”抱擁”⑥
「炎の檻よ、水の枷よ、我が呼かけに応え、押さえよ!風の刃、雷の針、我が敵の気勢を削ぎ落とせ!我が想いを受け荒れ狂え――!」
ウィンツェッツがライゼルトを捕らえた瞬間、レティシアが行える最高峰拘束が発動する。もちろん――ウィンツェッツごと。
「光の炎、光の刀、赤光を煌かせ! 私の魂、私の想い、私の愛を捧げる! フラス・フラス! 光をのみ込む光よ、私を照らせ。ルート・ルート! 白を包む赤よ、私と共に――強き想いを胸に抱いた英雄よ、顕現せよ! 私の想いを受け、私の敵を拒絶せよ! 【アン・ギルィ・トァ・マシュ】!!」
【アン・ギルィ・トァ・マシュ】にて、ライゼルトの魔法を吹き飛ばす。絶対の自信があるのはアルレスィアも同様だ。ゴホルフの魔法を一瞬にして消し飛ばす”光”の奔流が、ライゼルト一人に降り注いだ。
「――――ッ!!」
「後で謝りまス」
ライゼルトはまだ戦闘を続けようとしていた。ウィンツェッツが離れるのを待っていられない。
(捕まえられると信じて待ってたんでス。それで許して欲しいものですけどネ)
文句を言いたいという表情でレティシアを睨んでいるウィンツェッツを見て見ぬ振りをする。
「どうでス。サボリさン」
「ああ゛!?」
「お師匠さんハ」
「チッ……動いてねぇ。さっさと外せ」
ライゼルトに覆い被さるようになっているウィンツェッツは、心底嫌そうに呟く。
「治療を開始します」
「いエ。ここは私がするのデ」
「駄目です。シーアさんの”治癒”では間に合いません」
すぐにリツカの方に行きたいはずのアルレスィアだが、ライゼルトを助けるという約束を最後まで守る。アルレスィアの”治癒”でなければ、ライゼルトは助からない。
(これも計画ですか。解放出来たとしても、”治癒”による時間稼ぎも含んでいたと……!)
黙々と”治癒”を開始したアルレスィアを、レティシアが心配そうに見ている。涙目になっているアルレスィアが心配なのだ。
(少しでも力になりたいです)
「私はリツカお姉さんの方にいきまス」
「……っシーアさん、レイメイさん、構えてください。来ます」
「……っ!?」
リツカの手助けを邪魔するタイミングで……船の方から、大量のマリスタザリアが押し寄せてきた――。
「くぅ……っ」
投げナイフを投げきり、刀一本しか持たぬリツカは、大量に押し寄せるマリスタザリアに何もする事が出来ずにゴホルフを睨む。
「さぁ、大詰めですねぇ」
(”治癒”だけじゃない……その後まで……! それにあのマリスタザリア……マクゼルトと同じ動きを……っ)
用意周到。アルレスィアの【アン・ギルィ・トァ・マシュ】を使わせる事すら、予定通りだったのだろう。
力や速度は足りていないが、マリスタザリア達はマクゼルトの技術を持って襲い掛かってくる。ウィンツェッツは問題なく対応しているが、レティシアは何故か苦心している。リツカの動きを毎日見ているはずのレティシアは、何か試行錯誤をしていた。
「私達程、貴女達を警戒している者はいませんよ。連合も共和国の元老院も、貴女達という戦力を軽視しています。知っていますか。奴等は個人としてしか貴女達を見ていないのですよ」
ゴホルフは高らかに語りかける。その間も、鎖鎌による猛攻は止まらない。
「しかし私達は違います。我々の計画の妨げとなりえるのは貴女達だけだと思っている。ならば――こちらも全てを出し切らなければ失礼でしょう。赤の巫女が死ぬまでマリスタザリアは尽きません」
現に、影の中からマリスタザリアが生まれ続けている。この時の為だけに溜め込んでいたのだろう。
(感知外に……!)
