫女”ってだけで人助けを制限される事が……それを利用されて、ゴホルフに踏み躙られた事が……。
(私達は”巫女”。でも、前に進む為に……っ! 自分を曲げるって、何でこんなに……)
「剣士娘」
「はい」
少し考え事をしすぎてしまったようです。敵の言う事に惑わされる必要はありません。
「刀貸せ」
「え」
「ツェッツが見とったらしいが、確かめてやる」
ゴホルフとの戦いで無茶をさせてしまいましたし、見てもらった方が良さそうです。剣も見てもらいましょう。完全に投擲武器になっていますし、ライゼさんの馬鹿力を受けたので傷んでいるはずです。
「ほら。よこせ」
「はい」
アリスさん経由で渡します。
(まだそうやってんのか)
整備って片手で出来るんですかね。そういった私の疑問は常に覆ります。魔法により整備するらしいですね。
「核樹ってのはすげぇな。傷みが全くねぇ」
「そうでしょうとも」
核樹は凄いんです。
「多少汚れがあるみてぇだが、洗っとくか」
「あ、待って下さい」
「汚れではありません」
「あん? いや、どうみても血痕――」
「汚れではありません」
「お、おう」
アリスさんに威圧されて、ライゼさんが訂正しました。私はそれを言いたかった訳では……いえ、嬉しいのですし、殆ど同じ意味かもしれません。
「私のアン・ギルィ・トァ・マシュと”抱擁強化”を刀に通すには、私の一部が必要なんです」
刀は私の想いの結晶。そんな事を言っていても、刀は刀です。どうしても、私を強くする為の”強化”は通りません。通すには、私の一部を介して纏わせるしかないのです。
「刀身にも血をつけておきたいんですけど……」
「……」
自傷はダメです。アリスさんに怒られてしまいます。ならば、他の方法を考えないと……。
「どれくれぇ付いてりゃ良いんだ」
「全体が理想ですけど、一部でもあれば……想像しやすいと思うんです」
「そんじゃ、刀身に入った溝に髪でも埋め込むか」
髪、ですか。やってみる価値はあるかもしれません。”強化”を通せるようにならないとこの先やっていけそうにありません。”光”の魔法も強化出来れば良いのですけど……。
「そんじゃ、髪を数本抜け」
「リッカさま。私が」
「うん。お願い」
念のため二、三本抜いて貰いました。これで刀身の溝を埋められるはずです。
「……」
「どうした。早めに確認しときてぇだろ」
アリスさんがじっと私の髪を見ています。
「リ、リッカさまの方から、お願いします」
「うん? 分かったよ」
(あんさんもか……)
ライゼさんに髪を渡し、早速取り掛かってもらいます。”強化”が通るか確認したいです。
「溝を埋めるぞ。少しでも軽くするために入れとったが、良いな」
「はい」
血とは違って、目に見える物ではありません。イメージ修行の為に、早めに慣れておきたいです。重量にもその時に慣れます。
「ン?」
「雨、ですか?」
寒いから雪に変わると思ったのですけど、ダメそうですね。そんなに寒くはないのでしょうか。
「ツェッツ。道具運んでくれ」
「チビ。代わりにやれ」
「私は舵から手が離せないんですけどネ」
「船内に居ろと言ってんだ」
「それならそうと言ってくれませんかネ。突然優しくしないで下さイ。気持ち悪イ」
「それが礼になると思ってんのか」
風邪を引いて困るのは二人共なのですけど、どちらかは運転をしなければいけません。
「じゃあ、コート持ってきますから」
「コートとかねぇぞ」
「え」
そういえば、持ってないっていってたような。これからもっと寒くなるかもしれないんですから、ノイスで買っておいてくださいよ……。
「もうすぐにそこですかラ、サボリさんなら大丈夫でしょウ」
「阿呆だから、とか言うんじゃねぇだろうな」
「流石に卑屈すぎでハ」
「胸に手を当てて考えてみろや」
じゃれ合うのはその辺で。風邪を引きますよ。レイメイさん用の毛布を持っていったら、もう一度船内に戻ります。
「何を急に優しくなってるんですかネ」
「割と昔から、変な所で優しいような」
タオルで髪を押さえながら、マデブルでの活動準備を始めます。雨が降ってきてしまったので、レインコートを着ないと。
「ま、甘えとけ。体を冷やすなよ」
「はイ」
「俺は作業を続ける。剣だけでいけるか」
「ただのマリスタザリアなら、何とか」
戦闘技術は上がっています。ただの”強化”も、内から発動すれば効果は上がります。幹部は無理でも、ただのマリスタザリアならば遅れは取りません。
刀がないのは不安ですけど、強くなるためです。行きましょう。