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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
50日目、お爺さんなのです
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『グラハ』より遠く④



「ライゼさん、元気だったね」


 今にも歩き出しそうなくらいでした。私もライゼさんみたいにしっかりしてたら、アリスさんの心配も少しはやわらげられるのに……。 


「……ライゼさんはどうやら、二十日も意識がなかったと思っていません。意識はなくとも、体は活動していたようです。恐らく、魔王の拠点で何かさせられていたのでしょう」

「それで、元気なんだ……」


 先の戦いの為に動くようにさせられた訳ではないと、アリスさんは診断したようです。二十日間もの間、ライゼさん自身の体が活動していた痕跡があったのでしょう。だから意識が戻っても、とりあえずは元気な姿でいられるという事みたいです。私とは、状況が違いますね。


「何かって……?」

「戦争でマクゼルトと戦った傷と、私達と戦った際の傷以外にも、細かい傷がありました。何度もつけられた物で、切傷と打撲が主です」

「それって……っ」

「はい、戦った傷です。ライゼさんは誰かと戦わされていたようですね……」

 

 切傷に打撲……もしかしたら、盗賊を殺した者と同じ……。技術を高めていた……? ライゼさんとマクゼルトによって鍛えられた幹部が、居るという事になります。剣術はライゼさん。体術はマクゼルト、ですか……。考えるのも馬鹿らしくなってしまうくらい、強敵です。


「戦う相手として使うために、最低限の治療を施していたのでしょう」

「……それでも、そのお陰で……回復が早いんだよ、ね?」

「そうなります。翌日に起きるとは、私も思いませんでしたけれど……」


 マクゼルトが手加減していたとはいえ、あの大きな傷です。こんなにも早くに意識を取り戻すとは、アリスさんでも驚きのようです。でもそれは、アリスさんの”治癒”が良かったのだと思います。


 魔王達が施した治療なんて、本当に最低限だったはずです。そうでないと、時間稼ぎになりません。生きるか死ぬかの狭間でこそ、ゴホルフの計画が活きます。だからアリスさんの治癒が優れていたという証拠だと、私は思っています。


 そうです。間に合わせてくれたんです。あの状況下で、治療を素早く済ませ、ゴホルフにバレる事無く最高のタイミングで私を救ってくれたのです。


 避けるという選択肢が、ゴホルフには残されていました。なのに相打ち狙いをしたのは、アリスさんがまだ治療していて、支援出来ないと思ったから。絶好のタイミングでの介入は、ゴホルフの行動を止めただけでなく、斬りやすいように剥離までしてくれました。幹部の悪意を剥離させるなんて、並みの魔力では出来ません。


「今更で、改めてになるけど、ありがとう。アリスさん」


 私の中に、アリスさんを更に強く感じます。きっとまた、輸血してくれたのです。


 アリスさんは私達が戦う事を止めましたけど、アリスさんも万全ではありません。魔力の枯渇というのであれば、アリスさんもしています。血も、ギリギリまで抜いているでしょう。無茶をさせてしまいました。


「あれでは、ダメです」

「え?」


 神妙な面持ちで、アリスさんは首を横に振りました。思い詰めて、いるような……そんな表情、です。


「リッカさまは私の為に、強くなってくれました。今では、私と同じ魔法を持ち、最前線に立ち続けてくれています」


 それは、アリスさんが支えてくれるからです。ダメだなんて事――。


「だから、今度は私の番です」


 アリスさんが私の両手を握り、胸の前で組みました。誓いを示すように。


「待っていてください。リッカさま……。必ず、間に合わせます」


 必死な時の、アリスさんです。焦りすら滲ませて、目を潤ませて……。


「貴女さまを守るのは私です。その役目だけは、誰にも渡しません」


 いつも守って――いえ、この「誰にも」という言葉には、私の【アン・ギルィ・トァ・マシュ】も含まれているのかもしれません。私を守るのはアリスさん。アリスさんを守るのは私。これは、私達の想いです。


「――うん。待ってる」


 だから私は満面の笑みで、アリスさんの誓いを受けます。私を守ってくれるのはいつだってアリスさん。アリスさんの嫉妬心が、私の頬を綻ばせます。私の魔法にすら取られたくないのです。私は今少し、歯止めが利きそうにありません。


(焦って、いるのですね。私は……。何故私の”盾”は進化しないのでしょう……。治療と守りを両立すら出来ずに居て……っ! もしかして……想いが足りない……? 私の、リッカさまへの想いが……? そんなはず……っ)

 

 私がほやほやと宙に浮ぶほど喜んでいると、アリスさんはどんどん自分を追い詰めていました。強い、アリスさんの想いを感じます。でもそれこそ、ダメです。責任感の強いアリスさんならば仕方ないと思います。でも、苦しみになってはいけません。


「アリスさん」

「は、い?」

 

 私は、思わず、何故か解らないけれど……アリスさんの額に……唇を、当てました。そう、当てたのです。キ、キスでは、ないです。はい。まだ、違います。まだ?


