二人のギルド生活
「まずは、準備をいたしましょう」
そういってアリスさんは薬屋にむかいます。
「アリスさん用の薬?」
回復魔法を自分にかけることはできません。自分自身に魔法をかけられるのは、私だけです。
そして私は、回復魔法の適性も低かったです。
それこそ、針で刺した程度の傷を治すのに一分以上かけてしまうほどに。
「はい。それと生命剤です」
「生命剤?」
生命剤。聞き覚えありませんね。栄養剤……? 口に手をあて思案します。
「私の怪我は、薬で応急手当します。生命剤は、魔力回復用の薬ですね」
応急手当ですませ、街の医者に見せるとのことです。そんなこと……させません。
「魔力回復用の薬、あるんだ」
「はい。これも補助程度ですが、ないよりはいいはずです」
魔力の消費は、階級が上であればあるほど少なくすみます。ですけど、魔力は無限ではないので。回復薬がいると。
備えあればー、だね。備えは大事です。でもあくまで、備えです。
「……アリスさん」
「はい、リッカさま」
「私の回復魔法は使い物にならなかったから……。だから守るよ。薬が必要ないように、絶対に」
アリスさんの手をとり、微笑みかけます。応急手当の必要がないように、アリスさんを傷つけないように――私の全てを賭けます。
「薬買うのは賛成だけど、前衛は任せて。一歩もアリスさんには近づけさせないから」
そのための、剣なのですから。
「――もちろん、安心しております。リッカさまなら、必ず守ってくださると」
「ですから、リッカさまも安心してください」
私の手に、アリスさんも手を重ね、その手を抱きしめるように胸の前に持って行きました。
「私も、リッカさまを守ります。そのための、盾です」
アリスさんと微笑みあいます。――――ここが、薬屋だと忘れて。
店員のぽかんとした顔を極力見ないようにしつつ、用事であった薬二種を買い、店を出ます。
つい、熱くなってしまいました。アリスさんが傷つくとこを想像してしまったからでしょう。
そんな想像は、現実にはしません。
「では、まずは外にいってみましょう。外の家畜がマリスタザリア化しているかもしれません」
少し顔を染めたままのアリスさんが提案します。
マリスタザリア化しても、すぐには人を襲えないように、対応できるように、家畜などは王都内にはいません。
全て国の敷地外に作るように厳命されています。
「わかった、いつでもいけるよ」
戦いの予感に、私は顔を引き締めました。
王都に来た際通った門を通ります。こちらは南門らしいです。その際、あれだけ私を疑っていた検問所の方が私たちに敬礼しています。そんな検問所の方に、アリスさんが質問をしました。
「本日は牧場のほうに人はいますか?」
検問官は少し疑問に感じていたようですけれど。
「はい。食肉加工が今日だったはずです。人がいつもより多かったと記憶しております」
快く応えてくれました。お礼を言ったのち、その場を離れます。
「悪意は、感じませんね」
「そうだね、でも……生まれるのは、一瞬だから」
アリスさんが目をとじ、気配を探っています。
馬の時の二体目は、悪意を感じると同時に私に攻撃をしかけてきました。そのズレはあまりにも短く、私が完全に油断していたら……。
「これから行く牧場は特に危険区域です」
「うん、悪意の連鎖によって……一気にマリスタザリア化するかもしれない」
アリスさんの緊張が増します。先ほど検問官に質問した理由は一つです。
一体生まれることで、人々の負の感情が爆発的に増え、更なるマリスタザリアを生み出します。
本来なら一つの場所に家畜を集めるべきではないのですけど、これだけ大きな国の牧場。必要数が違いすぎます。
「迅速に、避難誘導。そして一体目をどれだけ早く狩れるかだね」
人を遠ざけ、一体目を倒す。その姿を見て安心させ。連鎖をとめる。これしか、ありません。
