『ボフ』再び⑤
村民の方はまだこちらを見ています。先程、騒ぎを起こさないと言ったばかりですけど、仕方ありません。襲い掛かってくる男性相手に手心なんてかける事は出来ません。
「リッカさま。ここは私とシーアさんでやります。身を隠して下さい」
「で……でも」
「問答は後でス。なるべく穏便にいきたいのでしょウ」
もう神父が目の前に迫って……私は頷くしかありませんでした。
「氷の世界よ」
「拒絶――」
急にこちらに走りこんできた神父に、驚いた表情を浮かべた村民の男性が止める為に前に出て来てくれました。
「な、何を……ッ!?」
「巫゛女ォ……!! 赤の゛……!」
「はあ……?」
組み合った神父と男性ですけど、神父の言葉に男性の力が弱くなってしまいました。このままではこちらに向かってきてしまいます。シーアさんの魔法で凍らせるにも、もうちょっと時間がかかります。
”巫女”、それも私に対しての強い悪意が、今更になって吹き荒れます。間違いなく、テぃモさんの時と同じです。だから、アリスさんの言うとおり、私は身を隠すために魔法を使わず神父の背へと移動しました。
「何を掴んでいる……?」
「……覚えてないんですか?」
「の光よ!!」
予想通り、神父は私を見失うと正気に戻りました。私に対しての強い殺意、間違いなく魔王関係の”何か”です。
アリスさんの”拒絶の光”が目眩ましとなり、シーアさんの拘束を隠しながら、神父の”何か”を取り除く事が出来たようです。
(もう、大丈夫かな)
再びアリスさんの前に一足で戻り、神父の様子を見ます。
「何の、つもりですかな。今のは巫女の”光”と存じ上げますが」
”何か”によって私を襲うには、”巫女”だと知っている必要があります。この人は手配書だけでなく、元々私達を知っていたようです。
「あんた達、巫女なのか……」
「はい」
バレた以上、隠しません。
「貴方は先程、赤の巫女であるリッカさまに攻撃を加えようとしました。そうなってしまった原因を取り除いただけです」
「私が赤の巫女を……?」
神父が村民の男性に確認の視線を送りました。
「間違いないですよ……。すごい力でしたんで」
「……」
苦虫を噛み潰したような表情で、神父は私達を見ています。
「……其方が勝手にやった事、謝る必要はありませんな」
「どうぞ、ご勝手に」
少しだけイラつきを含ませた声で、アリスさんが答えました。私を襲った相手です。アリスさんとしてはどうしても、許せない相手です。
「冷静になれたのなラ、続きを話しましょうカ。何故私達を呼んだんでス」
「村民を誑かす者達を一目見ようと思っただけだ。まさか……憎き巫女と共和国の魔女殿だったとは、思わなかったが」
”何か”とか関係なしに、巫女に対して恨みがあるようです。
「こちらの用事は済みましたので、この辺りで失礼します」
「初対面の私に憎いと言われた事は気にならないのかね?」
「憎い人と長々と話したくないでしょうから」
(貴族って話したがりですからネ。さくっと話を切るに限りますヨ)
私はちょっと気になりますけど、アリスさんの感情を荒立ててまで聞く事ではないです。魔王がこの人に、”何か”を設置していた。その事だけ、注意しておきましょう。ノイスでの一件もありますから、ね。
恨みを晴らすために、私達に何か言いたかったであろう神父を置き去りにし、私達は村を後にしようとします。
「あの……」
「何でしょう」
巫女と分かり、私達に関わらないと思っていた村民の方が、私達に話しかけてくれました。てっきり、敵視されるものと。
「ディモヌを信奉しているのニ、”巫女”に話しかけて良いんですカ」
「そんなつもり、ないですよ……。アルツィア様と巫女様が何もしてくれねぇってのは思ってたんで、守ってくれるディモヌを信仰してはいるが……アルツィア様を恨んじゃいないんで……」
嫌われては居ないようですけど、やっぱり期待もされていません。ここまで”巫女”が来ている事も、気にしていないようです。もしかしたら、”巫女”の事は殆ど知らないのかもしれません。
「それで、何の用でしょう」
何か言いたい事があるようですけれど。
「あの人、ヘンゼル様の事で……」
その話はアリスさんが聞かなくて良いと言ったはずですけど、ここまで申し訳なさそうにしている方からの話を無視する訳には……いきません、ね。
「あの人が居ないとこの村はディモヌに守ってもらえねぇってのは話したと思うんですが」
「元貴族であるあの人の財源あっての防衛って事だったんですネ」
