『グラハ』より遠く③
「お酒と年齢で思い出したんですけど」
「あんさんは呑むなよ」
「分かってます」
焼酎とか清酒になると、匂いだけでダメみたいですから。
「レイメイさんって拾われた時何歳だったんですか」
「四,五ヶ月は経っとったはずだが」
「あレ」
「舞踏会の際、ライゼさんはレイメイさんを叱っていたと記憶していますが」
そう、ですよね。実際の年齢だと、レイメイさんはその時に飲めてましたよね。気になっていたというよりは、ライゼさんが戻ってきて、丁度お酒の話が出たから聞いてみようってだけなのです。
「ってか、レイメイって何だ」
だから話題が変わっても問題なかったりします。レイメイさんにとっては、その限りではないでしょうけど。
「ウぃンツぇッツって今なら少しは言えますけど、発音で弄られるのでレイメイさんと呼んでます」
「私は混乱が起きないようにリッカさまに合わせています」
「ちなみに私はサボリと呼んでまス。戦争後少しサボリ癖が発覚したのデ」
そういえば、ライゼさんが居た時は兄弟子さん呼びでしたね。
「おい……剣士娘、お前……」
「言いたい事は分かりますけど、それ以上は許しません。もう一度深い眠りに案内しましょうか」
「……何でもねぇ」
ライゼさんが突然顔を真っ青に……アリスさんが小声で何かを伝えてましたけど、関係があるのでしょうか。
「阿呆親父が……」
そう言いつつ、レイメイさんの眉間に皺がありませんし、頬が緩んでいます。
「嬉しそうですネ」
「はあ!? 違……っておいライゼ! 舞踏会ん時俺の頭叩いて酒止めてたが、あん時から飲めたんじゃねぇか!」
なんて解りやすい、照れ隠しでしょう。私でもそこまで酷い照れ隠しはしません。
「俺が拾ってから数えとるんだから仕方ねぇだろ。王都の戸籍もそっちで登録しとるだろが」
「いつしたんだよ!?」
「お前がしとらんかったから俺が代わりにしたんだよ」
確かライゼさんとの再会は、レイメイさんのギルド登録後だったはずなので……戸籍なしで選任に? ライゼさんの息子とアンネさんは知っていたそうですから、融通を利かせたのでしょうか。そうじゃないと、船の免許取れませんしね。
それにしても、レイメイさんの中に嬉しさと共に安堵が見えます。気にしてましたもんね。
「レイメイさんも、男一人旅じゃなくなって良かったですね」
「……」
あんなに、男は俺だけと気にしていました。苦労もあるだろうと理解もしています。でもこれからはライゼさんが一緒ですから。
「何だ。そんな事気にしとったんか」
「うっせぇ。オルデク以外で、俺がどんな目で見られたか分かってんのか」
「想像には難くねぇが――って、オルデクだと? お前まさか」
「変な想像してんじゃねぇ。ってか、お前に関係ねぇだろ!」
「あ? いや、トゥリアに寄ったんかって話なんだが」
「……」
「恥ずかしい人ですネ」
「うっせぇ。もう何も言わねぇ」
レイメイさんが、離れた所に無造作に座りました。何か気に触ってしまったようです。男が二人になったところで、肩身の狭さというのは変わらないものなのでしょうか。もっとこちらで気をつけるべきですかね?
