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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
49日目、私の、なのです
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”抱擁”⑧



 ゴホルフは堪らず、大きく前転し離れる。この戦いにおいて、ゴホルフがここまで大きく動いたのは、これが初めての事だった。


(何が起きているのですか……? 弾いて尚、私に傷を……? ありえません……ッ)


 リツカは追撃せずに、優雅に構える。あえて追撃を加えない事で、今起きた事態が偶然ではないと見せ付けている。


(いつもよりずっと速い活歩でした……。体内で練り上げて、発露するという過程を全て取り除いているとしか思えません。なによりあの翼の魔力を噴出させ、推進力としている、のでしょうか……まるで、リッカさまが言っていたロケットブースターです……っ)


 今のリツカは、魔力を練るという過程を()()()()()()()()。それが【アン・ギルィ・トァ・マシュ】による効果なのかは解らない。しかし、リツカの翼はリツカの速度を更に加速させている。


 視線誘導も”疾風”も必要ない。ただ強く地面を蹴るだけでリツカは――ゴホルフの視界から消えて見せた。


(ゴホルフの攻撃が当たったように見えましたけド、違いますネ。あの光が見えましタ。魔力砲デ、弾いたように見えましたけド……)

「大丈夫、なんですよね……?」


 レティシアは心配顔を浮かべる。魔力砲とは人間の生命力たる魔力を直接打ち込む技術。負担が大きすぎる。今のリツカが行えば、死すら――。


「翼の魔力がその役目を果たしています。魔力の塊ですけど……今のリッカさまにかかればそれは、魔力砲になりえます」


 翼が魔力砲の如く攻撃を弾いている。小さい爆発が起きたと錯覚するほどの衝撃を生みながらも、リツカへの負担はない。


「もはや、魔法ですね」

「もちろんです。あの翼こそが……リッカさまのアン・ギルィ・トァ・マシュです」


 翼に使われている魔力は、リツカの【アン・ギルィ・トァ・マシュ】により力強く抱擁されている。薄い白の魔力が、リツカの魔力を決して離さない。

 

(では、攻撃が通った理由は……一体……? 刀が赤く見えるんですけど、それが関係してるんです……?)


 二人以外には、血に塗れた刀だ。しかしその実、刀は赤光を纏い煌々と光り輝いている。


「……血液」

「え?」

「無機物である刀にリッカさまの”強化”を通すために、血を使っているようです……っ」


 己に強さを与える”強化”を刀へと通す。その為に血を使っている。その考えに思い至ったアルレスィアは、リツカの進化に喜んでいた表情を一変させた。


「きっと、リッカさまの一部であれば何でも良いのです。それが”リッカさま”であれば、”抱擁”が働きます……!」


 自身であれば通る。その考えと、今までの戦いで起きた現象により、リツカの想いは血液を介し刀へと――文字通り込められる。


 苦痛と悲嘆に染められた表情で、アルレスィアはリツカを見詰めていた。



 背の傷は、そこまで深くない。出血も止まり、傷口すら無くなっている。それでも、傷ついたという現実にゴホルフは冷や汗を流している。


(魔王様からのお墨付きを貰ったはず……。私の防御を突破出来るのは、マクゼルトの打撃のみだと……!)


 メルクにてリツカが魔王と戦った時の事だ。魔王の欠片に全力の一撃を加えたリツカだが、その全力を計られていた。ゴホルフの防御を突破する事は出来ないという結論が出ている。実際リツカも、ゴホルフに攻撃は通らないと歯噛みしていたのだ。


 しかし斬った。


「お強くなりましたねぇ」


 リツカはゴホルフと会話をする気がないようだ。青白い顔のまま、ゴホルフを見据えている。


「しかし、ご覧の通りです。この程度では傷とは呼べませんよ」

(私がただ硬いだけと思わない事です)


 ゴホルフの背の傷はもう塞がっている。完璧に、痕すらない。


「じゃあ」


 リツカがゴホルフの背から声を出す。


「―――――ッ!?」


 瞬き等していない。リツカをじっと観察していた。しかしゴホルフは、リツカが移動した事にすら気付けなかった。


「――深く、鋭く」

「ガッ……ッ」


 高速の回転斬り。回転ノコギリの如く火花を散らし、ゴホルフの背から熱い飛沫が吹き上がる。


(苛烈に凄絶に……っ!!)


 一度だけではない。六度、十度と寸分違わず同じ場所へと斬撃が加えられる。時間にして、痛みを感じたゴホルフが前のめりに倒れこむまでの一瞬だが、ゴホルフの背は深く斬られ、背骨が切断されかけていた。


(切断されようとも……私の命が尽きなければ治る!)