リツカが感知していれば、アルレスィアの【アン・ギルィ・トァ・マシュ】は影の中も浄化したはずだ。それだけの魔力と”光”を込めた。しかし、ゴホルフはリツカの感知範囲を知っている。
「ここに来る前にボフへ行ったでしょう。何故わざわざ神父を”傀儡”にしたかわかりますか? ライゼルトの状態に気付かせる為ですよ。そうすれば貴女達は必死に助けようとすると思ったのです」
無駄を一切せずに、リツカとアルレスィアの分断の為だけに動いた。そう、ゴホルフは自身の苦労を語っていく。言葉の節々にリツカ達への敬意にも似た感情が含まれているが、それはリツカにとっては嘲りに他ならなかった。
「戦争の時から……何も、変わって……ない」
リツカがポツリと零す。弱弱しい声はリツカの心情を表している訳ではない。ただ単純に、リツカの体が弱っている。もう立っているのもやっとだ。
「もしやそれは、挑発ですか? 私はしっかりと貴女方が”そうなるように”物事を進めたのですよ。マクゼルトがやられたあの時から。全て吟味し、この作戦が最も効果的と確信したのです。お疲れだったでしょう。自分を曲げるのは。だからせめて他を守りたいとお考えになりませんでしたかねぇ?」
「……っ」
リツカの心情すらも、計算に含まれていた。ライゼルトを助けるというアンネリスとの約束くらいは守りたいという心情は、少なからずリツカにはあった。
「ライゼルトを貴女は諦めない。そう信じさせていただきました」
リツカが歯噛みする。アルレスィアを守っているレティシアとウィンツェッツは、強い憤りと共にマリスタザリアを殺していく。リツカが間違っているとは思えない。手の届く範囲で最善を尽くしたいと願ったリツカが、ゴホルフによって貶められている。
アルレスィアの表情は、前髪で見えない。しかしその手の甲に、雫が落ちるのを、誰も止める事が出来なかった。
「赤の巫女、貴女に残された道は一つです。自分一人で私を殺すしかないのですよ。後ろの方々はご安心下さい。こんな急造品で殺せるとは思っていません。貴女を殺して、放心した巫女から殺して上げます」
大笑いはしない。不敵な笑みではあるが、こちらを軽視していない。この状況でもなお、勝利に酔いしれない。ゴホルフの計画はまだ続いている。巫女二人を殺すまで、油断などしない。
(例え全員でかかって来ようとも私の体を両断する事は出来ません。赤の巫女が両手を使えたのなら、出来たでしょうが)
ゴホルフの目に映るリツカは、今にも膝をつき折れそうだ。しかし……何故か折れない。この力こそ、魔王が警戒する物だと、ゴホルフは目の当たりにしていた。
(また無力……)
斬れない相手。思い出されるのはあの時――。
――あきらめるの?
(また……貴女なの)
――こうげきとおらないね。
(あの時も、そうだった)
――じゃああきらめるの?
(私、諦めてるのかな)
――それをきいてるんだけど。
(諦めたく、ない)
『じゃあ、リツカはどうしたいのかな?』
再び幼い自分が現れ、問いかけてくる。そしてやはり――あの声が聞こえるのだ。
(私の血……いつもそうだった……)
折れる心を押し止め、リツカは自分の刀を見る。誰の血か判らないが、塗れている。いつも不思議な現象が起こるとき、リツカは血を流していた。
『きみはまだ”強く”なれる』
(なれる……強くなるには、纏うだけじゃ、駄目……”強化”とは私の中で起こる事象……!)
『私は言ったはずだよ。きみはあの子と同じだ、って』
(同じ……同じ……! 私は彼女を、抱き締めたいっ!)
『きみにとって彼女は、どんな子?』
(彼女……私をどこへでも、連れて行ってくれる子。彼女と一緒なら、どこまでも高く!!)
『じゃあ、”手放さないように”しっかりしないとね』
(そう……私の――”抱擁”でっ!!)
「道が一つなら」
か細い息を吐いていたはずのリツカが、はっきりと告げる。
「ッ……!?」
「簡単な、事だよね」
リツカはゴホルフを見る。その目には一切の曇りがない。今にも死にそうな少女が宿すはずのない、光が奥に見える。
(リッカさま……っ)
流れる涙のまま、アルレスィアは顔を上げる。雫が散り、アルレスィアの瞳にも光が宿る。
英雄は折れない。アルレスィアだけの英雄は今も――強い輝きを発している。
「……っ!!」
リツカが再び斬りかかる。”治癒”に集中しているアルレスィアの”盾”は消えてしまった。より一層、ゴホルフがアルレスィアを狙ってくる。
「爆裂よ……!!」
レティシアの魔法が鎖鎌を吹き飛ばす。
「リツカお姉さん……!」
マリスタザリアに対応しながら、レティシアもアルレスィアを守っている。マクゼルトの技術を持ったマリスタザリアを相手に、他に気を割くのは難しいはずだ。なのにレティシアは、自身が傷つく事になろうとも構わないと力強く頷く。「こちらは大丈夫だ」と。
(シーアさん……ありがとう……っ! 絶対に私が――終わらせる!!)
今度はゴホルフが歯噛みする。そのゴホルフに、リツカが斬撃を見舞った。
(……ッ!? 急に、力が……!)
今までのデータから、リツカの限界は計りきっている。なのに、落ちるどころか燃え上がる闘志に――ゴホルフは驚愕に目を見開く。キレは再び最高潮を向かえ、リツカの魔力と共に”強化”も力を上げていく。
(少し驚きましたが、私の肌に傷をつける事など――)
ゴホルフの体には掠り傷一つ付かない。唯一攻撃が通る関節部すら、ゴホルフの”硬質化”がかけられた薄い布が防ぐ。絶対防御。ゴホルフが本気で防げば、只人では攻撃を通す事が出来ない。
「私の想いに限界は……ない……!!」
只人なら、だ。
「光の炎、光の刀、白光を煌かせ! 私の魂、私の想い、私の愛を捧げる!」
リツカの魔力が大きな奔流となり、辺りを包み込む。世界が赤く染まる。