「そんで、寄ったんか?」
「トゥリアでマクゼルトと交戦しました」
「何……?」
ライゼさんには、しっかりと伝えるべきですね。トぅリア、マクゼルトと無関係な部分が一つもありません。
「引き分け、ですけど……マクゼルトは重傷です。ライゼさんの治療痕から考えるに、腕の良い”治癒”持ちは居ません。完治には時間がかかります」
「本当に……強くなったな」
「……強い、だけでは……」
トぅリアもまた、失態続きでした。ただ強いだけでは意味がなく、圧倒的な力が必要と思いました。マクゼルトと引き分けなければ……防げたかもしれません。
「もう一つ、言い辛い事ではるのですけど……」
「……言ってくれ」
「トゥリアは、一人を残して……虐殺されました」
「……そうか。馬鹿親父がやったんか」
「はい」
予想していたより、ライゼさんは落ち着いています。
「一人ってのは」
「それは、私から詳しく話しておきまス。この様子なら朝食もご一緒できるでしょうシ、お二人にはご飯を作ってきてもらいまス」
少々強引に、シーアさんが話を切りました。シーアさんにとっても、トぅリアには因縁があります。屈辱と共に、です。
「相変わらずの食事量なんか」
「最近増えてまス。巫女さんの料理どんどんおいしくなって困りまス」
「ほう。そりゃ楽しみ」
「ライゼさんは流動食です」
「何ぃ……?」
トぅリアの事は気になっているようですけど、とりあえずは和気藹々としていたライゼさんの顔が曇りました。
「まだ完治とは言えません。治療をもう少し続けなければいけません」
「酒も、駄目なんか」
「当然です」
(レイメイさんが酒飲みなのって、ライゼさんの影響なんじゃ。あ、でも……一緒に居た時はライゼさんもまだ未成年だった)
絶望といえる程に落ち込んだライゼさんが、「俺の楽しみが……」と呟きながら俯いています。体に障りますから、お酒はダメです。二十日も魔王達に囚われて、体中ボロボロで、良いように利用されたというのに……お酒が飲めない今の方が落ち込んでいるのはどういう……。
はぁ……とりあえずシーアさんの言うとおり、アリスさんと私は調理場へ向います。ライゼさんが元気なのは解りましたし、旅について来てくれるのも判りました。なので食事にしましょう。目覚めたばかりでキツイかもしれませんけど、今日中に名無しの国まで行きたいので、頑張って下さい。
元々二人には、切が良い所で部屋を後にしてもらうつもりだった。レティシアがこれから話すことは、二人には余り聞かせたくないから。
「……」
「気になってるんじゃないですカ」
「あん?」
「担当」
「……!」
アンネリスの話は、二人が居ない場所でする方が良い。二人というより、アルレスィアか。
「それト、トゥリアで何があったのカ」
「歯切れが悪かったのは気になるが……」
「トゥリアの話は簡単でス。私とサボリさんが人質に取られましタ」
「簡単な旅にはならんと思っとったが、人質だと?」
レティシアがライゼルトに説明していく。その所為でリツカに、大きな負担を負わせてしまった事を、悔しさと不甲斐なさを滲ませ語る。その後の事起きた事、リツカが自責の念に囚われている事も話している。
「分かっている事は少ないですけド、マクゼルトはトゥリアの人々に恨みがあったのではないカ、というのが私達の考えでス」
「何か知らねぇか」
「村の連中の願いも聞いとったし、特別仲が悪いようには……いや、親父は普通だったが、村長達は遠慮しとったな」
「遠慮ですカ。後ろめたい感じでしタ?」
「あん時は気にせんかったが、今思えばそうだったかもしれん」
ライゼルトの中に、沸々と疑問が湧き上がって来る。
「いくらでけぇ音だしたりするからって、あんなに遠くに家を建て替える必要もねぇ。もしかしたら、俺が気付かんかっただけで、親父もなんか……?」
「数日で出来た恨みデ、あんな事にはなりませン。その頃から確執があったはずでス」
「確執か。思い当たるのはそうだな……やっぱ、お袋か?」
「お師匠さんのお母さんは確カ」
「ああ、俺が小せぇ時に先にな」
ライゼルトは思い出そうとしている。元気そうだが、まだまだ本調子には程遠い。頭痛が起きているのか、目頭を押さえている。
「小せぇ頃は良くお袋の話を聞かされとったんだが、ある時から話さなくなった。てっきり俺が寂しがるからとか、そんな理由と思っとったが……」
「その出来事ト、マクゼルトが武術を編み出そうとした時期は重なりますカ」
「ああ、大体そんくらいだっ、た……おい、まさか」
