『ボフ』再び②
(リツカお姉さんと巫女さんの魔力を感じたから何かと思えば……練習でしたか)
今日は見学だったはずのリツカからの魔力反応に、レティシアは注意を削がれてしまった。更に起きたアルレスィアの反応。レティシアは敵襲と思い動きを止めてしまう。
(あ?)
模擬戦とはいえ戦闘中。レティシアが完全に動きを止める事はない。ウィンツェッツはその事で異常事態と判断し、動きを止める。しかし――レティシアが杞憂だと気付いた後だった。
「渦巻け! 竜巻き、激流と共に! 地に磔、意識を奪え!」
「は!?」
突然の攻撃に、ウィンツェッツは逃げ出そうとする。しかし、”水”と”風”による二重の吸引による拘束力には勝てなかった。ウィンツェッツはレティシアの魔法に飲み込まれてしまう。
「おヤ。捕まってしまいましたネ」
こんな簡単な魔法に捕まるとは思っていなかったレティシアは、ぽかんとした顔をしている。
呆気ないほどに、レティシアの勝利で終わってしまった。
「……」
「終わりましタ」
水と土に塗れたレイメイさんが、地面に倒れこんでいます。
「もう終わったのですか?」
「シーアさんの勝ちだけど、どうしたんです」
シーアさんの魔法一回で終わってしまいました。いくらなんでも、レイメイさんが油断していたとしか思えません。
「お二人が魔法を使ったのデ、私が止まったんでス。そこで何かしら攻撃が来るかと身構えたんですけド」
「レイメイさんも止まってた?」
「はイ。だから一撃で沈めましタ」
シーアさんは魔法と魔力に敏感です。だから私達の魔法を感じて止まったのでしょう。恐らく、見学だったはずの私達が魔法を発動させたことで、シーアさんは緊急事態と思ったはずです。
「ごめん。魔法の練習してたんだ」
「いエ。リツカお姉さんが短時間で強くなろうと思ったラ、魔法の練習しかありませんからネ」
シーアさんが理解を示してくれます。技術や体力、力といった物はどうしても時間がかかります。その代わり魔法は想いで強くなるので、短時間で強くなれます。
「レイメイさんは、シーアさんが止まった事で異常事態と思ったのでしょう。戦闘中にシーアさんが呆ける事はありませんから」
「なるほド、通りでお馬鹿面で硬直していたはずでス」
「おい……」
まさか、私の所為で修行が台無しになるとは……。
「とにかく、今日もシーアさんの勝ちです」
「……」
「私が止まったら良い機会だというのニ」
「うっせ」
レイメイさんが、何気に落ち込んでいます。ただ私は、アリスさんとシーアさんの言い分を支持します。戦いの最中、相手の行動だけで物事を決めるべきではありません。自分で確かめなければ。
シーアさんが相手だから身動き出来ないくらいの物ですけど、相手が本物だったら死んでいます。マクゼルトはそういった手は使いませんけど、影の幹部は平気でそこを突きます。自分の感覚だけを信じる事も必要です。
「朝食終わらせて、ボフに行こう」
「今日中に名無しの国まで行きたいところですけど……」
「昨日の行程から考えるト、二つが限度じゃないですかネ。ディモヌ関係でどうしても自由な行動が出来ませんシ」
まだまだ町はあります。名無しなのに国と自称している町です。正直、一番気になってるんですよね。デぃモヌ信奉者は居ないようですけど、”巫女”を歓迎してくれるとも思えません。
「残りは、ボフ、グラハ、マデブルですね」
「グラハとマデブルが三角だったかな」
三角ならば、制限は少ないですね。
「この3つはここからほぼ同じくらいの距離ですかラ、どこから行っても良いですヨ」
「んー。予定通りボフかな?」
「そうですね。ボフからグラハ、マデブルと辿りましょう。そうすれば名無しの国に一番近くなります」
今日の予定は決まりました。朝食にしましょう。
「風呂良いか」
シーアさんが制圧するために使った魔法は”水”と”風”でした。水と風で押し潰され、地面に磔にされたようです。その所為で泥だらけになっています。
「朝食までに上がって下さい」
「くれぐれもお風呂で寝ないで下さいよ」
「次寝たら氷を投げ入れますかラ」
「……いつまで引っ張んだ」
レイメイさんがお酒を自制出来る様になるまで、です。シーアさんから聞いています。昨晩こっそり飲もうとしたそうですね。アリスさんの”箱”を忘れてぶつかった際にシーアさんが気付いたようです。あの様子では、私の休養日という事も忘れていたのでしょう。もう何度もお願いしているので、伝えるのを忘れていました。