「頑張れるゅ、お呪にゃい」


 ああ……っ! 私のお馬鹿! 何でそこで……っ!! もっと格好良くしなければ、意味がないのです……! これは、アリスさんを元気付ける為のモノなのです。だったら、格好つけて、「責任を感じる必要はないよ。一緒に歩く、でしょ?」くらい気の利いた台詞を……っ!


「……」

「……っ……」


 アリスさんが無言です。わ、私……何て事を……。これも全て、夢が……。い、いえ……夢を嘆いても、仕方ありません……。自分でやった事ですっ。


「あっアリス、さん?」

「…………」

「アリスさん?」


 無言というより、目を閉じて……あれ? これって……。


「アリスさん……?」

「はっ……頭が、完全に停止していたようです……」


 良かった……余りにも嫌だったから気を失ったのかと……。でも思考停止してしまうなんて、やっぱり、変だったでしょうか。いくら仲が良くても、こんな事普通しませんよね……。謎の覚悟が揺らいでいます。こ、言葉が出てきません。


「凄く、嬉しい事が起きたような……」

「え、えっと……うん。ほ、埃がねっ!」

「埃、ですか?」


 声が裏返ってしまいます。後悔しても遅いですけど、何て事をしてしまったのでしょう。先走りというか、尚早というか……あ、あわわっ! 今度は私の頭が止まりそうですっ。


「あ、あう……」

「リ……リッカさま、あのっ!」

「ひゃいっ」


 アリスさんの両手が今度は、私の肩を掴みました。アリスさんの目は、火がついたように燃えています。


 な、何を言われて……って……。


「こっちに気付いとらんぞ」

「重要な部分を見逃したようですけド、これはこれデ」

「良いからさっさと飯作るように言えよ」

「馬鹿息子め」

「あ゛?」

「あ、ちょっト」


 危なかった。どうやらあれは見られていないようです。船の中ではどうしても、聞き耳があります。自分達の部屋でしなかった私達が悪いのですけど、機会を逸したような……。いつも邪魔をされます。邪魔……そうです。今回は、邪魔が入った、と言ってしまいます。


「ライゼさん」

「……どうした。巫女っ子」

「実はブフォルムで良い物を手に入れたのです。そちらで流動食を作って差し上げましょう」

「……そうか。頼む」

「ええ。体に良いのですよ」

 

 良薬口に苦し。早く良くなって貰う為に私も手伝います。薬剤師ではありませんけど、漢方はそれなりに知っています。お祖母さんが漢方好きだったのです。


「シーアさん」

「はイ……」

「ご飯三杯減らされるのと、小鉢三品減らされるの、どちらが嫌ですか」

(こういう時は、逆を言うべきですね)

「ご飯三杯が嫌でス」

「そうですか。では、小鉢を減らしましょう」

「それハ、同じ物が減るんでス?」

「いいえ。三品です」

「裏を、読みすぎましタ……」


 シーアさんも摂生した方が良いでしょう。エネルギーは必要分入れて良いと思いますけど、脂質や糖分、塩分は過剰摂取してはいけません。若い頃の無茶は、歳を取ると来る。これもお祖母さんの教えです。


「レイメイさん」

「あ? 俺は関係――」

「食事が出来るまで、外の警戒をお願いします」

「ああ。そういう」

「もちろん、あちらを抱えてです」

「あちら……? ってお前……そりゃ無理だろ……」

「連帯責任です」

「……クソ親父にチビ、覚えてろよ」


 レイメイさんは……いえ、ご飯欲しさに急かしていました。鍛錬の一環として、ノイスで貰った謎の家具を持って外の見回りに行ってもらいましょう。


 ライゼさんを捕らえる時、私の技を使ったそうです。それを今後も活かすなら、もっと鍛えないといけません。私と違って恵まれた体格なのです。護身術程度で終わらせるには勿体無い。



 三人が罰を言い渡されている間、何とか落ち着けました。落ち着いてみれば、そうですね……残念、です。前まではほっとしていたはずの心が、落胆一色なのです。私は、今の機会を逸した事に、落胆しています。


 次の機会は、逃したくありません。いつになるか……その時は格好良く出来るのか、分かりませんけど!


「リッカさま?」

「ひゃいっ!」

「……っ……私は、いつでも……」

「はぇ……? え、あ……ぅ、ん」


 アリスさんの言葉を理解しようとした頭が、沸騰してしまいました。アリスさんの胸に頭を預け、寄り添って調理場に向います。

 次……格好良く、出来るでしょうか……。


(無理、かも……)


 私、やっぱり弱いです……。



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