レティシアの質問の意図に気付いたライゼルトは、鋭くレティシアを見る。常人であれば怯んで話せなくなりそうだが、レティシアは続けた。
「最初から復讐も考えていた可能性もありますネ」
「おい……ライゼが言ってた人物像から離れるぞ」
「息子相手に復讐の為って言う訳ないでしょウ」
ウィンツェッツの疑問をレティシアは斬って捨てる。ライゼルトは、思い起こしている。美化されていた物ではなく、真実の記憶を。マクゼルトの剣筋に、恨みは篭っていなかったか。剣術を編み出そうとしている姿に、鬼気迫るものが見えなかったか、と。
「ただお師匠さんが聞いた言葉モ、満更嘘ではないと思うんですけどネ」
「俺もそれは、信じとる。だが……トゥリアの事を考えると、な」
ライゼルトも、納得出来る部分を思い出してしまったようだ。
「……恨みがあったからってよ。俺等がやる事が変わるのか?」
「いいエ」
「再会した時から、情なんざねぇ」
ウィンツェッツの言いたい事は分かっている。
「俺ももう一回、会う必要が出てきたってだけだ」
「戦えるのか」
「馬鹿ぬかせ。片手でもお前より強ぇぞ」
「はあ!? お前を捕まえたのは俺だぞ!」
「そうなんか?」
ウィンツェッツの成長が嬉しいのか、ライゼルトは笑みを浮かべて確認を取っている。
「そうですネ。操られて弱くなっていたお師匠さんを捕まえたのはサボリさんでス」
「弱くなっとったってよ」
「力も速度も上がってたろうが」
「自分で言ったんじゃないですカ。操られる前の方が強かったろうが馬鹿親父っテ」
「……」
「ほう」
レティシアはしっかりと聞いていた。ウィンツェッツはただ、つい気が荒ぶり口走ってしまっただけなのだが、苦々しい顔で頭をガシガシと掻いている。ライゼルトのニヤけた顔が余計に気恥ずかしさを生んでいた。
「ついでに言えバ、リツカお姉さんがお師匠さんの足に剣刺した後ですシ」
「ほう! 成長したなぁ剣士娘。俺は嬉しく思うぞ。カカカッ!」
「刺された奴の反応か? それ」
ライゼルトは本当に嬉しそうに笑っている。リツカが手加減を誤れば足が落ちていたというのに、ここまで豪快に笑っているライゼルトをウィンツェッツは呆れた目で見ている。
「敵として現れた以上仕方ねぇだろ。殺されても文句言えねぇ状況で助けてもらってんだ。感謝しかねぇよ」
ライゼルトにはまだ詳細を話していない。それでもリツカがライゼルトに剣を突き立て、ウィンツェッツが捕らえたという言葉だけで、自身が迷惑をかけてしまった事は容易に想像できた。怪我らしい怪我はマクゼルトに落とされた腕くらいだ。
上々だった。命があるというだけで、ライゼルトは感謝している。
(また、会えるんだもんなぁ)
「それでハ、お待ちかねのアンネさんですけどネ。今日も王都で働いてると思いますヨ」
「……そうか」
余りにもタイミングが良すぎる話の切り替えに、ライゼルトはレティシアを恐る恐る見る。そこには、悪戯が成功したという顔で見ているレティシアが居た。
「まァ、お師匠さんが行方不明になった所為デ、リツカお姉さんを襲おうとしましたけド」
「……は?」
しっかりと立ち直り平和に過ごしてくれている。そう思って安堵したライゼルトの耳に入って来た言葉。それは余りにも予想外だった。
「赤ぇのの所為で戦争になったのは知ってるからな。その所為でライゼがやられたってな」
「……」
「巫女さんは当然ブチ切れてまス。リツカお姉さんも二日意識不明でしたからネ。そこを狙った訳ですから当然でス。私もちょっと怒ってまス」
自身の婚約者がやってしまった事だけに、ライゼルトは落ち込んでいる。アンネリスならば自分が死んでも前に進んでくれると思っていたし、そんな暴挙に出るとは思ってなかったのだ。
「まァ。お師匠さんが帰って来たのデ、解決するでしょウ」
「……そうか、そこでも迷惑かけちまったのか」
「そこはアンネさんがこんなにもお師匠さんを愛しているって喜ぶべきでハ」
「……相変わらず、マセた馬鹿娘三号だ」
どんなに気丈に振る舞い、昔と変わらない姿を見せようとも……やはり、動揺と無念さを感じていた。操られていたとはいえ、刃を向けてきた相手にも関わらず、巫女達はライゼルトを仲間として再び迎え入れてくれた。
涙は見せない。それだけは、男の意地なのだろう。しかし、その優しさと温かさに、ライゼルトは笑みを浮かべたのだった。
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