「まぁ、そうなんです。あの人がここに来たのは王都で革命ってのがあった後なんですがね。ずっと言ってたんですよ。現国王陛下が憎いって……」
革命がなければ、おいしい蜜を吸ったままだったでしょうからね。
「そんで、最近は……巫女の方が憎いって変わったんでさ」
「……?」
”何か”に、そんな効果があるとは聞いていません。テぃモさんは私を見るまでは、抜け殻のようだったと聞いていたのですけど。
「何でも、神誕祭? ってので、国王陛下が革命を企てたのは巫女と森を守るためだったって言ったんですよね」
「アー。お兄ちゃン、そんな事言ってましたネ。あくまで理由の一つですけド」
「え? 一つなんですかい?」
「コルメンス陛下は、苦しむ民の為に挙兵しました。そんな中で、未来の王国に必要になるかもしれないと、”巫女”を守ろうとしたそうです」
”巫女”は確かに関係していますけど、コルメンスさんは”巫女”を守る為だけに動いた訳ではありません。大本は、先代国王と貴族連中による搾取が原因ですから。
「ああ……何て事……。すんません。失礼な事言っちまって……」
「いいえ。教えていただきありがとうございます」
ヘンゼルという元貴族は神誕祭でのコルメンスさんの演説を聞いて、”巫女”を勝手に恨んだと。
「つまり、デぃモヌを信奉してるのって」
「まぁ、そうですね……。”巫女”とか王国の干渉が少ないからってんで永住を決めてたこの村ですがね。化け物は多いは何やらで……。そんな時に教祖様に出会って、考えを改めたって聞いてます」
恨むのは勝手ではあるのです。でもそれが……余りにも自分勝手すぎて、それをぶつけられてもどうしたら良いのやら。
「あっしらとしては守ってもらえるし、生活も豊かにしてもらったんで、多少の我侭は聞かなきゃいけねぇんでさ……」
なるほど。話が読めました。
「ご安心を。すぐに出て行きます。用事は終わってますから」
「すんません……追い出す形になってしまって……。すまねぇついでなんですが、もう寄らないでいただけると……よく分からねぇ理由で、ヘンゼル様がご乱心なんて面倒ですんで……」
流石に、効きますね……。それでも、来るなと言われてしまっては、仕方ありません。切り替えて、ボフを後にします。
「はぁ……」
「リッカさま……」
「だ、大丈夫。面と向かって来るなって言われたの初めてだから、ちょっとだけ、ね?」
力の無い笑みを、思わず浮かべてしまいます。この笑みだけは二度と、アリスさんに向けたくなかったのですけど……思わず、です。
「サボリさン。出ますヨ」
「あ? ああ」
甲板で寝ていたレイメイさんをシーアさんが蹴って起こします。もうちょっと穏便に……今は自分の事で精一杯です。別のことを考えて、切り替えないと。
「魔王は、どういうつもりで神父に魔法をかけたんだろ」
船が出発します。次はグラハです。順調に速度が出ています。ボフはもう、豆粒のようです。
「……リッカさまにまた、何かをしようとしているのでしょうか」
「そう、思っちゃうよね」
「戦争の時と同じですカ」
あの時も、事前に色々とやられました。その結果があの様です。ここは時間を使ってでも、考えておきたいです。もう後れを取りたくありません。
「ああ、巫女狙いを続けてってやつか」
「そうです。私を狙い続ける事で、リッカさまを誘き出す卑劣な作戦でした」
アリスさんが杖を持つ手に力を込めます。アリスさんにとって……トラウマ、なのでしょう。私にとってもそうです。あの時私が間に合わなければ、マクゼルトは容赦なくアリスさんを……。
(マクゼルトの作戦じゃない。魔王か、影か……どっちにしても――)
「鳥……?」
再び胸の奥に起こる違和感のままに、空を見上げました。上空約……六百メートルといった所です。低空飛行といえる高さです。
(違う……。あれは、鳥じゃない――!)
「レイメイさん。対空用意してください。マリスタザリアです」
私の感知外を飛んでいるので確かではありませんけど、私の見た事のない鳥です。
「アリスさん。あの鳥」
「あんな鳥は見た事がありません。変質しています」
「船止めますカ」
迷う事はありませんね。ボフから離れても、次はグラハに近づいています。丁度間のここならば、どちらの村にも被害は出ません。
「止めよう。レイメイさんは上に警戒をしてください」
マリスタザリアと確定してなお、私の悪い予感は止まりません。
(こんな強い胸騒ぎ……魔王とかマクゼルトの……っ)
激闘を、予感させます。