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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
49日目、私の、なのです
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”抱擁”⑪



 再び罪を犯すと宣言するこの男が、何故出所出来ているのか。それは、この男が元とはいえ貴族であり、大金を諸々の者達に握らせたからだ。減刑を繰り返し、今まさに世へと解き放たれようとしている。


「同じ、人間とは思えんな」

 また悪夢が繰り返される。次捕まるのは何時になるだろうか。憲兵にいくら握らせたかによるだろう。ウドは歯軋りする。本当にこのままで良いのか? 独断で追跡魔法でもかけた方が良いのではないか? 監視を付け、隔離施設に――。


「そうですね。先生もそう言うと思いますよ」

「先生だと?」

 急に出てきた先生という人物の話。久しぶりに外の空気を吸ったからだろう。気分が高揚しているイオニアスは上機嫌に話す。ウドは耐え難い屈辱感を押さえ込み、話を聞く。


「もう何十年も前ですか。私がまだ無垢な子であった頃」

「お前が?」

「無垢を知るからこそ、無垢な子を穢したいと思うんですよ」

(そんなはずあるか……クソ……ッ)

「そんな私でも一度は、世界の為にと勉学に励んでいた時があるんですよ」

 生まれながらの悪。そうでなければあんな事は出来ないと、ウドは経験上知っている。

(歪んだのではない。目覚めたのだ)


「先生は常に先を見据える方でしてね。この国の問題点を挙げ、解決法を何十と考えたりしてました」

 ウドの苛立ちなど構わず、イオニアスは先生という人物を褒め称える。


「様々な法や施設を考えてましてね。私は特に可愛がられましたよ。何しろ貴族ですのでね。将来舵取りをする事になったら、この事を思い出して欲しいと」

(子供の時は真面目だったという話を信じれば、そういった政治的な話ではないだろう)


 苛立ち続けても意味はないと、イオニアスの話に集中する。その話から、イオニアスについて何か解るかもしれない。解れば、更生も――。

(ないな。解ったくらいで更生出来たら苦労はない)


 イオニアスには何も期待していない。逮捕の際も、裁判の時も、投獄された時も、常にウドはイオニアスを見ていた。その時と今……何も変わっていない。イオニアスは今でも、欲している。幼子を。


「どんな物だったか思い出せませんがね。何しろ途中で先生は捕まったので」

「何?」

 大仰に肩を竦める。残念そうには見えない。少なからず敬愛しているように感じたが、先生という人物が捕まった事に一切の感情が見えない。


「王国転覆を狙った反逆者とね。実際過激な物も多かったと、大人達が言ってましたよ」

 危険分子として、先生とやらは捕まった。行った事といえば、現政権がいかに愚かなのかと、完璧な説明をしていた事くらいか。更にそれを止めるには革命しかなく、選挙や左遷程度ではどうにも出来ないとも言っていた。


「無垢であった私には衝撃的な光景でしたよ。尊敬していた先生が、大人の保身により連行されている。散々頼っていた私の領民達も見て見ぬ振りだ。あまつさえ、変人で、意味のわからない事を話す異常者扱い」


 久しぶりの自由な会話。漸く舌が回ってきたのだろう。ペラペラと話し始める。余程、会話に餓えていたのだろう。

 本来であれば、先生を思い、現政権への不信感を募らせたはずだ。言っていた事は正しかったと、正しき道に進む切欠になるはずだったのだ。


 しかし、イオニアスは違う。

「私は違う事を思ってました」

 雰囲気が変わった事に、ウドは気付いた。この事件がイオニアスが目覚めた切欠だと。


「敬愛する先生が連れされれているというのに、尊厳を傷つけられる先生を見て、私は何というか……興奮しましてね」

 初めて、ニヤケ面から表情が変わる。それはなんとも、醜悪な紅潮だった。


「その後大人になるまでもやもやと過ごしましたよ。あの時の感覚は何だったのか、と。実際に、その後も同じ場面に幾度か遭遇しました。その都度興奮する自分が居たのです。ただね、隠しましたよ。自分の性癖を」

 人の尊厳が傷つけられ、ボロ雑巾のように扱われる様。それが、イオニアスにとって至高の瞬間だと、愉しそうに話している。


「しかし……大人では満足出来なくなった。これがもし、正真正銘、純真無垢な幼い子であったらどうだったろうと考えたのは……自身の子が生まれた当たり」

「もういい」


 目覚めたのは恩師が逮捕された時。無様にも連行され、他者から蔑まれ、絶望に染まった姿を見た時、イオニアスの中で黒い物が滲み出した。それはじわじわと、しかし確実に、イオニアスを変えていった。それでも表立って見せる事はなかった。自分の一部として理解し、只管に隠していたという。しかし……結婚し、子が生まれ育った時……目覚めてしまった。


