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六花立花巫女日記  作者: あんころもち
49日目、私の、なのです
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”抱擁”④



「まぁ、避けるのはおまけでしてね。貴女の対応力も調べているので判ります。貴女は次から全て当ててくるのでしょう。実際最後も避ける気だったんですよ。反応出来ませんでしたが」

(私のカウンターを避けるだけの身体能力はない。マクゼルトには遠く及ばない。でも……!)

「なので避けるのは諦めましょう」


 リツカの攻撃は通らない。渾身の攻撃は切傷一つ付けられなかったのだから。


(……斬れる場所は、ある。けど……だから、何?)


 刀の柄を握りながら、冷や汗を流す。手の感触は戻ってきた。渾身が通らずに痺れてしまったが、ゴホルフの長ったらしい演説の間に調整は済んだ。しかし、リツカは動かない。


(ゴホルフが、斬れる場所があるのを知らないはずがない。私の動きを完全に知っている事を見せ付けられた。フェイントも今のキレでは通じない。じゃあ、防がれる。弱点を守るだけで良いんだから)


 手詰まりだった。行動しなければいけないと思いながらも、リツカは動けないでいる。我武者羅にいけばこの目の前の敵は――。


(アリスさんが狙われてる。この人は私を攻略してる。私を相手しながらアリスさんを狙う事が出来る)


 敵と考えた時、リツカにとってゴホルフという男は……マクゼルトより強敵だ。


「……そう」

「はい?」

「都合が良いって、こういう事」


 リツカが無表情に、集中していく。アルレスィア側に意識を向け、状況を確認している。自力で対処出来ない以上、ライゼルト側の決着までアルレスィアを守りながら足止めするしかないのだ。


「ライゼさんを連れて来たのも、シーアさんを煽ったのも……私と分断……させるため、か」


 リツカの言葉に、ゴホルフは笑みを浮かべる。


「気付いたところで、何が出来るのですかな?」

「……」

「ライゼルトを連れて来た理由が判ったとして、さて……彼は本当にまだ、生きているのでしょうか」


 再びゴホルフが煽る。


「くどい。私はアリスさんを信じてる」

「そうですか」


 それならそれでも良いと、ゴホルフは鼻で笑う。挑発されても、リツカは動けない。歯噛みしながら、現状を打破しようと思考を巡らせていった。


 ライゼルトを見せれば、元に戻そうとするだろう。巫女一行でその可能性を持っているのはアルレスィアだ。アルレスィアとリツカは分かれる事になる。ライゼルトを相手している時に、ゴホルフの相手をリツカがしなければいけない。


 ウィンツェッツがゴホルフを相手取る事はない。ゴホルフに対してリツカは怒りを持っていた。自身で決着をつけようとしただろう。だからウィンツェッツは、親でもあるライゼルトの方に絶対に当てられる。そうなった際、邪魔になるのはレティシアだ。


「体表は硬いのですが、内部はまぁ、強いマリスタザリア程度ですよ」

(シーアさんの”爆裂”なら、内部から破壊を生めた……ダメージは与えられただろうし、体表に亀裂を入れる事も……)


 レティシアの存在だけは、ゴホルフにとっては不安要素だった。だから煽った。不信感を生み、リツカから離そうとした。


(煽る必要はありませんでしたがね。赤の巫女への信頼感から、巫女を守るために動いてくれましたからねぇ)


 かくして、リツカは孤立している。自然な流れで分かれたが、初めからゴホルフの作戦だったと言うのだ。


「では再開しましょうか。貴女を殺して、巫女も殺します。残念ながら、貴女達を生け捕りに出来るとは思ってませんので」

(残念、ながら?)

「しっかり守る事です。ほら、ライゼルトが押してきましたよ」

「……!」


 考える暇など与えられなかった。今まさに、ライゼルトがアルレスィアの”盾”を壊すために”雷”を落とし続けていたのだから。




(リッカさま……!)


 アルレスィアだけはリツカの状況が分かっていた。どんな状態であれ、今のリツカが苦戦するとは、アルレスィアですら思っていなかった。怪我はするだろう。もしかしたら、重傷を負うかもしれない。それでも負けだけはないと思っていた。


 なのに、傷一つ付けられずに場が膠着するとは思わなかった。


「クッ……」

「サボリさン上!」

「おい、どういう事だ……!!」


 向こうの方が断然気になるアルレスィアだが、その打開策はライゼルトを素早く救い出す事だと意識を切り替える。こちらはこちらで、状況が芳しくない。


「……」

「っ……!」


 表情を一切出さずに、ライゼルトは”疾風”で消える。そして出てくるなり”雷”がアルレスィアの”盾”に直撃する。


(……詠唱を、していないのですか?)


