『ボフ』再び④
厳かな教会内。聖歌が紡がれ、祈りが捧げられる。神父の格好をした、白髪が混ざった黒髪の男の進行の下、一糸乱れぬ礼拝が着々と進んでいった。
「祈りは届く。常に信仰を忘れず過ごすように」
「はい。ヘンゼル様」
神父の名はヘンゼルという。見る者が見ればすぐに分かる事がある。ヘンゼルの着る神父の服はどう見ても、高価だ。金色の刺繍は本物の金が使われている。ガラス細工で良いはずの装飾は本物の宝石だ。布も最高級品の絹が使われている。神に使える者にしては、主張が過ぎる。
そんな事を知ってか知らずか、村民達はヘンゼルに傅く。教会の一角に一枚の書状がある。それがこの光景を生んでいるのかもしれない。その書状には長々と書かれた前置きの後、大きな文字と共にこう書かれている。「かの者ヘンゼルを、ディモヌ教主とする」と。ヘンゼルは教祖フゼイヒによって任命された、ボフの教主だ。
「ヘンゼル様。実は、今この町にとある者達が来ているのです」
「旅の方かね? 好きにさせれば良い。罪人でなければ問題ないはずだが」
「そう思いますが……何せ美人――」
「おい……」
「あ、いえ。失礼を……。普通の旅人には見えなかったものですから」
村人達が一様に頷く。代表者の言葉に嘘偽りはないという事だ。ヘンゼルは考える。この村人達は普通の者達と同じ感性をしているが、教主であり、この村の長よりも力を持つ自分に対して、ここまで実りのない話をするだろうか、と。
(それ程の容姿をしているという事か)
チラと聞こえた美人という言葉。ヘンゼルは旅人がどういった者達なのか気になった。
「今その者達は何処に」
「真っ直ぐ教会を目指していました。しかし……」
一向に入ってくる気配は無い。
「どうやら、礼拝中という事で気を使っているのではない、かと」
「そのような配慮も出来る者達だったのかね?」
容姿だけでなく性格まで良いとなると、益々気になっていくと言わんばかりに、ヘンゼルの感情が高まっていく。
「ええ。まるで貴族――」
「おい!」
先程美人と言い掛けて止められた時同様――いや、それ以上の剣幕で止められる。
「今、何を言った?」
「い、いえ! 何でもございません!」
「申し訳ございません!」
「……軽率な言葉は気をつけるのだ」
「は……はい!」
美人という旅人に会いたいと逸っていた気持ちすら押し殺していたヘンゼルが、怒りを露わにしている。それ程、聞きたくない言葉があったのだろう。
「ここに用があるのなら迎え入れよ」
「はい……」
天使と見間違う程の少女達を、この男に会わせたくないと村人達は思っている。傅き、祈り、崇める。もちろん命令は聞く。しかし尊敬はしていない。村人達にとってヘンゼルは、決して良い移住者ではないのだ。
礼拝は終わったようです。しかし、まだ何か話しているようで中々解散とはなりません。またグッズの販売でもしているのでしょうか。
「販売等は行われていないようです」
「そうみたい、だね。あんな高額な物を買える様には、やっぱり見えないし……」
この教会だけが異質です。その外の家は木製で、”神林”集落と大差ありません。木の質で見れば、集落の方が良い家ともいえます。家に使うお金まで、グッズ販売に回すとは思えません。
「王都の教会と似た雰囲気ですね」
「うん。イぇルクが居た時、一度だけ見た時と同じ感じ」
熱心に通ってはいますけど、縋るようなものではありません。単純な信仰。村民達はそんな雰囲気で教会に入っていきました。ズーガンや、ノイスで見たデぃモヌ信徒達とは根底が違います。
「ここは丸が印された村だけど、比較的緩いのかな」
「信仰心は本物です。私達が”巫女”と分かれば良い顔はしません」
「そういう意味でハ、丸印で納得ですネ」
警戒を解く事は出来ませんね。認識を再確認した私達の目に、教会から出てきた村民達が見えました。出てきた瞬間から私達に注目して、何やらひそひそと話しています。出待ちする形になった私達を、訝っているのでしょうか。
「お前行けよ……」
「何で俺が……!?」
「さっきお前の所為でヘンゼル様が怒ったんだろうが……!」
「クッ……」
私達に言いたい事があるようで、その人を決めているといった様子です。怪しいから出て行け、という話でしょうか……。
「あ……あの……」
「何でしょウ」
シーアさんが一歩前に出て対応してくれます。村人の方は緊張していますし、シーアさんが対応した方が緊張も解れるかと、そのままお願いしました。
本当は、体術のないシーアさんを矢面に立たせるのは余り、良い対応とは思えません。何かあってからでは遅いのですから。
「ヘンゼル様が、皆さんを教会内へと案内するように、と」
「ヘンゼル様、ですか」
「はい。この村の町長みてぇな人です」
恐らく、神父役の人と同一人物です。この教会を建てたのも、その人なのではないでしょうか。
「この教会は、その人が?」
「え? は……はい。この村が安全なのも、ヘンゼル様のお陰です。なので、出来ればそういった武器は……」
もはや体の一部と化している刀と剣です。今まで行った町では特に気に留められる事もなかったので、油断していました。いくら旅人とはいえ、配慮が足りませんでしたね……。でもいざという時を考えたら、手放す事も隠す事もしたくはないのです。
「教会に入れるべきではないと思ってはいるのですけど、これが無いと私は何も出来ないものですから」
「へ……? い、いや。すんません……。良く分からねぇけど、振り回すのだけは、ご勘弁を……」
「心得てます」
簡単に、何も考えずに人に向けたりは……極力しないので、大丈夫です。アリスさんが危険に曝されない限りは、冷静です。
案内を受ける前に、聞ける事は全部聞いておきましょう。
「この村に、異国の少女が来てませんか?」
「赤髪のお嬢さんみてぇな方ですか……?」
「黒髪です。顔立ちは近いかもしれません」
カルラさんと似た顔ならば、どちらかといえば私寄りの顔立ちのはずです。
「見てねぇです。なぁ?」
「そ、そうっですね」
分かってはいましたけど、この広い国で一人の女の子を探すのは容易ではありませんね。
とにかく今は……教会内の違和感を探りましょう。
外装も凄かった教会ですけど、内装はより凄いです。王都の教会と遜色ありません。
教壇らしき所に、神父服の人が立っています。あの人が、ヘンゼルという方なのでしょうか。違和感はあの人から感じます。一体何者なのでしょう……。大金持ちなのは、間違いないです。
(あア、この人は間違いないですネ)
「貴方、貴族ですネ」
「……お嬢ちゃん!? 何て事を言う――」
シーアさんが何か気付いたようです。貴族と断言出来る何かがあるのでしょうか。神父の服にしては、キラキラと豪奢に見えますけど……。
「そういう貴女は、どこかで見た覚えがありますな。そうそう。この報せだ」
(まさか、共和国の魔女殿とは。共和国に恩を売るには丁度良い。教祖様もお喜びになるだろう)
神父のその手には、ノイスで見た物と同じ手配書がありました。何故こんなにも、二人の間で火花が散っているのでしょう。
「全く似ていないが、もしやそちらが――」
手配書が出てきた以上、私達にも火の粉は降りかかります。しかし、私はまだ状況を飲み込めていません。何故教会内に招待されたのかも、シーアさんが貴族と分かった理由も……。
「アリスさん。シーアさんも下がって」
そう考えて、私は思考を止めます。違和感が明確な形を帯びました。明確になった事で、私は思い出しました。これは……ハーメンで見たテぃモさんの物と同じです。