「肉食うときにワインがねぇんだぞ? お前が買ってきた酒も手ぇつけてねぇ」
「あんな醜態曝しておいテ、飲ませて貰えるだけありがたいって思う事ですネ」
「準備を始めます」
「はイ。私は船を出しますかラ、揺れに注意して下さイ」
「うん」
レイメイさんの恨み言は昨晩聞き飽きました。あんな目に合ってもお酒を飲みたいなんて、良く思えますね。二日酔いは余程きつかったはずなのに。もうお酒の問題はこりごりです。制限解除は、旅の間は解かれないと思います。好きに飲みたかったら、私達と関係ない場所でお願いします。
さて……今日も一日、頑張りましょう。
オルデクも朝を向かえ、男達がお店の嬢達と出てくる。慌しい朝に交ざり、クラウとカルラが歩いていた。
「ちゃんと眠れたの?」
「うん! ありがとう。カルラちゃんのお陰だよー」
クラウは本当に嬉しそうだ。その手には巫女二人の人形が抱かれている。
「えっと、これ」
「ん。返すのは凱旋の時で良いって言ったの。その時までに自力で眠れるようになるの」
「うん。頑張るっ」
今二人は、カルラの船に向かっている。
「次は、共和国なんだよね」
「なの。シーアから女王陛下への伝言もあるの」
「? シーアちゃんと女王様、知り合いなの?」
「……?」
クラウの反応に、カルラがぽかんとした表情を浮かべる。
「もしかして、知らないの?」
「えっと?」
(シーアの事だから、クラウと対等が良いと思ったの。それか萎縮しないようになの? どちらにしろ、このままだと引き摺るの)
カルラはクラウに言う事にしたようだ。
「シーアに姉が居る事は知ってるの?」
「うん。お姫様みたいな――あれ?」
「なの。本当にお姫様なの」
「えー!? あ……でも、そんな感じがしたような……?」
驚いたのも束の間、クラウはレティシアの雰囲気を思い出す。思えばどこか、高貴さがあったような気がする。
「いきなり女王の妹って言うと、クラウが萎縮すると思ったと、わらわは思うの」
「そ……そうだね……」
「それは、わらわとの付き合いを見れば杞憂だったと気付くと思うけど、なの」
「あ、あはは……」
カルラが悪戯な笑みでクラウを見る。
「エルヴィエール女王の妹と、戸籍上はなってるの。でもシーアは本当の妹ではないと心の何処かで思ってるの」
「で、でもエルヴィエール様といえば……」
「なの。妹を溺愛している事で有名なの」
共和国には、少し調べればすぐに出てくる項目がある。エルヴィエールの事だ。親しみやすさを持ってもらうために、エルヴィエールは王室を開いている。調べる気があれば、エルヴィエールだけはどういった人物かを知ることが出来る。
「でも、シーアにも色々あるの」
「そっか……」
「クラウはこれを知って、どうするの?」
「ん……」
クラウはカルラの顔を見る。扇子で隠されて、視線くらいしか分からない。もしその表情が、試す物だと気付いたとしても、クラウは関係なく答えた事だろう。
「女王陛下の妹でも、私の友達でもあるから!」
(そうだと思ったから、教えてあげたの)
レティシアの友達だというのならば、そんな些細な問題は関係ない。友達になるのに、親兄弟は関係ないのだ。
「なの。わらわの妻なの」
「そ……それって本当、なのかな?」
「……何れそうなるの」
「あ! じゃあまだ友達なんだ」
「クラウより一歩進んでるの!」
「わ、私は一番最初の親友なんだから!」
「それも自称なの」
「うぐ……! が、凱旋の時にはっきりさせるから!」
カミラが見たら驚く事だろう。クラウがここまで感情剥き出しで張り合っている事に。決して大人しい子という訳ではない。ただし、人と張り合うとか、競争するとかは余りしない子だった。
その理由が一人の少女を巡っての張り合いとなれば、目を丸くするだろうけど。
(カルラちゃんとも友達だけど……)
(クラウとも仲良くなれたけど……)
「凱旋の時、シーアに聞くの」
「うん!」
クラウは親友。カルラは妻。張り合っている所は違うのに、クラウもカルラも引かない。二人だけは分かっている。お互いレティシアを求める理由が――同じ事に。
そして、感情をぶつけ合える友達であり、ライバルという事に。
(友達に一番とかないけど、シーアちゃんの一番が良い……!)
(クラウだけには負けたくないって思うの)
レティシアのくしゃみ生活は、もう少し続きそうだ。