「もう処刑されているのか、まだ投獄されているのか、何をしているのでしょうねぇ。その姿はさぞ……クククッ」

 懐かしむ男の目に黒い物が宿っている。紛れも無い悪意だ。しかし、生まれた瞬間から魔王により吸収されていく。吸収され、更に生まれる。イオニアスは、人間の形をしたマリスタザリアといっても過言ではない。


「……」

「では、そろそろ帰ります。何れまたお会いするかもしれませんが――その時は少しばかり、お世話になりますよ」


 また捕まってもすぐに出て行く。その繰り返しだと醜悪な笑みを浮かべる。ウドはもう、我慢が出来ない。握り拳を作り、決意する。例え罪人になろうとも、この場で――。


「ウドさん」

 一人の看守がウドに声をかける。止めた訳ではない。何かを運んで来たようだ。少しずつ離れていくイオニアスに歯噛みしながら、ウドはそれを読み始めた。



「待て」

「何でしょう」

 負け惜しみでも言うのか? と、イオニアスは慇懃無礼に振り向く。


「巫女様達の提案で陛下に連絡をしてみたが、良い返事をもらえた」

「はあ」


 巫女? という疑問はあるが、すぐにでも帰り()()したいイオニアスは気の無い返事でウドを見る。そこには、いつもと同じ覇気で佇むウドが居た。


「お前の特例は取り消しだ。死ぬまで入っていてもらおうッ!!」

「そのような勝手が通る訳が」

「コルメンス陛下の印だ。財を全て差し押さえた上で、貴様の特権を全て剥奪する、とな」

 特権には、特例も含まれていた。


「捕らえろ。確実性を重視せよ」

 もはや只の罪人へと戻ったイオニアスに、手加減する必要はない。看守六名による拘束が開始された。余程鬱憤が堪っていたのだろう。本来してはいけないことなのだが、暴行が加えられていく。確実性を重視しろとはつまり――殺さない程度に痛めつけても良い、という事らしい。


「人の死は絶対。ならば人生、悔いを残さぬよう過ごせと先生は言っていたが――悔いを残さないなど無理でしょう。ゴホルフ先生」

 小さく呟いたイオニアスは、再び檻へと戻る。今度は一生出れない――最奥へと、閉じ込められた。




 ボフとグラハの間にて、マリスタザリアを全滅させた巫女一行は出発しようとしていた。


「リッカさま……」

 ベッドで横たわるリツカの額を撫でながら、アルレスィアは涙を零す。


「貴女さまはどんどん強くなる。でも、私は……」

 一向に成長しない”盾”の魔法。”光”と”拒絶”、”治癒”だけでもリツカの助けになってはいるが……傷だらけのリツカを見ることしか出来ない日々が続いてしまった。アルレスィアにはそれが、耐えられない。

 

「私は貴女さまに、相応しいのでしょうか……」

 答えは帰って来ない。

「きっと貴女さまは、相応しいと言ってくれるでしょう」

 しかしリツカならばそう言うだろうと、確信している。


「でも……」

 それに甘える訳にはいかない。アルレスィアはリツカの想いを、聞いた。実際聞いた訳ではないが……リツカの唇は確かに、想いを紡いでくれた。


「リッカさま……私も、もっと……私の気持ちに、素直に……」

 アルレスィアの唇が、リツカの額に触れる。短く、本当に触れるだけのものであったが……アルレスィアは一歩前に、進む決意をした。


「たったこれだけの、触れ合いでも……」

 カタカタと震え、アルレスィアは涙を流して微笑む。

「魔王を斃せたら、今度はちゃんと……目を見て……」

 アルレスィアも覚悟を決める。どんなに……思う所があろうとも、しっかりと向き合うと。 


「貴女さまも……次は、まどろみの中ではなく……」

 もしかしたら、覚えていないかもしれない。何度目かの死の足音を聞き、想いが溢れてしまっただけなのかもしれない。


「私は貴女さまを――お慕い、申し上げて……おります」

 それでもアルレスィアは……はっきりと、告げた。

 


 お互い、お互いの耳には届かなかった告白。しかし、確実に……蕾が生じた。花が咲くのはまだかかりそうだが……。強い幸福感が、アルレスィアを満たしていく。常に想っていた。しかし実際に言葉に出すだけで……こんなにも、溢れてくる。そして、物足りないと、感じてしまうのだ。


(もっと先に……でもそれは、貴女さまと、共に……)

 今はこの触れ合いが、アルレスィアにとっての……精一杯だった。



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