『ボフ』再び
A,C, 27/04/13
おはようございます。アリスさんの艶のある笑顔に迎えられて、私は起きました。きっと私の顔は蕩け、昨夜からずっと真っ赤のままなのでしょう。
昨日私は、アリスさんのお願いを聞きいれ、夜眠るまでの間、アリスさんに全てを委ねました。するとどうでしょう。目を瞑るように言われたのです。私はもちろん言うとおりにしました。
そして私の頬やおでこ、髪や胸。アリスさんは私を抱き締めながら確かめているようでした。どこが一番、私が気持ちいと感じるかを探るように、です。
私の体は否応無く反応します。瞼の上から目を撫でられました。ぞくっと背筋が震え、頬が緩みました。唇を指先が撫ぜました。ぞくぞくっと背筋が震え、声が出てしまいました。首筋を掌が撫ぜ、胸の方へ滑っていきました。ぞくぞくぞくっと背筋が震え、下唇を噛んで漏れそうになる声を我慢しました。
そのまま私の体を確かめるように撫でながら、最適なポジションを探るアリスさん。一番のお気に入りは私の腕の中だったようで、その後私はアリスさんを胸に抱き締め、脳と心臓の限界を超えたのか、気絶したように眠ってしまいました。
(もっと、起きてたかった……)
鮮明に思い出せる、至高の一時。そして一切の疲れを残していない絶好調の体。今日の私は絶好調です。身も心も、昨日までのもやもやが秘密の箱にすっぽりです。旅が終わるまで直向に前に進む準備は万端なのです。
「おはよう。アリスさん」
「おはようございますっ。リッカ、さま」
熱の篭った声で、私の名前を呼ぶアリスさんに、絶好調で規則正しく動いていた心臓が、再びどっくんどっくんと言い始めました。そうですね。この状態が私のベストでした。私はこうでなくてはいけません。
一日の始まりを堪能し、私達は仕度をするために部屋を後にしました。
今日はレイメイさんとシーアさんの戦い、二回目です。お互いの手の内を知っている者同士の戦い。その真骨頂を見せてください。
「制約は変わりません。殺さない程度にお願いします」
「ああ」
「はイ」
レイメイさんとしては、殺意の有無が大きな差なのでしょうけどね。その辺り、シーアさんならば上手くやってくれるはずです。殺意とまでいかなくとも、気兼ねなく攻撃出来るのですから。
「今回私は手を出しません」
レイメイさんの悪い癖が治っているかどうか、見極めさせてもらいます。
「だらしなくなった根性、叩き直してあげまス」
「今回はてめぇが負ける番だ」
良い気迫と闘志です。喧嘩もこれくらいさっぱりと、判り易いものなら良いのに。と思います。お祭り騒ぎのような喧嘩を、色々な理由をつけて続けている人達に見せてあげたい。これが喧嘩です。
「それでは、この小石が落ちた瞬間です」
小石を親指で弾き、アリスさんの傍まで離れます。二人が戦っている間、アリスさんと私は別の事をしないといけません。
「――ッ!」
「お、っト」
レイメイさんが、小石が落ちると同時にシーアさんに斬りかかりました。速攻で接近し、得意な距離で戦い続ける作戦だったみたいです。ただ、シーアさんは案山子ではありません。レイメイさんにだけ見える幻影? を作り出し、それを囮に見事距離を開けました。
魔力色が見える私達に、幻影は効果が薄いです。でも私達以外には効果的と証明されました。気配がないので、気配感知出来る人にも効果がありませんね。魔力と気配を識別出来れば、ですけど。
「何をしますか?」
「ちょっと、私の魔法見てもらえないかな?」
「分かりました。不備があれば指摘しますね」
「うん。お願い、ね」
まず私は、刀と剣を持ち感触を確かめます。最近まともに振っていません。鈍ってはいけないのです。この二つを持ったまま、”抱擁強化”の全力発動を維持したい。もっといえば、更に先の魔法を手に入れたいです。
”抱擁”には未だ先がある。アリスさんもシーアさんも言っていました。何とか、幹部戦までには身に着けたい……。
でも、今回は刀だけで発動させます。確実に魔法が強制解除されますから。
「私の強き想いを抱き、力に変えよ」
ゆっくりと魔法を発動させるのも久しぶりです。明確に感じる、成長。まさに私の一部となり、指先、毛先まで通っている魔力を感じます。
「見事な魔法です。発動から定着まで澱みなく素早いです。戦闘中であっても、リッカさまの行動の枷となる事はないでしょう」
「うん。言葉無しで発動を、自由自在に完璧に出来れば良いんだけど……」
私の特性として受け入れたいです。それが出来れば、対魔王戦でも対等に戦えます。
「無茶はいけません……」
「だよ、ね」
「魔王はマナそのものです。魔王と同じになると言う事は、人には不可能です……」
想いだけで強制発動させる詠唱抜き魔法。人の身で行えたのは私だけだそうです。せっかくならば使いこなしたいのですけど、常在戦場において、行動不能となる詠唱抜きの練習は出来ません。
「リッカさまには誰にも真似出来ない第六感による未来予知があります。詠唱を挟む隙を作る術もあります。ただでさえ人体の限界を超える魔法を使っているのです。許された範囲で、無茶を通してください……」
「うん……」
”抱擁強化”は、私の想いによって限界を超える魔法です。私へのフィードバックはありませんけど、長期使用による体へのダメージは、魔法を連続使用した人より大きい。それは、今までの事で分かっています。
今でこそ、後遺症が残らないように気を使ってます。アリスさんも、治してくれます。でも……それが出来ない場合が、確実にきます。許された範囲とは、私に後遺症が出ないところまで、です。
「”強化”の限界は既に、来ています」
「そうだね……。マクゼルトの時が、最高潮だったから」
限界まで”強化”して、それでも勝てなかったから、魔力放出による迎撃をしました。その魔力放出による魔力砲は……私への負担が直接的すぎます。それを連続で行えば、一日以上体に違和感が出る程です。
「リッカさまの考え通り、”抱擁”と”光”を伸ばすべきです。刀に纏う”光”が強くなれば、それだけで……対マリスタザリアの鍵となるでしょうから」
得手不得手。それを強く痛感します。私はどうやら、”光”が弱い。アリスさんの、歴代巫女随一の”光”を百としたら……私の”光”は三十前後です。
それは、プレマフぇで分かっていますし、そこから成長していません。プレマフぇでは、アリスさんによる浄化が無ければ私は……悪意に侵されていました。自身で纏っただけでは、侵入を遅らせるだけで精一杯でしたから。
「”光”も”抱擁”も、私の認識不足、だよね」
「そうなります、ね。実は私も……”光”に関しては良く分かっていません。どうして私とリッカさまで差があるのか、分からないのです」
”抱擁”は私だけの魔法なので、自分でどうにかするしかありません。しかし”光”は、アリスさん以外に尋ねる事は出来ません。そのアリスさんも感覚的な物でしかないとの事です。
「”抱擁”よりは、”光”を高めるほうが楽かな……。感覚的とはいえ、アリスさんがお手本として居てくれるから」
アリスさんの”光”はずっと見てきました。でも私自身が、アリスさんの”光”を受けた事は一度しかありません。
「分かりました。それでは、リッカさまに一度当ててみます」
「うん。強めにお願いっ」
言葉で説明出来ない物ならば、受けるのが一番。武術も剣術も、私は母から叩き込まれました。もちろん、文字通りです。ボッコボコです。
「それでは――私に光を……!」
アリスさんの詠唱と共に――私に、”光”が入ってきました。