「誘導は私が行います。守りを固めることで、安心感を与えることができるはずです」
盾の魔法、アリスさんの得意魔法、”拒絶”。
「ですから、リッカさま。どうか前だけに集中してください」
アリスさんの瞳に、力が灯ります。
「後ろは全て、私が守ります」
「……うん。よろしく、ね」
私が始めてみる、アリスさんの戦闘。その初戦――。
牧場に近づくにつれ、ホルスターンや、豚と思われる声が聞こえてきます。今はまだ、悪意を感じません。
「ん? お前たちは」
そこには、武器屋で私に絡んできた男がいました。
「観光か、お嬢ちゃん」
性懲りもなく、挑発してきます。しかし、まだ大人になりきれていない私は――。
「アリスさん、もっと奥いってみよう。ここからだと、もしものとき間に合わない」
無視をしました。
「巫女だかなんだか知らんが、それがどれほど偉いってんだ」
男が心底くだらなそうに、これ見よがしに肩を竦めました。この世界も一枚岩ではないようですね。どの世界にもならず者はいるようです。
「リッカさま、あちらのほうに加工場があるようです。参りましょう」
アリスさんが笑顔で応えてくれます。少し、硬い笑顔でしたけど……それは私の怒りを感じ取ったからでしょう、ね。
「ハッ。ごっこ遊びしたけりゃ勝手にしな。ここが戦場にならねぇようせいぜい祈ってろ」
男はそう吐き捨て、私たちとは逆にいきました。向こうにも何か建物がありますね。注意しておいたほうがいいでしょう。
「あの人、なんであんなに挑発的なんだろ」
あまり気にしてませんし、この世界の人にそこまで会ったわけではありませんけれど、あの人は少し……凶暴すぎるような?
「……思い過ごしなら、いいのですが。しかし――」
「どうしたの? アリスさん」
焦っているようにも感じる、アリスさんの思案顔。それに私も、同調してしまいます。
「リッカさま。マリスタザリアは動物だけではないのを、覚えていますか?」
「うん。憑依、だっけ」
人間は姿をかえないけど、欲望に忠実になる――。
「もしかして、あの人……」
私は振り向き、さっきの男に目を向けます。
「でも、悪意を感じなかったよ」
ホルスターンの時もそうでしたけれど、私もアリスさんも感じ取れました。でもあの人は……。
「人間憑依のマリスタザリアを見るのは初めてですから、わかりませんけれど……」
アリスさんは悩んでいるようです。でも、確信に満ちた目で告げました。
「人間は少なからず、最初から悪意をもっております。だから……私たちでは、マリスタザリアかどうかを、判別できないのではないでしょうか」
私たちは、悪意を感じ取っています。マリスタザリアを感じ取っているわけではありません。
「私たちは、あの人が怒りやすい、挑発的と理解はできるし、悪意も感じ取れるけど。それがマリスタザリア化しているからだとは、わからない?」
動物に悪意などありません。人を襲ったり動物同士で争うのは、戦損本能による自然の摂理。悪意を持って人を貶めるのは、人間だけです。
しかし、人間は負の感情を誰もが持っています、何しろ悪意は元々、人間から生まれるのですから。つまり、人間から感じる悪意がマリスタザリア化までいってるかどうか、私達にはわからないのです。
もしそうだと、困ります。人間への対策が困難に……。
「もしかしたら、本当にただ怒りやすいだけの方なのかもしれません」
でも……。とアリスさんが心配そうに迷います。だから――。
「アリスさん、私はあの人に”光”を打ち込むよ」
根付いてからでは、遅い。殺さないと、いけなくなる……っ。
「ただの、怒りやすい人なら、それで怒られて終わり。マリスタザリアなら、治せる。今なら、まだ――!」
私は選びます。 反転し、あの男性を殴りにいこうとします。物騒とは思いますが、私は”光”の魔法を手と木刀にしか付与できませんから。
しかし、私の後ろ――元から行こうとしていた方から悪意が、発生しました。