 詠唱を感じさせない技術を、ライゼルトは持っていた。小声で行動の中に織り交ぜる事で、詠唱していないようにする。アルレスィアやレティシアですら、まだその領域には達していない。長い経験による物だからだ。


 しかし今のライゼルトは、発声していない。


「おい! この阿呆……詠唱してねぇぞ……!」

「原理は解りませんが、ほぼ完璧な魔法が発現しています」

「リツカお姉さんと一緒と考えない方が良さそうですネ。威力が軽減されてませン。巫女さんは防御に集中をして下さイ。”雷”は私の”水”で受けきりまス」

「お願いします」


 魔法の詠唱がないという事の恐ろしさを、ウィンツェッツ達は味わっている。”疾風”で突然消えるのだ。モーションもなく、”雷”が落ちるし、刀に纏ってくる。


(赤ぇのの動きを見てなかったら危なかったな……ッ)


 ”疾風”だけは、全員対処出来ている。言ってしまえばリツカの活歩だ。それにライゼルトの動きをしているだけに、何とか食らいつく事が出来ている。


(早くリッカさまの方へ――っ!?)


 ウィンツェッツを相手取っていたはずのライゼルトが、アルレスィアの背後で刀を振りかぶっている。


(動きが速いですね……。機動力を削ごうにも、攻撃が当たらなくては……!)


 ”盾”に”雷”と斬撃が降り注ぐ、魔力を練るのを中断し、防御に徹する。しかし、全方位を守る盾はどうしても、薄くなってしまう。


「っ……」


 努めて冷静に、表情を変えずにしていたがアルレスィアだが、激しい攻撃に顔を歪めてしまう。見失ったライゼルトを見つけ、ウィンツェッツとレティシアが引き剥がしに向かい始めた頃にはもう――リツカが動いてしまっていた。



(機動力を削ぐくらいなら、出来る。ゴホルフは私に付いて来これてる訳じゃない。ライゼさんには悪いけど……!)


 震脚にて地面を抉り、ゴホルフの視界を奪う。自身からもゴホルフは見えなくなるが、問題はない。


 剣を取り出し、何時もの如く振り被る。


(狙いは足。後遺症は出るかもしれないけど……治せる範囲にはするから……!!)


 素早い投擲。しかし、リツカの脳髄が痺れる。


(……っ!?)


 リツカは今左腕で投げようとしている。ほぼ両利きのリツカにとってそれは問題ではない。ではなぜリツカは困惑しているのか。


「……何、で……!!」


 狙いが、アルレスィアになっている。このまま投げれば、盾を無条件で通り抜けてしまう。


(私は”拒絶”の……!!)


 自由が利かない左腕を止めようとする。威力は落ちそうだが、軌道は変えられない。


「リッカさま……?」


 アルレスィアが異常に気付く。こちらを支援しようとしているリツカと視線が合う。刹那の時が永久程にも感じる視線の交錯で、リツカは刀を振るった。


「ほう?」

「は、あ?」

「止まらないで下さいサボリさ――」

「……っ……あぁっ」


 アルレスィアの視界に鮮血が見える。


「――」


 ライゼルトの足に深々と剣が刺さっている。膝をつき、剣を抜いてからライゼルトはアルレスィア達から少し離れた。その動きは鈍く、先程までのキレがない。


 しかし、アルレスィア達はそちらを見ていない。


「フーッ……フーッ……」


 下唇を噛み、頬を鮮血に染めたリツカを、全員見ている。


(あの阿呆何してんだ……!?)

「サボリさン……今は、お師匠さんでス」

「あ、ああ……」


 レティシアは真っ白になりそうな頭を何とか押し止め、自身の仕事を再開させる。本当はすぐにでも状況を確認したいのに、だ。ウィンツェッツですら固まる状況だ、ライゼルトがまたアルレスィアを襲ってしまえば、今度は”盾”が機能しないかもしれない。


 しかし、アルレスィアの放心は一瞬だった。アルレスィアも下唇を噛み、ゴホルフを睨みつけている。”盾”はより強固に、そしてアルレスィアの魔力は更なる奔流を見せている。


「……リッカさまに、何を……したのですか!!」

「人聞きの悪い。彼女は自分で斬ったのですよ。己の腕を」


 アルレスィアの叫びは、ゴホルフの薄っぺらな笑みをより濃くさせる程度の効果しか生まなかった。


「アリス、さん……大丈夫……」

「っ……何故……」

「ライゼさんの……テぃモさんとかと、一緒……っつ……」


 自身の左腕を押さえながら、リツカは短く告げる。


「お願い……」

「後で、説教ですよ……っ!!」


 リツカが少し嬉しそうに笑う。痛み等、アルレスィアを想えばどうという事はない。


 リツカは血が盛大に流れている腕に、髪を留めていたリボンを巻きつけ止血する。腱を斬っている。この戦いではもう、使えない腕だが……繋がっている。



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