 超瞬間治癒ともいうべき力により、ゴホルフは再び立ち上がり、リツカから離れようとする。


(あれだけ斬って、動けるんだ)


 背骨を通る神経を斬った。しかしゴホルフは両脚で離れていっている。


(両断するしか、ないかな)


 心臓を止めるか、餓死させるか。ゴホルフを殺すにはそれしかない。


(実力差があることは分かっていました。その為の策……! それが、あのような……ッ)


 内心焦りを募らせながら、ゴホルフは冷静な思考を残していた。


(突然の強化や動きに騙されてはいけません。私が調べきった赤の巫女よりも明らかに、体の動きがおかしい。片腕である事も関係しているのでしょうが、フラついている。首ではなく背中を狙った事が証拠ではないでしょうか)


「――シッ!!」

「ガ、アッ――!!?」


 思考していた頭が一瞬で現実に戻される。まったく同じ箇所に、再びリツカの回転斬りが何度も、何度も見舞われる。マクゼルトの一撃を受けようとも張り付いていた笑みが剥がされていく。


(狙って背中を……? いいえ、私を殺すならば首を狙います。ならばこれは、自身がわざとそこを狙っていると見せ付けているのでは……? やはり赤の巫女は限界)


 止まった思考を戻す。リツカが限界と予想し、リツカの目を見る。


(本当に……限界なのでしょうか……?)


 そう思ってしまう程、リツカの目には力がある。魔力色が見えないゴホルフすら幻視する程の、赤い意志があるのだ。


(……っやっぱり、最期まで……いけない……っ)


 何度切り付けようとも、両断には至っていない。ゴホルフにはまだ余裕があり、傷口はすぐに塞がっている。


 ゴホルフの予想通り、リツカは限界だ。驚異的な精神力で意識を保ち、汗と荒い息を止めている。しかしもう、ゴホルフを両断するだけの力を、平地では出せない。


(飛ぶしか……!!)


 リツカが短く息を吐く。普段であれば、こんなに接近した状況でしない。それは隙だ。ゴホルフ程度では見抜けない物だが――タイミングが悪かった。


「――っリッカさま!!」

「っ!!」

「遅いですねぇッ!」


 アルレスィアの言葉で反応したリツカだが、鎖鎌がもう後頭部に当たる寸前まで――。


(どうしたのです……いいえ、今は)


 一向に血が見えず、倒れないリツカを不審に思うゴホルフ。しかしそこで止まらない。リツカへ忠告したアルレスィアはやはり厄介だ。


(一本しかないと、誰が言いましたかねぇ)


 透明化させた鎖鎌を音もなくアルレスィアへ差し向ける。


 アルレスィアの首を刎ねんと真っ直ぐに向かっている。一本しかないと思っている者が殆どの中で、透明化を受けた鎖鎌を避ける事など出来ない。


(仮に赤の巫女が止めに入り、巫女に当たらずとも……赤の巫女へ一撃を入れるくらいは出来るはずですねぇ――!!)

「アリスさんは、どんな時でも……感知対象」

「ッ!?」


 リツカがぼそりと呟くと同時に、透明化したはずの鎖鎌が()()()弾き落とされた。地面に刺さった鎖鎌の鎖をリツカは、糸を斬るかの如く無造作に断ち切る。


「何を、したんですかねぇ」

「……」

(まさか、最初の時も……先程の時も……()()で弾いたというのですか?)


 リツカは先程まで、限界の体を少しでも長く動かすために、精神的負荷を最小限にしていた。具体的にいえば、ゴホルフの動きとアルレスィアにだけ感知を割いていた。

 

 ゴホルフの操作で動いていた鎖鎌だが、アルレスィアには向いていなかった上に、ゴホルフの体からは挙動が読めない。自分への攻撃すら感知の外にしていたリツカにとって、鎖鎌は地獄への一撃だった。


 反応は出来たが、丁度息を吐き体が居着いてしまっていた。翼によるブーストも間に合わなかった。しかし――問題はない。


 翼の効果は、ブースターや魔力砲だけではない。


(あの動き……まさか、リッカさまを自動で守って……? 更に私まで……)


 アルレスィアの心臓が、キュッと締め付けられる。リツカを守る。その役目は……私の物なのに、と。あんな状態でも私を守る為の魔法まで……と――。


 しかしアルレスィアは少し感傷的になりすぎていた。リツカを案じながらも翼の効果に注目していたレティシアは、アルレスィアとは違う視点で見ている。


(リツカお姉さん自身と、巫女さんを守るんですかね。いえ、リツカお姉さんが感知内と言ってますから……リツカお姉さんが守りたいと想った人? つまり巫女さんですけどネ)


 アルレスィアと同じ考えではある。そこから更に、レティシアはこう思ったのだ。

(あの翼、何故か白い魔力が包んでます。白というより、白銀ですね。あの翼がリツカお姉さんを自動で守っているのなら、それって――巫女さんの想いなんじゃ?)


 他者の魔法に、想いを乗せる。そんな事出来るはずがないとレティシアはその考えを追い出す。


(少し二人の絆に当てられてしまってますね。でも――)


 お二人なら、ありえそう。レティシアは襲い来るマリスタザリアに広域無限爆破を発動しながら、戦いの終焉を感じていた。



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